糸井 |
池谷さん薬学部だから
薬に関しても、よく知ってるんですね。
|
池谷 |
わたしがちょうど薬学部に入った頃に、
『海馬』の本のキーワードにもなっている
可塑性というものの研究をしていたんです。
この可塑性を高める、
自然の中の生薬が、いくつかあるんですよ。
ニンニク、イチョウの葉、朝鮮人参……。
それらをやたらめったら集めて、
東大の学園祭で、みなさんにふるまったんです。
そしたら、けっこうウケまして。
|
糸井 |
(笑)へぇー、いいね!
|
池谷 |
とてもよく効くし、
研究者としてはオススメなんですけど、
それ、必要なものを集めただけだから、
まずいのなんのって。
|
糸井 |
(笑)
|
池谷 |
朝鮮人参だとか、単体でドリンクにしても
かなり癖のあるものを、ものすごい
たくさん集めてしまいましたから。
「いいんだぞぉ」とオススメしたら、
みんな、ものすごい顔をして飲んでましたけど。
・・・『東大ドリンク』って名前までつけて。
|
糸井 |
ハハハ。
|
池谷 |
なつかしいですね。
|
糸井 |
このごろは、何をなさっているんですか?
こないだ新聞を見たら、
アルツハイマー病のための発見というニュースで
池谷さんのお名前が載っていたんですけど、
それについて、すこし教えていただけますか?
|
池谷 |
ええ。
実はあんな大きな扱いを
受けるとは思わなかったんです。
朝、友人から電話があって、
「おまえ、新聞に出てるぞ」
って言われてびっくりしたという。
科学欄を探したらないから、
載ってないじゃん、と思ったら、
なんか、一面のトップに載っていて……。
|
糸井 |
(笑)うん。
|
池谷 |
おおまかに言うと、
アルツハイマー病の原因というのは、
わかっていなかったんです。
いや、わかっていなかったというと
厳密にはウソになりますから、正確に言いますね。
神経細胞というのは、
脳の中に1000億ぐらいあると言われています。
アミロイドベータという毒が
脳の中にたまることによって、
ぎっしりとつまった神経細胞は減っていく……。
神経細胞が死んでいってしまう。
アルツハイマー病は、それが原因だと
考えられていまして、10年、20年と、
その仮説がまかりとおっていたんです。
しかし、ごくごく最近に、
アルツハイマー病の初期の患者さんや
アルツハイマー病の動物の脳を調べてみたら、
神経細胞はいっさい死んでいないという
結果が出はじめたんです。
神経細胞が死ななくても痴呆になる、
ということは、従来の仮説そのものを
根本的に疑わなければいけないぞ、
ということになったのです。
何かおかしい、と言われて
悶々としている中で、
わたしたちの研究室が見つけたのは、
神経細胞が死ななくても、
ある毒がたまると機能が落ちる、
ということを見つけたんですね。
|
糸井 |
腕がこわれていないけど
動きにくい、みたいないうことですね。
|
池谷 |
アミロイドベータという毒で
神経細胞が死なずとも機能が落ちた。
アミロイドベータをふつうにかけると、
確かに神経細胞は死ぬんです。
しかし、わたしたちは、低い濃度で
アミロイドベータをかけることをしました。
そうしたら、その量では
細胞は死にはしないけれども、
脳のアクティビティがかなり落ちる。
6割ぐらい落ちていた。
それが、アルツハイマー病の
原因なのではないか、と、提唱したんです。
神経細胞が死んでしまえば、
もとに戻ることはないけれども、
この発見で、死んでいないとわかった。
ですから、初期のアルツハイマーなら、
もしかしたらなおるかもしれないんです。
生きているわけですから。
そういう治療の可能性に、
一歩踏み出したということなんです。
そこが大きな意味ですね。
ぼくたちのやったことは、ここまでです。
ぼくたちの試験管の中で起こっていたことが
患者さんの脳の中でも起きているのかどうかを
これから、調べていかないといけないですから、
まだまだゴールは遠いんですけれども。
|
糸井 |
その発見の先というのは、
けっこう短い時間で、解決方法が
見いだせることが、あるんですか?
|
池谷 |
そこなんですよね。
まだまだ、とも思いますけど、実際、
科学の進歩って想像よりもはやいですから、
案外、はやいかもしれません。
わたしは20年ぐらいかかるなと
考えているのですが、もしかしたら
10年とか、そういうこともあるかもしれない。
神経のアクティビティが
なぜ落ちるのかのメカニズムも
つきとめたんです。
「ここを調べていけばいいんじゃないか」
ということを、提案したんですね。
ですから、これから世界の科学者たちが
ここに、たかってくると思います。
そうしたら、早いんです。
|
糸井 |
たかってきたら、早いですもんね。
そのメカニズムって、どういうものですか?
|
池谷 |
シナプスでは、シナプスの使う言葉があるんです。
そうして神経細胞どうしが
連絡をとりあっているんです。
その言葉をまわりからさえぎるカベが
もともとあるんですけど、
そのカベの機能が高まってしまって、
言葉が伝わらない状態になっているんです。
この防音カベをなんとかすればいいんじゃないか、
という……。
|
糸井 |
なるほど、本体じゃなくて
カベに問題があるんだ?
|
池谷 |
そうなんですよ。
今までは神経細胞だけを見ていれば
いいはずだったんですけれども、
原因は、カベだったんです。
実はぜんぜん違うところに
目を向けなければいけなかったという。
|
糸井 |
おもしろいなぁ。
推理小説っぽいパターンだねー。
|