池谷 |
すべての動物はさまざまな
バイオリズムを持っているんです。
歩調のリズムとか、心臓の鼓動リズム、
呼吸のリズム、まばたきの瞬目リズム……
果ては、飯前にお腹が空くとかも含めた
さまざまなリズムがあります。
いわゆるバイオリズムですね。
秋になると食欲が増すなどといった
長周期のリズムもたくさんありますよ。
オリンピック選手は四年に一度の大会に向けて、
自分のすべてのバイオリズムの
ピークを合わせるコツを
本能的に知っているというと言われています。
その中でもいちばん有名なのは
サーカディアンリズムという、一日の間の
「寝て起きる」みたいなリズムです。
睡眠のリズムがいかに脳にとって重要かは
ずいぶんと言われています。
海馬はもちろん起きている時にも
十分活動しているんですけど、
寝ている間にもすごく活動するのです。
だからもう四六時中働いているんですけども、
眠っている間には何をしているかと言うと、
夢を作り出しています。
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糸井 |
海馬が夢を作り出すんですか?
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池谷 |
厳密に言うと
海馬を含めた脳全体が関与していますが、
海馬は
「今まで見てきた記憶の断片を
脳の中から引きだして夢を作りあげる」
という役割を担っています。
夢というとどうしても幻想的な
イメージがありますけれど、
実際はそんなことはありません。
ネズミで実験してみるとわかります。
その日にあったことが、
たいていその直後の夢の中で
思い出されているんですね。
海馬の神経に電極を埋めてネズミを眠らせると、
起きていた時に働いていた部位が、
夢の中でも反応している……
つまり、その日にあった出来事を
くりかえしているんです。
朝起きて覚えていられる夢は一%もない、
と言われるぐらいです。
もし覚えていたら
日常と現実の区別がつかなくなって、
生活が送れなくなる危険性があるのです。
しかも夢というのは、記憶の断片を
でたらめに組みあわせていく作業です。
ぜんぶを覚えていたら、
前後の区別のつかない人間になってしまう。
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糸井 |
夢の間に起きている間の記憶を引きだして、
海馬はいったい何をしているんですか?
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池谷 |
情報を整理しています。
睡眠は、きちんと整理整頓できた情報を
しっかりと記憶しようという、
取捨選択の重要なプロセスなのです。
だから「夢を見ない」というか
「眠らない」ということは、
海馬に情報を整理する
猶予を与えないことになります。
つまり、その日に起きた出来事を
整理して記憶できなくなってしまう。
ですから、睡眠時間は最低でも
六時間ぐらいは要ると言われています。
もちろん個人差はあるのですが、
六時間以下の睡眠だと
脳の成績がすごく落ちるということは、
ここ二年ぐらいのあいだに
科学的な証明がなされました。
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糸井 |
睡眠が足りないということは、
海馬に情報整理の仕事をさせる時間を
与えないということかぁ。
徹夜つづきで
頭を使っているつもりになっていても、
それは長い目で見たら、
行き詰まりに向かって
突進しているようなものですね。
気をつけよう。
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池谷 |
毎日のリズムを崩すことが
海馬に非常に悪影響を与えることも
わかってきました。
時差ボケのような状況に陥ると、
ストレスで海馬の神経細胞が
死んでしまうという実験結果が出たんです。
ある航空会社では、
その実験が報告されてから
「客室乗務員のスケジュールを一から見直そう」
という動きに出たそうですよ。
客室乗務員はそれこそ常に生活リズムを
崩すような生活になっているのだけれども、
やはりリズムを守れるようにと。
海馬を殺さず、
なおかつ海馬を眠っている間に
活動させるということは大切だと思います。
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糸井 |
航空会社も、サービスに支障をきたすから
「スケジュールを見直す」
という判断をくだしたのですね。
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池谷 |
ええ。
海馬がだめになっちゃったら、
活躍できませんから。
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糸井 |
眠っている間、
海馬はどうやって記憶を整理するのですか?
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池谷 |
海馬の神経細胞はぜんぶで
一〇〇〇万ぐらいありますが、
それに仮に一、二、三、四……と
番号を振ったとします。
今二番と五番を使っているとしますよね。
そうしたら今夜寝ている間には、
「朝は一番を使ったなぁ。
夜中には四番を使っていたな、
夕方には二番と五番を同時に使って
糸井さんと話をしていたよな」
と思い出しながら、
急に二番と四番をつなげたり、
二番と一番をつなげたり……
あたらしい組みあわせを作り出してみるんです。
それで整合性が取れるかどうかを
検証しているようなのです。
その間に眠っている必要が何故あるかと言うと、
その時に外界をシャットアウトして
脳の中だけで整合性を保とうとするからです。
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糸井 |
それって、すごく大事なことですね。
眠ること自体も大事な仕事として
位置づけるのが、これからの課題ですね。
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池谷 |
ええ。
「どんなに忙しくても、
睡眠を取らなければいけない」
という事実が、すごいなぁと思いますよ。
人生七五年で平均七時間睡眠だったとしても、
二二年近く眠っていることになります。
やりたいことに追われている人にとっては、
一見すごくムダな時間に見えるけれども、
睡眠がないと人間がぜんぜんだめになってしまう。
強引に睡眠を奪ったとしたら、
海馬は記憶の整理整頓を、
今度は起きている間にはじめるんです
……つまり幻覚が見えることになります。
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糸井 |
幻覚で夢の代用をさせるほど、
夢は大事だということでしょう。
なんか、いろんなことを考え直さなきゃなぁ。
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池谷 |
眠っている間に海馬が情報を整理することを
レミネセンス(追憶)といいます。
これはとてもおもしろい現象で、
たとえばずっと勉強していて
「わからなかったなぁ」と思っていたのに、
ある時急に目からウロコが落ちるように
わかる場合がありませんか?
それはレミネセンスが
作用している場合が多いのです。
ピアノの練習をいくらしても
弾けなかった曲を、
次の日にすらすらできてしまったり。
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糸井 |
あれは脳が夜、情報のつなぎかえを
しているうちに、できるようになったのですか?
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池谷 |
そうです。
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糸井 |
眠っている間に、
ずいぶん高度なことをやっていますね。
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池谷 |
はい。しかもそれは
脳に任せておけばいい作業なんです。
しかも、ぼくたちがしなければいけないことは、
「ただ、眠るだけ」。
だから、このレミネセンスを生かすには、
眠る前にひととおり仕事をやってみるという
工夫があるといいでしょう。
そうすると、眠っている間に
脳が無意識のうちに考えてくれるので、
仕事もよりはかどるというか。
たとえば、仕事の〆切がまだまだ先であっても、
早めに一回目を通しておくということは、
とても重要な姿勢だと思います。
ちなみに、夢を見る刺激を与える物質も、
さきほどやる気を与える物質と言った
アセチルコリンなんです。
ですから風邪薬のような
アセチルコリンを抑えるものを飲むと、
情報が整理できない睡眠になってしまいます。
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糸井 |
自然な睡眠でないと、いわば
質の悪い睡眠ということになるわけだ。
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池谷 |
はい。
……もちろん、
アセチルコリンを抑えるのをこわがりすぎて
風邪がひどくなっちゃったら本末転倒ですから、
薬は飲んだほうがよいのですが、
「明日は勝負だ」という時には
慎重になったほうがいい、ということですね。
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糸井 |
みんなに教えてあげたいなぁ。眠れ、と。
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