海馬。
頭は、もっといい感じで使える。

第34回 イヤなことを忘れるには?


今回の質問は、よく、
「悩み相談」とかで問われる内容なのですよ。

「イヤなことを忘れるには、どうすればいいですか?」

……たとえば、
「あの人を忘れられなくて!」
なんていうのは、それこそ万葉集などの時代から
歌に詠まれているような、普遍的な悩みですよね。

占い師だとか、人生の先輩だとか、
そういうかたちではない、脳の研究者に訊いてみると、
いったいどのような回答が、かえってくるのでしょうか?

では、質問と、池谷さんの回答を、ご紹介いたしましょう。







・脳に関する質問なのかどうか、
 ちょっとわからないんですけど、質問しますね。
 
 私は先の事ばかり考えてしまいます。
 しかも最悪の事態ばかり想像して憂鬱になります。
 将来の事、恋愛の事……そうしていると
 空想と現実の区別がつかなくなり、困惑します。
 あと恋愛していて、浮気されたりすると
 ずっと先入観を持ってしまうようになります。

 悪い記憶が消えません。
 良い記憶はあっという間に消えていってしまうのに、
 悪い記憶は長いこと停滞します……。
 
 夢でも気にしていることが出てきて
 余計にややこしくなります。
 嫌な記憶をなるべく消し去り、
 平常心でいられるコツってないのでしょうか?

 よろしくお願いします。

 (はなはな)





・これは……難しい質問ですね。
 でも、お気持ちはわかります。
 たしかに、覚えられないという悩みよりも、
 こちらの方の悩みのほうが、脳は、困ると思います。
 
 と言いますのは、
 「覚えようとしても覚えられない」
 というハナシは、たぶん努力不足なんですけれども、
 覚えたものを、たとえば「忘れろ!」と言われても
 忘れられないというのは、難しいんです。
 
 人間が意識してできることは
 「覚えること」のほうだけでして、
 「忘れること」は、意識してできることができない。

 脳でも、忘れることは、コントロールできません。

 下手すると、忘れようと思えば思うほど、
 忘れられなくなると言いますか。
 それは、「あれを忘れよう」と思うことで、
 思い出すための引き出しがひとつ増えてしまうから。
 
 ですから、ぼくが言えるのは、
 「時間が経つしかないのかなぁ」という、
 なんだかものすごく普通のこたえになってしまいます。
 
 ただ、メールの後半にある
 「嫌な記憶をなるべく消し去り、
  平常心でいられるコツってないのでしょうか?」
 ということに関して、かろうじて、もしかしたら
 参考になるかもしれない事実を言いますと……。
 
 脳の機能と言いますのは、端的に言えば、
 ぜんぶが化学反応からなりたっています。
 それに対しては、
 「意識と化学反応とは、別ものかもしれない!」
 と反感を持つ人もいるかもしれませんが、
 やはり調べれば調べるほど、
 脳でおこなわれていることは化学反応である、
 と明らかになっています。
 
 ただ、もちろん、その化学反応が
 どうやって心を生み出しているのかはわかっていない。
 でも、脳では化学反応しか起こっていないのは、
 まちがいないことです。
 
 「ここがこうなると悲しい」
 「あの神経細胞がこうなると胸が苦しくなる」
 それは、化学反応として起こるということを、
 たとえば、ぼくはわかっているわけですよね?
 
 ですから、
 「うわぁ……すごい、つらいなぁ!」
 と思って胸が苦しくなっている時にも、
 「あ! あそこの脳が勝手に動いているから、
  自分は悲しいんだろうな」
 とか、ぼくは、思わず連想してしまうんです。

 そうすると、ほんのちょっとだけ、ですが、
 つらさが軽減されます。あくまでぼくの場合ですが。
 
 つらい気持ちは、脳の副産物なわけですから。
 そうは言っても、完全に割り切ることなんて、
 無理なんでしょうけどねぇ。

 (池谷裕二)






「あそこの神経細胞がこう動いているから、つらい!」
という連想は、かなり珍しいことですよね……。

でも、忘れることは意識できない、という
サッパリした回答は、意外と役に立つかもしれません。

では、次回のこのコーナーで、お会いしましょう。


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2002-09-05-THU

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