糸井 | 人生の物語として、映画のように考えると、 ふつうは絶望の時期がいくらか あると思うんですが、 チズさんの頭のなかには、その ちょっとした休みは、なかったですか? |
佐伯 | なかったです。 山と谷で言うと、 わたしは谷にいるのが、きらいなんです。 |
糸井 | 谷(笑)。 |
佐伯 | 山が好きなんです。 |
一同 | (笑) |
佐伯 | 自分のお給料は自分で作りあげるものという 会社からのヒントがありましたので そこから山にのぼることにしたんです。 自分の給料はどうしたら出るんだろう、 もう、お客さまだ! お客さまさえ来てくだされば、 絶対に、なんとかできる。 その確信がありました。 それから、もっと喜ぶのは、そこの担当者です。 売上があがるから喜んでくれる。 だから、売場の子も一所懸命 お客さんに向かうようになります。 |
糸井 | 喜ばせる相手が、チズさんは ぶれたことがないんですね。 |
佐伯 | はい。 60歳で定年になるとき、お客さまから 「あなたはのんきなこと考えてるけど、 わたしたちどうしたらいいの?」 と言われました。 わたしはお客さまに支えられてきたのだから、 お客さまになんとかして返さないといけない。 じゃあすいません、自分の部屋の一室で やっていいですか、と言って みなさまに来ていただいて、 それがどんどん来るようになって、 わーっ、てなっちゃったんです。 |
糸井 | わーっ、てなっちゃったんですよね。 |
佐伯 | あっという間に100人になって。 |
糸井 | うかがってて、ほんとうに愉快ですよね、それは。 |
佐伯 | 1冊目の本を出したときも 辞めた会社のデパートの店頭にいる、 教え子たちのところに行きました。 「あなたのお店何人いたっけ? 丸善で本買って来るから、 社員のみんな、買って!」 |
糸井 | いいなぁ。 そう言われたほうもうれしかったでしょうね。 |
佐伯 | そうやって、デパート回って 教え子に買って買ってとお願いして(笑)、 2日間で、100冊近く売りました。 |
糸井 | だって、本を出すほうだって 必死なんですから。 |
佐伯 | そうなの。 そういえば、実はわたし、本は、 お金を出して作ってもらうもんだと 思っていたんですよ。 |
糸井 | そんなこと思ってたんですか(笑)。 |
佐伯 | ええ。 「退職金がちょっとしかないけど、 まぁいいかぁ」 と思ってたんです。 講談社から銀行口座の問い合わせが来たときも 請求だと思いました。 |
糸井 | いくら払えばいい、って? |
佐伯 | そうなんです。 そしたら、もらえたんですよ、お金が。 |
糸井 | びっくりしたんですね。 |
佐伯 | ええ。 わたしがなぜ定年退職にこだわったかというと、 理由はいくつかあるのですが、 その内のひとつに、退職金があったんです(笑)。 |
糸井 | 退職金がね。 |
佐伯 | かなりの額の差があったんですよ。 ざっと200万くらい。 |
糸井 | 大きいですね。 |
佐伯 | だから、定年を迎えるまでがんばろう という目標をたてることができたんですよ。 |
糸井 | チズさんは、どこまで行っても ひとつの発想でやってらっしゃいますね。 つまり‥‥企業とか事業という観点からすれば 200万のお金って、 大きいとも言えるし、小さいとも言えます。 だけど、チズさんは、ちゃんと、 その200万を計算できてる。 それはつまり「わたしひとり」という 発想ですよね。 ゼロからいつもはじめられるんですね。 |
佐伯 | はい(笑)。 |
糸井 | ギター1本で流しをやってるような‥‥ それは強いですよね。 誰にも潰せないです。 どこまでもいっても、 ひとりで生きていくという発想が、 チズさんをずっと自由にさせてきたんですね。 |
佐伯 | そうですね。 束縛されることがイヤなんです。 誰かの言うことをきくということは、 自分が抑えられてしまうし、 自分に自信がないことを させられることになります。 それがすごくイヤだったんです。 自分が仕事をして、100%返したい。 それは自信がなくてはやっていけないのです。 人に言われたことをやるだけというのは、 わたしにはできません。 |
糸井 | だからこそ、そのおかげで チズさんを雇った人は、 それ以上のものを返してもらうという 関係を結んだわけですよね。 デパートの弟子たちにだって、 すごい財産を渡してますよね。 |
佐伯 | そうですね。 マニュアルもなかったですし、 いろんなものをゼロから作りあげました。 |
糸井 | チズさんの 「ひとりでやっていく」という決意は、 自分ができることを どんどん増やしていくことになるわけですよね。 それは、どこでどうやって増やしたんでしょうか。 |
佐伯 | それはすべて、現場で お客さんから訊かれたことからはじまります。 こういうことを求められるんだな、 こういうことに悩んでるんだな、 ということがわかります。 それはみんな仕事の「答え」ですよね。 |
糸井 | うん、うん。 |
佐伯 | それぞれのことについて 満足していただけるように こちらが考えればいいわけですから。 |
糸井 | 質問の中に答えが入ってるんですね。 (つづきます) |
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(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN |