この風呂敷は、
もともと向こうにあるものではない。
けれども私が考えてやったっていうわけでもない。
これを始めたときのことを、お話ししましょうか。
わたしがラオスに行って最初のころ、
レンテン族の人のお家に
泊めてもらいたいなと思って、
いちど泊まりに行っていい? って訊いたんですね。
それまでは、レンテン族のみんなには、
──それぞれの民族に対して、
やり始めたことって全部違うんですが──
みんなが売りたいものがあれば、
買いますよ、というようなおつきあいの仕方でした。
何回も何回もやり取りしていくうちに、
どんな生活をしてるのかなって興味があったから、
いちどお家に泊めてもらえない? って。
わりと閉鎖的だから嫌がられるのかと思ったんですけど、
意外に歓迎されて、
ああ、何か喜んでくれてるんだなって。
そのとき、由起子が泊まりに来た記念に、
どうせ由起子は古い、
昔っぽいものが好きだからとか言って、
80センチ四方ぐらいの布をくれたんですね。
それが赤と青と黒でできているものだったんですけど、
それは、わたしが見たことのないものだったんです。
彼らの生活の中では、女の人が、
畑なんかで働くとき、帽子代わりに
四角い布を上手に帽子みたいにして頭に被ったり、
風呂敷みたいなことに使ったりします。
生活に必要な布なんです。
でも、今もそうですけど、彼らの民族衣装の中での
その四角い布は、真っ黒なんですね。
黒い布で、真四角で、ふちにちょっとこう、
縫い取りがあるみたいなものを使っている。
それはわたしもよく知ってたんだけれども、
その泊まりにきた記念にあげるって言って
渡してくれた布は、赤くて、青があって、
黒があるっていう、そういう四角い布でした。
見たことがない。
こういう赤を見たのもそのときが初めてだった。
「これ何?」って訊いたら、
民族衣装もね、むかーしっから同じものを
ずーっと受け継いでいるわけじゃなくて、
時々、変わるらしいんですよね。
だから、今は黒なんだけど、昔はみんな、
これを使ってたんだよって。
由起子は昔のものが好きだから
こういうのがいいかなと思って、
昔のものを久しぶりに作ってあげるって言って、
つくってくれたものだったんです。
それを見て、すごく手縫いがきれいなこととか、
こういう縫い物をやってみると面白いんじゃないのかな、
っていうところから、
いろんな色を使って自由にやってみてくれればいいから、
風呂敷みたいなことから何かやってみない?
っていうような感じで、始めたんです。
けれども、じゃあわたしが
「こうやって、ああやって」って言っているのか、
っていったらそうでもなくって、
「じゃ、ここに白入れて、ここに青入れて」
ということは、ほとんど彼らがやっています。
じゃあそれを自分たちも使うかっていったら
自分たちは全然使わないんですけれど。
だから旅行とかでレンテンの村に行かれても
こういうものがあるかっていったらないんですよね。
そういうものなんです。
また、彼らの伝統の中には、
刺繍のものっていうのは、
日常の衣類の中には現れてこないんですけれども、
結婚式のときに履く布の靴とか、持つものなど
ちょっと特別なものには
細かい刺繍がいっぱいしてあるんですね。
それで、自由に刺繍をしてみてください、
何でもいいですよってお願いをしました。
また、お客さまも、1万円のものは買いづらくても、
もうすこし手頃な価格帯のものだったら買いやすい、
となると、気軽に買っていただけるようなものが
売り手の立場としては必要になる。
それで、こんなふうな刺繍のついた豆敷
(コースターほどの大きさのちいさな敷物)
がうまれたんです。
いまだに思うのは、
こんな手間のかかること、やってくれるかな?
ということです。
やっぱり心配なんですよ。
けれども、たとえばわたしの持っている手の力なんて
ほとんど何もない。そんな人間がつくるものと、
すっごい手の力を持ってる人たちが考えるのとでは
おおきな差があるんです。
彼らにはそれがあります。
小さい布も大きな布も、
綿の種を畑で育てるところからやっている。
手を使ってるんですよ。
もちろん縫ったり織ったりは女性の仕事ですが、
布をつくるのって、女性ひとりではなくて、
その背景には家族の協力がある。
石灰になる石の採取とか、泥を運んだりとか、
薪を取ってくる、くべる、とかは
全部男の仕事なんですよ。
だからきちっとした労働力に恵まれた家族が
背景にないと、こういう布はまず作れないんですよね。
私もいまは独り者ですけれども、
レンテンの村なんかも、
若くしてご主人を亡くした人だとか、
いろんな事情の人たちがいるわけです。
あるいは、身体の不自由な人とか、
子どもとか、いろんな人がいますよね。
縫うことはすごい好きなんだけれども、
こういう布を作る家族の力がない人たち。
その人たちは、自分で大きな布を作る力はないけれど、
小さなものならつくることができますよね。
私は一方的に売ることを優先して
こういう小さいものをと考えたのだけれど、
作る側にとっても、とっても何か気軽な商品だった。
ちょっと鞄に針と糸とを入れて、
畑仕事してご飯食べて、休憩してる間に
ちょこちょこってやったりとか。
買う側にとっても気軽に楽しく買えて、
作る側にとっても気軽に作れるもの。
そんな商品がうまれたんです。
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