糸井重里
・「復興と復旧はちがうんだ」と、何度も話したことがある。
気仙沼の人たちと、まだあちこちに瓦礫が残っているころ。
震災でたくさんのなにかが失われたので、
そこにあったはずの「元に戻す」、これが復旧だ。
過去にそこになにがあったのか、記録も記憶もあるし、
どうすればいいかも、あらまし見当がつく。
そこに予算がついて、復旧の計画と実現に至るわけだ。
とても大事なことで、この復旧の事業のおかげで、
あのときの被災地は、いまの姿になっている。
しかし、ぼくにも、現地の人たちにも、
復旧じゃなくての「復興」がどういうものだったのか、
ほんとうはよくわからないままだったような気がする。
過去を地震と津波にさらわれてしまった地域が、
それを機会にして「復興」すると「言う」のはやさしい。
旧と興のひと文字がちがうだけで、復の意味は同じだ。
しかし、「興」の字が一筋縄ではいかない。
すごいんですよ「興」の字、いろんなものを背負ってる。
もともとの古い甲骨文字では、複数の人の手で
いっしょにものを持ち上げてる姿を表しているらしい。
ダイナミックな「興す(起こす)」の意味があるのだ。
「興」の字は、振興、新興、興業、興行にも使われている。
そして、さらには、心の動きのほうにも
興味、興趣、興じる、興が乗る、興ざめ、興奮、
などのように使われているのである。
持ち上げられて「動く(!)」感じがあるんですね。
だから、「旧」じゃなく「興」がほしかったわけだ。
あのときに「復旧」ではなく「復興」がやりたい、
と言ってたことは、どれくらい実現しているのかなぁ。
そんなことを、いまごろになって、また考えたくなる。
そしてね、「低迷が続いている日本」が話題になるし、
何十年もそういうことを言ってるけど、ここでも、
「興してる」「興ってる」はどこかにあるんだろうかね?
我が身をも振り返りながら「興」を探してみたいです。
◆さて、質問no.032「興味あることはなに?」です。
考えて記して、よかったらメールで送ってくださいね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
会社を興すとか産業を興すとかも、興の字で表現されますね。