糸井 ドラッカーって「使える」と表現できますよね。
上田 元ソニーの出井(伸之・元最高顧問)さん、
富士ゼロックスの小林(陽太郎・相談役最高顧問)さん、
パナソニック中村(邦夫・代表取締役会長)さん、
まぁ、べつに有名な経営者だけでなく、
いろんな人に「それぞれのドラッカー」があるのね。
糸井 ええ、ええ。
上田 ものつくり大学の卒業生に「宮大工」がいるんですけど、
ドラッカーの本、ほとんど読んでるんです。

だから、べつに企業の経営者じゃなくたって、
宮大工にとっても、有益な、使える教えなんですよ。
糸井 その意味では、経営者でも、サラリーマンでも、
部長でも課長でも、
かつてのぼくみたいな職人でも、同じですよね。

何をやっていても、あるいは何歳であっても‥‥
たとえ年齢が若くたって、
ドラッカーの言ってることがわかったら、
「エグゼクティブの感覚」で発想できるというか。
上田 うん、うん。
糸井 それに、新聞やテレビの「まちがった発言」に
気づけるようになると思うんです。
「ああ、ちがうよなぁ」って、言いやすくなる。
上田 そうそう。
糸井 たとえば、短期的な利益の奪い合いで競ってる
人たちの考えてることって、
ほとんどまちがってると言えるじゃないですか。
上田 うん、ドラッカーからしたら、大まちがいでね。

「金をもうけて、何が悪いんですか?」って
堂々と言えちゃう風潮って、ほんとイヤだなぁ。
糸井 先生も、そう思われますか。
上田 結局、資本主義や自由経済っていうものは、
「便利だ」ってだけの話ですからね。
糸井 ああ、なるほど。
上田 まぁ、役人が市場をコントロールするよりは
マシだろう、ぐらいのもんですよ。

それに便利だけど、もろいわけです、すごく。
糸井 ええ、ええ。
上田 大事に育てなきゃならない。
糸井 そうですよね。
上田 だから「金もうけの何が悪い?」というような
発言に対して、
まともな反論をする財界人がいないってことに
ぼくね、すごく、腹が立つんです。
糸井 なるほど。
上田 このあいだ、ユニクロの柳井(正)さんが
「派遣切りをするような会社は
 市場から退去していただきたい」とかって
NHKの番組で言ってたけど、
これを言える人って
いまの財界には、なかなかいないんじゃない?
糸井 でも、そういう財界人のかたがたにも
『現代の経営』はじめ
ドラッカーの著作から学んだっていう人、
たくさんいると思うんですけどね。
上田 そうだよねぇ? おっかしいよなぁ。
糸井 ジャーナリズムなんかを見てると
「ドラッカー」を、
「古い人」のシンボルみたいに扱ってる
ケースもありますしね。
上田 そうそう、とくにね、若い学者に多いの。

あれはもう‥‥馬っ鹿じゃないかと!
糸井 まぁ、でも、吉本隆明さんなんかも
同じように言われることがありますね。
上田 ぼくはやっぱり、アメリカがひどいと思うな。

企業というのは、金もうけのためなら
何でもやっていいって思想が
あまりにも当然のように蔓延しちゃってる。
糸井 そうですね。
上田 あの‥‥「サミット」ってスーパーの会長やってた
安土敏さんの『小説スーパーマーケット』
英訳されたときに、
「良いスーパーというものがありうる、
 という前提で書かれた夢物語」みたいな書評が
いくつも出てきたんだって。
糸井 ほう。
上田 つまり、アメリカでは
企業というのは、自己利益ばっかり追求する存在。

そこから「どう身を守るか」が問題なわけで、
「良いスーパーなんて、あるものか」というわけ。
糸井 はー‥‥。
上田 そんなとこで「経営学」として教えられてるのが
いわゆる「MBA」なわけですけどね。
糸井 はい。
上田 たくさんの人的・経済的な資源が投入されて、
みんないっぱい勉強して、
いろんな理論が開発されてるけれども、
ろくな経済社会になってないわけですよ、実際。
糸井 ええ、ええ。
上田 「MBAは要らない」とか
「MBAで会社が滅びる」みたいな本が
最近、けっこう出てきてるのも、
わかるような気がするなぁ、ぼくは。
糸井 一方で、ぼくが「困るな」と思うのは、
モラルでしばるような、精神主義的な批判なんです。

つまり「倫理」で裁くことと、
「理念」や「イズム」や「セオリー」によって
人間を動かそうとすることは
まったく、おんなじことですからね。
上田 うんうん、わかる。
糸井 悪徳政治家が良い政治をする可能性についても
ぼくは、語られるべきだと思うし、
倫理でしばっていちばん困るのは、
庶民というか、ぼくら町人だと思うんです。

人間って、そんな「正しく」できてませんから。
上田 そうだよねえ。
糸井 立派なことを、たくさんやっている人だけが
幸せな社会をつくれるんだとしたら、
たぶん人類は、永遠に何にもできないですよ。

でも、そのあたりの人間理解というかなぁ‥‥
思想としての「豊かさ」を、
ドラッカーの言葉には、感じるんですよね。
上田 ドラッカーが、いつも自分に問い直す問いがあって、
それは「何をもって憶えられたいか」なんです。
糸井 ええ、有名ですよね。
上田 何をもって憶えられたいか。

友だちや、知り合いや、昔の同級生や、
妻や子どもや孫なんかに
「何をもって憶えられたいか」‥‥って、
それは、だれしも考えることができるでしょう?
糸井 天下国家にかかわることじゃなくても
べつに、かまわないわけですもんね。
上田 そうそう。つまり、何が言いたいかというと、
何をするにも、
聖人君子じゃなきゃやれないことじゃあ‥‥。
糸井 ダメ。
上田 そう、ダメなんだよね。

で、そういうことをMBAが教えてくれないとしたら、
教えてくれるのは、やっぱり「ドラッカー」なんです。
糸井 なるほど‥‥なるほど。
上田 社会的な存在としての人間が、
自由で、いきいきと働けて、幸せであるような、
そんな世の中をつくるには、どうしたらいいか。

ドラッカーが「マネジメント」を開発したのは、
そういう動機からなんです。
糸井 ええ。
上田 だからこそ、ドラッカーの「マネジメント」には
「お金もうけ」という言葉が、出てこないんだな。
糸井 ああ、そうか。つまり利益とは「目的」ではなく‥‥。
上田 そう、利益とは、社会の公器たる企業が
その役割を果たしていくための「条件」である。
糸井 利益は目的ではなく、条件である‥‥と。
<続きます>






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2009-09-22-TUE

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN