CHILD
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日野原重明さんに聞く
「これでも教育の話」より。

第2回 一粒の麦


こちらは日野原先生の近著です。

生きかた上手

日野原 重明 (著)
価格:¥1,200
ユーリーグ ;
ISBN: 4946491260 ;

日野原 もともと、よど号から解放されて、
金浦空港に4日目に着いて、
飛行機からの、タラップを降りたでしょう?

それで金浦空港の土を踏んだときにね、
「地球に帰ったな」という感じがした。
足の裏に地球を、大地をものすごく感じたわけです。

4日間、飛行機に乗っていたと同じでしょう?
だから、あぁこれは、アポロから帰った人が、
地球に生還したときの感覚だなあと思ったのです。
その足の裏の感覚が、今まで、今も続いているわけです。
「地球に帰ったなあ」という、そういう感じがね。

だから、もう一度僕の人生を
ここで始めるんだなというふうな気持ちで
羽田に帰ってきたわけです。
糸井 それはもう
「うれしい」とかって気持ちとは違うんですね。
日野原 違います。
だってね……。
ふつうに飛行機に乗っていたのにゴタゴタして、
福岡の空港で6時間ぐらいいて、
それでも何とか軍隊や警察が
捕まえられると思っていたけれど、
ぜんぜんできなかった。

子供と老人をおろした後で100人いて、
また飛行機が出たときに、
テロリストの彼らは、意気揚々としたんですよ。
いよいよピョンヤンに行けるなぁ、と。

「お客さん、随分迷惑をかけましたけれども、
 皆さん、ピョンヤンに行ったら、
 またこの飛行機できっと折り返し日本に帰れるから、
 まあ、悪く思ってくれるな」

非常に、彼らとしてはもう勝利だから、

「赤軍のパンフレットや、
 金日成の伝記や、赤軍の活動状況や、
 マルクス、レーニンのものがあるから、
 向こうに着くまで時間かかるから、
 読みたい人はお貸ししますよ」

そんなことを、言っていました。
そこに、伊藤静雄の詩集とか、
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
といったものが、あったんです。
糸井 あぁー。
日野原 それで、
「誰か読まれる方は?」と言われた。

麻縄で、こんなんなって
くくられているんですよ。
誰も手を挙げない。

非常事態だから、
そんな読むだとかいうことには、
なっていなかったんです。
糸井 余裕がないわけですね。
日野原 そうですよ。
それでも僕はこう手を挙げたら、来て、
「何が読みたいですか?」と言うから、
「じゃ『カラマーゾフの兄弟』読ましてください」
と言ったら、向こうさん、ポーンと5冊ぐらいね。

「あぁ、これでもうよかったよ。
 これで日夜読んでおれば、
 この不安はもう免れるな」

そう思った。
そして、ロシアの小説だから、
登場人物の言葉は長いし、
ゆっくり読んで、ゆっくり覚えようと。
とにかく、ゆっくりね。
そのときは僕は
「これは1カ月は抑留されるだろうなぁ」
と思っていました。
1カ月、じっくりドストエフスキー読もう、って。
糸井 少しずつ読もうと思ったわけですね。
日野原 もうこれでいいなというふうに思ったら、
もう怖さがなくなった。
糸井 はぁー。
日野原 自分の死の不安が、なくなった。
糸井 ドストエフスキーは、
もともとお好きだったんですか?
日野原 学生のころや、若いときには
私はドストエフスキーを好きでした。
文科に行っていた私の友人も
ドストエフスキー好きだったから
一緒によく彼を論じていましたね。
糸井 はぁ、じゃ、もともと
ドストエフスキーをお好きだったところへ、
それが偶然あったんですね、
そんな飛行機の中の非常時に。
日野原 うん。
そして、
カラマーゾフを開けたらねぇ、
あの最初に聖書の言葉があるんです。
糸井 そうですね。
日野原 「一粒の麦が
 地に落ちて死ななければ、
 それはただ一粒のままである。
 しかし、もし死んだなら、
 豊かに実を結ぶようになる。
 (ヨハネによる福音書。第十二章二十四節)」

ほんとうに、死ねば多くの実が結ぶからね。
ひとりの人間は、まずは一つの麦だけど、
このまま麦であるだけなのか、それとも
死んだあとに実を結ぶように成長するか、
そういうことがこのテーマだったなあ、
と偶然に驚きました。
糸井 そういう状況で読むと、
やっぱり心から通じるんでしょうね。
日野原 ええ。
「長老ゾシマがこう言った」なんか出ると、
自分に働きかけている言葉を覚えていますね。
糸井 若いときに論じている時代と
本の内容は、まったく違う、しみこみかただった。
日野原 そう。
ものすごく自分のものとして受け取ってね。

(つづく)

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2002-09-04-TUE


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