Lesson959
人の水
2020-03-11
もう、ほんと、芸術ってなんなんやろ。
うちら、忙しくなったらすぐ芸術あとまわしにするし、
私も身の危険が迫ったら真っ先に二の次にするし。
それでも状況が大変になって、
どんどん落ち込んで、心底傷ついたとき、
結局、芸術に救われている。
これほど身勝手な関わりをする自分を、
芸術はこれまで何度、生かしてくれたことか。
いま、新型コロナ対策で、
いろんな自粛や我慢が必要だし、
私もすすんでするし。けど、
「どうして我慢できないんだ!
たった1〜2ヵ月我慢すれば済むことじゃないか。
済んだら思いっきりやればいい。」
そう言って、自粛にあえぐ人を
いさめている人を見たとき、なぜか違和感がはしった。
1〜2ヵ月「動かない・集まらない・接触しない」を、
皆で協力してやりきって、感染を食い止めたい想いは、
私の中にも切実にある。その気持ちはわかる。
一方で、「自粛=死」という窮地にいる人、
たとえば音楽・演劇の仕事の構造を考えれば、
フリーランスである私には、その深刻さが
血が滲む想いでわかる。
2つの想いが自分の中でもせめぎあい、答えは出ない。
でも、ひとつ言えるのは、
「1〜2ヵ月我慢できて当然」とためらいなく、
人に押しつけられる人は、
人間の強さに「過信」があるのかな、ということだ。
人は食わねば生きられない。だからこそ、
経済面の救済があまりに大事だからこそ、
見落としがちな「人の弱さ」がある。
植物に、毎日、水やりが必要なように、
人も毎日、水を飲むように、
3日と飲まずにはいられないように、
睡眠も溜めておけないように、
「人は日々、摂取する生き物だ。」
1〜2ヵ月干されたらしおれてしまう、
その人にとっての「水」のようなものがある。
「何が、その人にとっての水か?」
人によってあまりに多様だし、
ときには本人さえも気づけないこともある。
そこらじゅうを友達とかけまわって、
大声で笑って、叫んで、それこそが「水」という
子供もいるだろう。言葉がまだ発育途上で、
会話してもたいして楽しめない、という人にとって、
カラダで表現したい、全身でコミュニケーションしたい、
それではじめて水を得る、というのは自然なことだ。
「子供の笑顔に心が潤う」という人は、
家族と触れ合い、交わされる愛情こそ、「水」だ。
そして、ライブを「生きる場所」にしている人、
ダンサー、歌手、役者…、
肉体をともなって、生(なま)で表現し、
じかにお客さんの反応を浴びて、という人にとって、
その場、その時間こそが、「水」。だから、
舞台に立てないことそのものが何より辛い。
経済面はもちろんだけど、それ以上に、
存在理由を直撃する、当人にしかわからない痛み。
「自分に水をやる。」
大きいか、小さいか、ということよりも、
人間は「日々」、その人にとっての心の糧、
生きがい・楽しみ・愛のようなものを摂取して生きる。
一度にたくさん与えられたとしても、しばらくすれば、
ちゃんと心の腹がすく。あまり長くは溜めておけない。
先送りもできない。この点で人は、弱い。
考えたら自分は、9年前のきょう起きた大震災後も、
自分が文章で咲かせたささやかな花を、
何年にもわたって踏まれ続けるような圧を受けたときも、
今回コロナで生業に足止めをくらったときも、
芸術を後回しにして対応に追われ、
擦り減り、やがて疲れ、自分への水やりを忘れ、
渇ききって、自ら表現することも、
自ら心の糧をとりに行くことも、
どうにも、こうにも、ならなくなったときに、
結局、音楽をはじめとする芸術に生かされてきた。
渇ききった心の奥に入り込んで、
何かを引き出し、外に吐き出させ、そこに、
滾々(こんこん)と水を注ぎ、
魂を奮い立たせてくれたのは、結局、芸術だった。
「あなたにとっての水は何か?」
日々、水やりするように、自分を潤して生きたい。
それと同等に、「人の水」を尊重したい、
と私は思う。
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編集・ライター養成講座20周年記念講座
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「親の老い」への哀しみをどう表現していいかわからない
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おかげさまで「おとなの小論文教室。II」が文庫化されました!
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文庫オリジナルのあとがきも掲載しています。
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『おとなの進路教室。』河出書房新社
「自分らしい選択をしたい」とき、
「自分はこれでいいのか」がよぎるとき、
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「おとなの小論文教室。」で
7年にわたり読者と響きあうようにして書かれた連載から
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選りすぐって再編集!
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『おとなの小論文教室。』 (河出文庫)
ラジオ「おとなの進路教室。」
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『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
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内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの痛みと歓びを問いかける、
心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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