質問:
「それで?」という質問では意味がなくて
「それだけ」という出来事もあるんですね。
「それで?」という質問に答えても
ほんとに受けとめたことの
一部分しか答えられないことにもなるわけで。
「何を感じましたか?」
という気持ちの問題じゃないんです。
大事なのは事実の方なんです。
御巣鷹山の墜落事故の時は
まだ大学を卒業して
十年経ってないんだよね。
彼は働いて六年目だったし……
そういうことは考えるけど
「それで保坂さんが
 時間を考えるきっかけになったんですね」
という話ではないんです。
いまだにずっと忘れていないのは、なんとも
他の言葉にできない出来事だったからです。
あれから二十年経って、
「じゃあ他の言葉で
 説明できるようになりましたか」
と言っても、やっぱり他の言葉なんてないんです。
同じことばかり言いますけど
「大学を卒業して以来、
 二度と会わない友達がいて、
 二度と会わないと思っていたのに、
 そいつが死んだということを
 新聞によって聞かされた」
という以上のものではないです。
それで充分な出来事なのであって、
何かひとこと言った途端に、
あそこで起きたことの
一部しか言えないことになるわけですよね。
チェーホフが芝居の中で
「ほら外を見てごらんなさい。
 外に雪が降っている。
 あれに何の意味がありますか」
と書いているけど、
ほんとにそういうことなんです。

「それで?」
「保坂さんの気持ちは?」
という質問は際限がない。
だけど際限がないのに中身が何もない。

 

目の前の事実を
解釈するのではなく
受けとめるように訓練を積んでいくと、
まとめの言葉なんか事実とは別のことで、
事実の一部分を
くっつけたりしているだけだとわかるんですね。

大事な忘れられない経験を
思いだして誰かに伝えた時に
「それであなたはどう思うんですか」
ときかれたらうっとうしいじゃない?
自分の心に起きたことなんて、うまく言えないよ。
そこには事実の連鎖以上の説明は要らないんです。

 

明日に続きます。

 
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2005-07-21

Photo : Yasuo Yamaguchi All rights reserved by Hobo Nikkan Itoi Shinbun 2005