フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

インテル@無観客試合。


インテルの無観客試合を見てきました。
終わった後で、
あれはサッカーの試合なんてものじゃなかった、
と言う人もいました。
でも、ぼくにとっては素敵な夜でした。

観客のいないサン・シーロで
インテルのお偉方、吠える。


春に行われたUEFAチャンピオンズ・リーグ予選、
インテル対ACミランのミラノ・ダービーでもあった
この試合で大事件が起きたことを、
みなさんは覚えていますか?
その試合の最中にインテルのティフォーゾたちが
物や発火物をフィールドに投げ込んだ事件の
ペナルティとして、UEFAがインテルに課したのは
ホームの4試合を「無観客」で行うというものでした。

判決の宣告があった時点で、
観客なしのサン・シーロ競技場での試合が
いったいどんなものになるのか、
だれにも全く想像できませんでした。
そして8月24日水曜日の夜、
ミラノのサン・シーロ競技場で、
1回めの無観客試合が行われました。
UEFAチャンピオンズ・リーグの予選です。
対戦相手のシャフタールと、
彼らを迎えたインテルの双方の選手たちにとって
無観客は初めての経験です。

それは、とても不思議な夜でした。
そして、なんだかシュールな試合でした。

観客スタンドにいたのは、
ぼくら少しの新聞記者たちと、
インテルの主要な関係者たちです。
いつもクルヴァ(カーブ)席に陣取っている
飛び切り荒っぽいティフォーゾたちを
ウルトラスと呼びますが、
インテルのお偉いさんたちが
「今夜は特別」と言わんばかりに、
ウルトラスみたいな出で立ちで並んでいます。

ファッケティ会長とオーナーのマッシモ・モラッティ、
そして、ピレッリとテレコムという
イタリアの大企業の社長でもある
インテル副会長のトロンケッティ・プロヴェーラも、
揃ってインテルのシャツを着込み、
VIP席から何かにとり憑かれたように叫んで
ティフォーゾと化しています。

選手たちが仲間に叫ぶ言葉のひとつひとつが
スタンドでも聞こえるほど静かなサン・シーロで、
VIPたちのくり広げるティフォーゾぶりは
何かとてもロマンティックでさえありました。

まるでアマチュアのサッカーみたいだとぼくは思いました。
ウェイターや店員や銀行員といった
日頃の職業をちょっと横に置いて、
「さあ、日曜日の朝だ。
 今日はボールを蹴るぞ!」と
決意を固めながらショートパンツとシャツに着替える‥‥
そんなアマチュアのほほえましい素朴さを、
その夜、ぼくは感じていました。
それも、名だたるサン・シーロ競技場で。

その夜にかぎっては、サッカー場と言うよりも、
まちがって砂漠に建てられた教会を思わせる
空っぽのスタンドのサン・シーロで、
報道席の高さから見る試合は、
とても現実とは思えません。
日陰でも33度はあろうかという
8月のど真ん中に雪が降ってきたら、
こんな感じかなというくらいの
不条理な光景です。

選手たちは最初は、
いつものように怒鳴りあっていました。
でも、自分たちの声にびっくりしたのか、
やがて、ほとんど「静か」になっていきました。

普通の試合では当たり前に交わす叫び声も、
この静けさの中では強すぎるのです。
まるで雷のようにものすごいと感じたのでしょう、
試合開始15分後には選手たちは黙ってしまいました。

かわりに、ただでも広いのに観客が居ないせいで
10倍も広く感じられるサン・シーロ競技場には、
なんとマッシモ・モラッティと
トロンケッティ・プロヴェーラの
激励の怒鳴り声がとどろき渡っていました。

彼らふたりは、イタリアのみならず
ヨーロッパにおける経済界の典型的なVIPです。
おろしたてのシャツと
ロンドンで仕立てさせた服に身を包み、
イギリス紳士のように上品に振舞うのが彼らの日常です。

いつも言葉を抑え、
「彼らのインテル」の試合を見に行く時さえも、
かん高い大声など出しません。
彼らは常に冷静で超然とした態度をとります。

ところが、
その水曜日の夜に彼らは豹変したのです。
平然とした人物という仮面を風に投げ捨てた彼らは、
90分の間、熱狂したティフォーゾぶりを発揮しました。
自分のチームにはこれ以上ないほどの熱い激励を叫び、
対戦相手には野次をとばしてからかい、
もう、これこそをやってみたかったという勢いです。
きっと今までに何千回も、あれをやってみたいと
思っていたのでしょう。
偉い人でいるのも窮屈なものですね。

彼らは90分後には、
いつものマッシモ・モラッティと
トロンケッティ・プロヴェーラに戻りました。
でも取り乱して、熱くなって、息切れして、
彼らのほうが選手たちよりも疲れたみたいでした。

インテルがこの試合を1対1で引き分けて、
結果的にUEFAチャンピオンズ・リーグの
予選を通過したのは些細なことだと言ったら
怒られるでしょうか。
でも、ぼくは思うのです、
あの夜に彼らふたりがしたことのほうが、
試合の結果よりもっと大切なんじゃないかって。
彼らは他の人びとと同じように、
ティフォーゾとして、
なり振りかまわず熱くなれました。
これは大切なことです。
ペナルティーの無観客試合は、
あと3つ──彼らは、
このチャンスを逃さないでしょう。
きっと今回と同じように騒ぐと思いますよ。

訳者のひとこと
「ローマの休日」ミラノ版
といった感じですね。
写真の中の電光掲示板の文字
TIAMOティアーモ、は
正確にはti amo とかt'amoとか
書きますが、
ti きみを amo 愛してる、です。
翻訳/イラスト=酒井うらら

2005-08-30-TUE

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