ほぼ日刊イトイ新聞 フランコさんのイタリア通信。アーズリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

2009-07-28-TUE

フランコさんのバカンス通信 その4
バカンスに響く遠いこだま──コルトーナへ。


ぼくがトスカーナでのヴァカンスを続けている、
まさにその間に、カルチョ・メルカートの方は、
ここ数年のイタリアにはまったく無かったほどに
燃え上がっているようです。

インテルがイブラヒモヴィッチを
エトーと交換にバルセロナに譲渡し、
モウリーニョ監督は
モラッティ会長のこのやり方に激怒しています。

このポルトガル人の監督は、
イブラヒモヴィッチの譲渡を
まったく望んでいませんでしたが、
スウェーデン人選手イブラヒモヴィッチと
モラッティ会長の関係は消耗しきっており、
もはや修復できなかったのでしょう。

イブラヒモヴィッチと交換に、
エトーとフレブ、そして
4500万ユーロをインテルは受け取ります。
総括的には約6000万ユーロほどの価値ですから、
これはクリスティアーノ・ロナウドの、
マンチェスターUから
レアル・マドリードへの移籍にともなう金額に次いで、
2番めの高額です。

ヴァカンス中のぼくに届いた
これらのカルチョ・メルカートの騒ぎは、
遠くからの、まるで遠くの惑星からの
こだまのように思えます。

コルトーナの公立博物館で。

ぼくが今いるのは、イタリアの歴史上、
そして芸術的にとても大切な場所である、
トスカーナとウンブリアが接するあたりです。
ここでサッカーとお金の話をするなんて、
これから訪れようとしている町に対して失礼だと、
ぼくには思えるのです。

franco

きれいに澄んだ空気と、
風にサラサラと衣ずれのような音を立てる
オリーヴの木々の間から、
コルトーナの町が忽然と姿を表します。
世界遺産キアーナ渓谷を見守る丘の上に
静かにたたずみ、3千年以上も前には
エトルリア人たちが住んでいたこの町の、
なんと輝かしく華麗な姿よ!!

数千年の歴史の足跡が、
コルトーナの公立博物館に収められています。
ここは、イタリア半島で最初の文化的市民である
エトルリアに関する博物館の中でも、
最も重要なもののひとつです。

中に入ってみましょう。
素晴らしい彫刻のほどこされた
ブロンズの燭台があります。

franco

天井から吊るすタイプのもので、
2メートルほどの高さから
あたりを照らす格好です。
今の感覚からすれば「薄暗い」のですが、
電気の無かった当時にしてみれば、
太陽の光が月と入れ替わったあと、
あたりをすっぽりと包む暗闇の中で、
この燭台からの光がもたらす明るさは、
まるで奇跡のようだったことでしょう。

ここには目が覚めるような金のブレスレットも
保管されています。
3千年を超えてなお、その黄金の輝きは
損なわれずに保たれています。

franco

この気高い宝物を見ていると、
金が金属の王様であり、
本当にそう呼ぶにふさわしいというのが、
よく分かります。
金の市場価格の動きを見るまでもなく、ね。

金細工は、まさにこの地と、
コルトーナから数十キロメートルほどの所にある
アレッツォで生まれ、アレッツォは今も
イタリアの金の中心地です。
数千年前の墓から発見された
魅惑的なエトルリアの花瓶の数々は、
この博物館を特別なものにしています。
遠いエトルリア時代のブロンズ、金、陶磁器‥‥。

franco

博物館を出ると、コルトーナの町は、
その雰囲気や記憶のなかに、
中世の面影を色濃く残しています。
コルトーナの町全体が
オープンな博物館と言ってもいいでしょうね。
この町全体の空気に、ぼくは、
とても神聖さを感じるのです。

アンジェリコ「受胎告知」も!

イタリア美術史を作った絵画の数々は、
ディオチェザーノ博物館で見られます。
たとえば、15世紀に
ベアート・アンジェリコが描いた「受胎告知」が、
ここにもあるのですよ。

franco

神がつかわした天使が、処女マリアに、
神の子イエス・キリストを生むであろうことを告げる、
キリスト教にとってとても重要なこの瞬間は、
多くの画家たちが絵画として
永遠に残しています。

そして、ルネサンス期の画家で、
まさにコルトーナが生んだルカ・シニョレッリの
絵画の数々や、
ペルージャ出身の画家ピントゥリッキオの
「聖母」などが、この博物館に
世界で一番の幸せをもたらしています。

カルチョ・メルカートのざわめきや、
レアル・マドリードへ行ったカカ、
バルセロナへ行ったイブラヒモヴィッチ、
インテルに来るエトーなどの話は、
ここでは、先ほども言いましたが、
「遠い世界」のことのように思えます。
幸いなことに、今、
ぼくは本当にミラノから、その喧噪から、
遠く離れているのです‥‥。


訳者のひとこと

現実の喧噪から遠く離れる、
これぞまさしくヴァカンスですねぇ。

文中の
ベアート・アンジェリコ(天使のような、恵まれた人)は
フラ・アンジェリコ(天使のような修道士)ともよばれ、
本名をグイード・ディ・ピエトロと言います。
ドミニコ会の修道士でした。
彼の「受胎告知」は、
フィレンツェ、サン・マルコ美術館の物も、
聖書の他の場面の絵とあわせて、有名です。

修道士たちが修行の一環として描いていた
聖書の場面の絵の中でも、彼の作品は
美術史上にしっかりと記されているのですが、
まだ技法や個性の追求が前面に出ることはなく、
信仰心(精神性)が、そういった人間的な
誘惑の数々を、ぎりぎり押さえている感じです。

それでも画面には、
やがて来る嵐の前の静けさのような
緊張感も漂っています。
事実、その後のルネサンス全盛期には、
「人間復興」の旗印のもと、
画家の個性、魅力、テクニックなどが一斉に花開き、
美術史上もっとも華やかな時代に突入します。

うららさんイラスト

翻訳/イラスト=酒井うらら



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