「フランコさんのイタリア通信」が本になります。 酒井うららさんと、 イタリアについてしゃべろう!


第8回 ぜんぶ「あなた」の責任です。

あやや たとえば日本って、
まわりとの関係を大切にするじゃないですか。
調和、平和。
イタリア人はそういう意味で、
倫理的、心の中で大切にしてるものって、
なんでしょう?
「明るく楽しく」ってことですか?
酒井うらら 「明るく楽しく」はあるけれど、
それは和を保つためではなくて
自分自身がそうでもしなきゃ
死んじゃいたくなるからだけど。
で、「和」もね、
たとえばすっごい田舎の小さな村で犯罪が起こって、
犯人が誰なのか、だいたいみんな、
分かってるはずなのに
誰も口を割らないっていうのはある。
だから捜査がそれっきりどうやったって進まない。
地元のおまわりさんだって、
みんな、分かってるんだけど、
起訴できない、というようなことは起きる。
そういうところが残ってるところは、ある。
あ、でもこれも「和」じゃなくて、
自分を守るため、自分自身のためかな‥‥。
あやや イタリアの人が、外から見てると、
すごく明るくて、ちいさなことは
気にしなくていいよっていうような、
大らかさがありながら、
でも何かそれが悲しみとか絶望とかと
つながっているというのは
とても面白いと思って。
酒井うらら それはもう、紀元前から歴史があるわけだからね。
血みどろの世界史なわけじゃない。
人間にはすっごくいいところもあるけど、
すごく恐い部分もある。
その抱き合わせの部分はもう、
歴史の遺産として
代々引き継いで教えられてると思うのね。
大人っぽいヨーロッパの大学生たち、
もう高校生ぐらいから、
達観しちゃってるようなことを
言えるの、口では。
まだ15年しか生きてないでしょ、あなた、
とも思うから、
自分の人生の裏付けが取れているかどうかは別として、
知識とか観念的にはもう、
相当達観したものを10代の頭ぐらいからもう持ってる。
あやや それは、あの、たとえば小学校とか、
親からの教育によってもそういう?
酒井うらら 教えられると言うよりは
自然に見聞きしているんでしょうね。
冗談の中にもそういうのが出てくるし、
実際に滅びちゃった遺跡なんかが
目の前にあったりするわけだし。
あやや 古代ローマ帝国の大きさってすごいじゃないですか。
シェフ うん。地図見るとビックリするよね、
当時の勢力図。
酒井うらら うん、びっくりする。
あやや ああいうのを見ると、
織田信長が今川義元と対決したのって近場ですよね。
酒井うららシェフ
キノシタなんこ
  やまかわ
(笑)。
酒井うらら (笑)そうよ、ほんとにそうよ。
あやや 規模が違う!
それを思うと、わたし、
モンゴルもすごいなって。
シェフ うん、そりゃそうだけど、
あんた飛躍するね。話が。
それって「朝青龍にはかなわない」
ってことになるんじゃないの。
あやや 御名答。
シェフ じゃああやちゃんは、モンゴルのほうに
行きたいわけ?
あやや いや、イタリアです!
なんとなくですけど、
イタリアはヨーロッパのなかでも
「よそ行き」でなくても
受け入れてくれそうで。
シェフ よそ行きね。
酒井うらら たしかに普段着で行けば普段着で受けてくれるし、
よそ行きで行けばよそ行きで、
それ相応に受けてくれるし、
インテリで行けばそのように接待をしてくれるし、
それは全部、「私」の責任になるわけ。行く側の。
キノシタ はあ、はあ、はあ。
シェフ あー。
酒井うらら あなた、これだけのものしか
観てこなかったって言ったら、
あなたがそれだけのものしか
観られないような様子と知性で
行ったからでしょっていうことなの。
シェフ えー! あ、でも、うん、
ヨーロッパってそうだ。
酒井うらら 恐いよ、ある意味。
シェフ この夏行ったフィンランドは違ったけど、
それはいずれ「ほぼ日」のコンテンツにしますから、
おいといて、
いわゆる階級社会のあるヨーロッパの国はそうだ。
こっちの責任だ。
ぼくね、このごろ生意気なことを思うんですよ。
酒井うらら なあに?
シェフ 外国に行くと
日本人の旅行者が、
とってもあやうく見えるんです。
中国の旅行者の元気さとくらべると
みんなが「おとなしく、めだたなく」っていうことを
すごく強調しているように思えて。
そういう服装なんです。
OLふたりぐみなんかもね、
それはハイキングに行く格好だろうというスタイルで
町を歩いていたりする。
日よけの帽子被ってリュック背負って、
ブルゾンのジッパーを顎まであげて着て、
運動靴履いて、うつむいて歩いてるわけ。
そうするとね、うららさんの言うとおりで
「そういうふうに」扱われるだろうと思う。
酒井うらら そう、そういうふうに扱われる。
なんこ そりゃそうですね。
シェフ うん、だからそんな格好でね、
ブランド店に行っちゃだめだし、
レストランに行ってもだめだと思うんだよ。
ちゃんと楽しい思いができないと思う。
それって自己責任でしょう。
なんこ そうです。
シェフ これは批判じゃないんだけれど、
お金のある中国の人たちはとっても目立つ。
お金を使うわよって気がもう満々で来てて、
着飾ってるわけ。
そうしたら向こうはそれなりの対応をするよね。
で、ぼくね、そのマネをしなくってもいいけど、
ふだんの生活のままで、同じように楽しむか、
あるいはちょっと背伸びするくらいの方が
面白いんじゃないかなと思うんだよ、
外国行くんだったら。
あやや あの、何かさ、海外に行くときのイメージって、
何か身軽にしてなきゃいけないとか、
鞄を、ひったくられるんじゃないかとか、
何かそういうのばっかりあって(笑)、
シェフ それ日本でも同じだもん。
とっさのときに走れないみたいな
歩きにくい靴はどうかと思うけど、
ちゃんとお洒落してった方がいいよ。
酒井うらら あ、でもイタリアで
金持ちそうにしていると
スリやひったくりや、
ぼったくりに会うかも。
お金持ちそうでもなく、
でも賢そうにいましょう、イタリアでは。
あやや なるほど〜!
普段通りでいいんですよね。
普段通りの扱いをしてほしいわけだから。
そうなんですけど、急に旅行用の格好に
なっちゃうんですよね。
シェフ 普通でいいんだよ。気候に合わせた防寒なり、
暑さ対策の格好をすればいいだけで、
日本て全部あるから、
1年のうちのどっかの格好して行けばいいんで。
極地は別だけどね。
まぁ、なんか語っちゃってすみません、
「あなたの責任」って、確かにそうだと思って。
酒井うらら まあ、ほんとに短期間の旅行なら、
あなたの責任とばかりも言えないけど、
ちょっとでも住んだら、全部、あなたの責任。
そこまで老婆心を使ってくれない。
そこまでは、知らない。
「私」のことじゃないから。
あやや 構ってられないわよって感じですか?
酒井うらら ううん、そうじゃないのよ、興味がないの。
親じゃないし、お姉さんじゃないし、
でもうーんと友達になったら、
とことん言ってくれる。
私のイタリア語が上手くなったのは
私のユダヤ人の親友のおかげ。
ほんとうによくしてもらったの。
なんこ でも何か、さっぱりしてるのに、
たまにちょっと素敵なことをされるから、
どきっとしますよね。
ヨーロッパの男性って。
シェフ へえ、そうなんだ!
あやや へえ、どんなことされるの?
なんこ ルームメイトと一緒に留学の最後、
ちょっと素敵なご飯屋に行こうって
おめかしをして出かけてったんですよ。
初めてお金をかけて
イタリアンのコースを食べようって。
そしたら隣の席の全然知らないおじさんたちが
全然、何にも話してないのに、
食後酒の「リモンチェッロ」をおごってくれたんです。
シェフ 何か、わかったんだね。
つまり、この子たちは
すごく大事なご飯を食べてるんだと。
何か大事な時間だぞと。
ちょっといいことしてあげたくなるんだ。
なんこ それがすごいかっこよくて、そのまま、
おじさんたちは何も言わなくて、
「じゃあね、素敵な夜を」とか言って
出て行っちゃって。
シェフ かっこいいー。
あやや あ、そういうの、いいね。
キノシタ かっこいー。
やまかわ すてきですね。
キノシタ 自己責任かぁ。
酒井うらら それは個人主義ということなのよ。
うんとちっちゃい子供ならともかく、
大人なんだし。
キノシタ そうですね。
シェフ モテたくないって格好してたらモテないですよね。
売ってますっていうアピールしなければ
買い手はつかないっていうだけの話ですよね。
キノシタ でも何か日本人てそういう考え、
ちょっと薄くないですか?
シェフ 薄いです。
酒井うらら うん、でも日本人は日本人のすてきさがあって、
老婆心を掛け合って、助け舟を出し合って、
コミュニケーションをお互い取り合ってきたわけで。
シェフ そうそうそう、でもヨーロッパは
曖昧にニッコリしちゃうと、
契約成立になっちゃうから。
僕がにっこりしたら君は笑ったでしょ、
さあまいりましょうって。
酒井うらら 嫌だって言えばもう済んじゃうわけだから。
相手が嫌だって言われたことで、
その男が傷つこうが傷つくまいが、
私は知ったこっちゃない。
それでいいの。
向こうは、お友達に慰めてもらうなり、
じつは全然傷ついてないなり、
「それは私の問題じゃない」っていう言い方は
すごくする、イタリア語で。
シェフ そんななかで、フランコさんて、
ちょっと涙もろい感じというか、
ポエティック、詩的なときが
あるじゃないですか、時々。
すごくクールな分析と、
冷静な書き方をするときもあれば、
すごく情に厚い面がある。
酒井うらら 基本的にね、弱い者を守ろうとしますよね。
カソリックの影響もありつつ、
本心からそうなんでしょうけど、
弱い者、動物、子供、
もうほんとにみんな、大事にしようとする。
シェフ だから、かなしい出来事を語る時に
そんなふうになるのかもしれない。
フランコさんの視点は弱者に優しいんですよね。
酒井うらら それがだいぶ、やっぱり現代っ子たちは
崩れてきちゃって、電車に乗っても、
バスに乗っても席を譲ってくれないって
嘆くお年寄りが増えてはきてるみたいね。
それがイタリアの伝統でもあったのにね。
地方では残ってると思うけれど‥‥、
ミラノがいちばんぶっ壊れてると思います。
あやや うららさんが留学していたころとは、
変わっちゃったんですか。
酒井うらら 私が留学してた70年代には、
日本人の女の子が住んでいるというのは、
ミラノでもまだ珍しく、
ほぼパンダ、珍獣あつかい。
あ、笑った〜、
イタリア語をしゃべった〜〜〜、
みたいな。
だから、けっこう大事に
あつかってもらいましたが、
今は時代もあまり良くなくて、
人間関係もギスギスしがちなようなので、
こちら側がキチンと自分を出すことが
必要でしょうね。
シェフ でもその「いいところ」が残っていることを信じて
イタリアに旅行にいってみたくなりました。
あやや わたしもぜひ夫と!
酒井うらら わたしもしばらく行ってないから
行きたくなってきました(笑)。
やまかわ わたしも行きたいです。
キノシタなんこ わたしもー。
シェフ じゃあ向こうでみんなで落ち合ってゴハン食べましょう!
酒井うらら ふふふ、それができたらステキなのにね。
ぜひ本も、読んでみてくださいね。
あややシェフ
キノシタなんこ
  やまかわ
はーい、ありがとうございました!

(おしまい)

2008-12-05-FRI

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