聖光学院対日南学園

いつもいつも感じることだけれども、
書けることは起こることのほんの一部に過ぎない。

どれだけの時間と文字量をかけようとも、
書けることは起こることの
ほんのわずかな一部にすぎない。
これはもう、しかたがない。

だって、昨日は開会式があったのだ。
そのことだけで、ほんとは
ゆっくりじっくりと書きたいくらいだ。

わけても8月6日という特別な日に
甲子園でささげる黙祷の
なんと意味の大きいこと。

選手宣誓、
気仙沼の選手が担当した始球式。
流された準優勝盾の再授与、
書きたいことはほんとうにたくさんある。

そして、あのすばらしかった第一試合!
健大高崎と今治西の一戦を観ましたか。
2ランスクイズの先制点を観ましたか。
追加点は2アウト2塁からのヒットエンドランでしたよ。

そして、今治西の牽制のすごさを観ましたか。
ピッチャーからだけじゃなく、
キャッチャーからもつねに鋭い牽制が!
あと、ツーアウト一二塁から一塁へ
サインプレーで牽制したりしてましたよ?
え? 話、細かすぎ?

金沢の釜田くんの速球もしびれました。
7回裏の152キロ! 見事な完封劇でした。

そのうえで、第三試合があったんですから、ねぇ。

そうはいっても、まずは、
朝、甲子園球場と久しぶりに対面するときの、
なんともいえないあの感覚は記しておきたい。

おなじみの蔦はすくなくなっちゃったけど、
この、どーんと視界に現れる瞬間の
気持ちがわあっと盛り上がる感じは、
なんともいえません。

こういう看板を観ながら、
じわじわとまた盛り上がっていったり‥‥。
いえ、もう、ほんと、きりがない。





ぼくはわくわくしながら空席を探して座ります。
そう、もう、ぼくの袖もとには腕章がありません。
取材許可がもらえなかったのです。

いえいえ、それはもう、当然なことなんです。
テレビや新聞だけでも、
ぜんぶ対応できないくらいにきっと数がありますから、
インターネットのサイトをOKにしてしまうと
ものすごいことになってしまいます。

それでも、取材依頼書を受け取ってくれて、
いちおう、どうしても無理か検討してくださって、
それでも無理だったんだから、もう、しかたがない。

というか、福島の、朝日新聞と高野連のみなさんが、
ほんとうに特別なはからいをしてくださったんだと思う。
いまさらですが、こころから感謝します。

ある意味、こころからの観戦ができると、
なかばすっきりした気持ちでぼくは席につきました。
ただ、ちょっと残念だったのは、
席からの写真だとしても
試合経過のわかる写真は載せられないといわれたこと。
遠景、応援席やスコアボード、
グラウンド外、試合外の写真は大丈夫だそうです。

ですから、これからは、あんまり写真はありません。
けれども、もう、テレビ中継がありますからね。
熱闘甲子園だって、ありますし。

そういうわけで、第3試合。
聖光学院対日南学園です。

書けることは起こることの
ほんの一部にすぎないとしても。

まず、日南学園について。
日南学園は宮崎県の代表です。

憶えてますか? 
宮崎は去年、口蹄疫に見舞われました。
人々の集まりが制限され、
たしか、準々決勝あたりまでは、
無観客のまま、甲子園予選が行われたと記憶しています。

母校の応援に行けないまま
夏が終わってしまった学校が
いくつもあったのかと思うと胸が痛みました。
それで、去年の夏は、
宮崎県代表の延岡学園の登場に
大きな拍手が起こったことを憶えています。

ぼくも応援していた。

それで、組み合わせが決まったときに、
ぼくは、うわぁ、と思ったんですけど、
わけてもぼくは日南学園が好きなんですね。
やはり、寺原投手がいたときの
日南学園を応援していた。

あのときの大会の、どの試合か忘れましたけど、
同点で迎えた最終回、もしくは延長戦の裏の守り、
2アウト満塁、フルカウント、という場面で、
キャッチャーが最後の1球を
ストレートにするか変化球にするか、
寺原投手に訊きにいったとき、
寺原投手の口があきらかに
「どっちでもいい」と動いたことを
ぼくはすごく憶えています。

ああ、こういうことを書いてる場合じゃないんだ。

序盤、2回で歳内投手は5つの三振を奪います。
聖光学院打線もバントヒットで出た走者が
盗塁とパスボールであっという間に三塁に進んだり、
らしい攻撃ができている感じでした。

けれども、どうにも乗り切れない。
歳内投手も三振の合間に四死球が入るし、
急に長打を打たれたりするし、
ずいぶんファウルで粘られる。
どうも、ばしっと聖光学院ペースにならない。

早めに1点とれればいいんだけど、
とぼくは思ってました。
ちょっと、そわそわしながら。

先制点は日南学園だった。
しかも、二者連続三振で
2アウトランナーなしの場面から。

いい当たりのヒットは
谷口くんのセンター前くらいで
あとの2本はちょっと不運だった。
それでも、日南打線の3連打。

ランナーふたりを置いてレフトに上がった打球を
レフト川合くんは半身で追った。
そう、甲子園には「浜風」が吹いている。
そして、浜風は甲子園にしかないから、
どうしてもそれは初体験になる。
川合くんは2年生だ。
当然、去年はベンチに入っていなかっただろう。

グラブに入りかけて落とした感じに見えたそのプレイに
大観衆が「あっ」と声をあげた。
2アウトだからランナーはスタートをきっている。
落球にざわめきがおさまるころには
ふたりのランナーがホームを駆け抜けていた。

聖光学院は毎回ランナーを出す。
点をとられたすぐの3回裏も、
斎藤湧貴くんが1アウトからツーベースで出た。
ところが、遠藤くんの強い当たりが
セカンドライナーとなってダブルプレイ。
さすがに、いやな感じがした。

そして、5回表、
またしても2アウトランナーなしから、
聖光学院はピンチを迎える。

四番の草清くん、五番の山本くんと
ともにライトへのヒット。
さからわない、いいヒットだった。
問題は、そのあとだ。

六番、武元くんのスイングのあと、
キャッチャーの福田くんが倒れていた。
バッターがアピールしている。

何が起きたのかと思っていたが、
インターフェア、打撃妨害だった。

つまり、スイングしたとき、バットが
キャッチャーのミットかどこかに当たったのだ。
その場合、キャッチャーが
打者のバッティングを邪魔したということで、
試合は止まり、打者は一塁へ進むことになる。
ランナーはそれぞれ進塁する。

大丈夫かな、とぼくは思った。
試合展開よりもまず、
福田くんの身体が心配だった。
高校生とはいえ、あのスピードで振り回している
金属バットに身体のどこかが当たって
倒れるほどだったのだから。

たぶん、座る場所の調整とか、
いろいろ、リズムが変わったのだと思う。
続く、川口くんの打席で歳内くんがワイルドピッチ。
あっさりと3点目が日南学園に入った。

5回裏、フォアボールで出たキャプテン小澤くんを、
歳内くんがきっちりバントで送ったあと、
一番の斉藤侑希がライトオーバーの3塁打で返す。
よし、ようやく1点!

この、クリーンナップ以外からも長打が出るのが
聖光打線の持ち味だ。
やっとペースを取り戻しはじめたかに感じるが、
続く1アウト3塁の場面から、
斎藤湧貴くんと遠藤くんが凡退で1点どまり。

これは深刻だとぼくは観客席でうなる。
たぶん、ぼくの前に座った男女のふたり組は、
うしろの男がただならぬ雰囲気なので
たいへん迷惑だったろうと思う。

3対1で2点負けていることなどは、
この際どうでもいい。
土佐丸戦の殿馬のぼやきにならっていえば、
「2点差くらいはどうだっていいづら」
ということになる。

やばいのは、「そつのない展開」が持ち味の
静かなる聖光学院打線が、
1点とってなおも1アウト3塁、
迎えるバッターは野球センスのかたまりみたいな
斎藤湧貴くんと遠藤くんという、
いってみれば「願ってもない場面」で、
斎藤くんが窮屈に三振、
遠藤くんがあっさり一塁ゴロという凡退をしたからだ。
(一塁ゴロほど何も起こらない内野ゴロはない)

これは、あんまり、よくない展開だ。

そして6回表、
またしても二者連続三振のあとの
2アウトランナーなしからピンチが訪れる。

一番、木下くんと、二番、何口くんが、
なんと二者連続で打撃妨害。

これは、連打を喰らうよりも
よっぽどめんどうなピンチだ。

スプリットという「落ちるボール」を使う歳内くんは、
どうしても投球がワンバウンドになりがちである。
それで、福田くんの苦労はとんでもなく大きい。
ワンバウンドしたボールを身体でとめなくてはならない。

たとえ、バッターが空振り三振しても、
キャッチャーが捕球を完了しないと
バッターは一塁へ「振り逃げ」で走ることができる。
(アウトカウントとランナーの状況で
 できないこともあります)
だから、歳内くんが三振をとる多くの場合、
ワンバウンドしたボールを福田くんがとめて、
一塁へ送球して、あらためて「三振」ということになる。

それで、福田くんはどうしても前に出て捕る。
その、差し出すミットに、バットが当たっている。

わからないけれども、
「打席のいちばん後ろに立て」くらいの
指示は出ているのかもしれない。

もちろん、故意に打撃妨害だけを
狙いに行くのでもない限り、
打席の位置を変えるのはまったく問題のない作戦だ。

たぶん、福田くんは、
選択を迫られたのだと思う。

打撃妨害をさけて、もう少し後ろにさがるか。
しかし、それは、歳内くんのリズムを崩す。
さらに、スプリットがバウンドした場合、
バウンドした地点から離れるために、
身体でとめられなくなり、後逸の可能性も広がる。

6回表、3対1。
2アウト一二塁。
もう、点はやれない。

もしも、ぼくが福田くんだったらどうするだろう。
もしも、あなたが福田くんだったらどうしますか。

そして、彼らは、そのあとも、
いつもと同じ野球をした。
細かい調整はあったかもしれないけれど、
ぼくにはわからなかった。
歳内くんはスプリットを投げたし、
福田くんは身体でとめにいった。

このピンチの場面をバッテリーは
サードゴロでしのぐ。
よーーし! とぼくは、
このあたりでとうとう叫びはじめる。

前の席の平和そうなカップルが
そのたびビクッと身体を震わせる。
すいません、ほんとに。

そろそろどうにかしなくてはならない。
6回裏、聖光学院の攻撃。
そう、もう、ほんとに、
そろそろどうにかしなくてはならない。

芳賀くん、福田くんが
連続フォアボールで出る。
またしても「願ってもない展開」。

日南学園のピッチャーは
古市くんから村田くんに変わる。
古市くん、打たれながらも要所をしめる、
すばらしい投球だったと思う。

そして、なにより、この継投が
聖光学院目線のぼくにとっては、にくらしい。
行きかけた流れをまたニュートラルにする。

いろいろこなせる器用な2年生、
川合くんがきっちりバントで送り、
1アウト二三塁。
最悪でも1点、と思わざるをえない場面だ。

だって、攻めているのは聖光学院なのだから。
「いつの間にか点をとっている」という、
そつのない野球が売りの聖光学院なのだから。

ところが中村くんのサードゴロで突っ込んだ
三塁ランナーの芳賀くんが
ホームでタッチアウトとなってしまう。

これは、しょうがない。
ノーアウト、もしくは1アウト3塁の場面で
打者が内野ゴロを打った場合、
聖光学院の野球は基本的な姿勢として
「ゴー!」だから。

ほめるべきは日南学園の守備だ。
そう、これまでも、
「抜けていれば」「慌ててくれれば」
という場面がいくつもあった。

しかし、日南学園の内野の守備は固い。
それが聖光学院のいつもの野球を封じていた
といっても過言ではないほどに、よく守った。
とくに、サード木下くん、ショート正岡くん。

その後、小澤くんがフライを打ち上げ、
なんと、試合巧者聖光学院、
1アウト二三塁のチャンスで無得点。

ぐぬぬぬぬとぼくは声を発する。
前の席の男女がますますびくびくする。

雲が晴れたように感じたのは、
7回表である。

草清くん、三振。
山本くん、サードゴロ。
武元くん、ピッチャー強襲の当たりを、
サード中村くんが俊敏にカバーして一塁に送球、
間一髪、アウト!

じつに、この試合はじめての三者凡退。
そう、これがほしかった。

個人的に、歳内くんの特長は
テンポにあるとぼくは思っている。
三振の数やペースではなく、
球数や試合時間が歳内くんの特長を計るバロメーターだ。

どれだけ三振をとっても、
どんなに直球の速度が出ていても、
やたら粘られたり、毎回ランナーを出していると、
本調子ではないなと感じてしまう。

いいときの歳内くんは、
いいときの上原浩治投手のように、
どんどん行く。

そうして、そつのない打線が
「いつの間にか点をとり」、
気づけば危なげなく勝っているというのが
聖光学院の静かなる必勝パターンである。

その、糸口が、ようやく7回表に出た。

7回裏、先頭はピッチャーの歳内くん。
サードゴロで1アウト。

ここでスコアブックをつけていたぼくは
ちょっといらいらする。
なにかというと、ボールペンが出なくなったのだ。
わざわざうそは書かないから信じてほしいんだけど、
この歳内くんの1アウトのところで
黒いインクが出なくなって、
ぼくはやむなく青いインクで
スコアブックを書きはじめる。
わざわざうそは書かないから信じてほしいんだけど、
青いインクで書きはじめたその瞬間から、
聖光学院の反撃がはじまる。

聖光学院にはふたりの「サイトウユウキ」がいる。
「侑希」のほうは、左打ち。3年生。
「湧貴」のほうは、右打ち。2年生。
左右と学年の違いこそあれ、ふたりのタイプは似ている。
俊足。鋭い打球。ときおり長打も。

ちなみに、サードを守る中村選手もこのタイプだ。
これから聖光学院を観るときのために、
「ふたりのサイトウユウキと中村くんは、
 3人のうち誰が一番打者を務めてもおかしくない」
というふうに覚えておくといいと思う。

ついでに、クリーンアップの3人についても紹介。
三番、遠藤くんは、オールラウンドに打てる天才タイプ。
斎藤監督も、打撃の軸はこの遠藤くんだと言っていた。
そして遠藤くんは走塁センスもずばぬけている。
おそらく、野手でプロへ行くというのは
こういうタイプの選手なんだと思う。
闘志を内に秘めるタイプの多い聖光学院にあって、
打席で奇声を発するのも遠藤くんの特長。

四番を打つのは芳賀くん。
歳内くんがブレイクする前はエースだった。
いわゆる「エースで四番」というタイプの選手。
打撃は安定性と長打力が両立するのが魅力。
とくに、福島大会では調子がよかった。
ちなみに、投手としての実力も全国クラスだという。
まだぼくは彼が投げるのを観たことがない。

五番を打つのが、キャッチャーの福田くん。
勝負強く、しぶとい打撃をする。
遠藤くんと芳賀くんの派手さはないものの、
福島大会で一番打っていたのはじつは福田くんだった。
ちなみに18打数9安打、打率五割。
キャッチャーをつとめながら
この成績はほんとにすばらしい。

以上の3人は誰が四番を打ってもおかしくない。
足の速い遠藤くんが五番を打つことだけはないと思う。

もう、ついでに紹介しちゃうけど、
このあとを打つのが川合くん。2年生。
福島大会では二桁の背番号をつけていたから
最近、めきめきと伸びてきた選手なんだと思う。
忘れられないのが、
福島大会準決勝のいわき光洋戦、
スクイズ、二塁打、犠牲フライというバラエティーで
下位打線ながらひとりで3打点をあげた。
甲子園では、晴れて背番号7で登録された。

そして、キャプテンの小澤くんと
投手の歳内くんが8番と9番を打つ。
それが、聖光学院打線である。

話を戻そう。
7回裏、1アウトランナーなし。
ぼくは青インクでスコアブックをつけはじめる。

ふたりの「サイトウユウキ」が
ともにフォアボールを選ぶ。
ここからがうまくいかないのが今日の聖光打線だったが、
遠藤くんが振り抜く。

はっきりいって、詰まっていたと思う。
上がった打球は角度はよかったが、失速。
下がって守っていたライトが慌てて前進したが、
打球は、その前にぽとりと落ちた。
聖光学院らしからぬ、泥臭いヒットだ。

そして、こういう見極めの難しい打球を
みごとに判断して積極的に走れるのが
聖光学院のすごさである。
わけても、後半の「つぶせないチャンス」。
慎重になってもおかしくない場面だ。

しかし、左打ち、3年生のほうの
斉藤侑希は3塁を回ってホームを駆け抜ける。
1点差!

しゃっ、と1塁側のスタンドで
おかしな男が奇声をあげる。

続く四番、芳賀くんの打った当たりは
鋭くセカンドを襲った。
谷口くん、飛びつく。強襲。
こぼれた打球がセカンドベース付近へ。

すばらしい守りだったと思う。
抜けて、ぜんぜんおかしくない当たりだった。
けれども、それがグラブにおさまりきらない、
というのが、この回の聖光打線の勢いだ。

打球の転がる間に、
右打ちで2年生のほうの「斎藤湧貴」が
俊足をとばしてホームを駆け抜ける。

ようやく、ようやく、同点。
一塁側で奇声を発する男のことは、もう書かない。

試合は、とうとうふりだしに戻った。

打席に、五番、福田くん。
ライトの右へ、押っつけた。
上がった打球をライトの草清くんが追った。

追いつきそうだ。

犠牲フライか、とぼくは、
三塁ランナーの遠藤くんを観た。

遠藤くんは三塁ベースについておらず、
進みかけた場所から慌てて三塁に戻ってきていた。

あ、犠牲フライは無理だ、とぼくは思った。
たぶん、ライトの草清くんも、
日南学園のナインもそう思ったと思う。

ところがこれが犠牲フライになった。
この試合でいちばんすごいプレイだったと思う。

球場にいて、リプレイも観ていないし、
いまだテレビの前に座ってないから
じつはまだどういうプレイだったか把握しきれていない。

憶えている範囲で振り返ろう。

ライトの草清くんは半身でそのフライを捕った。
犠牲フライに備えて返球の姿勢に入ろうとしたところ、
遠藤くんは三塁に戻るところだった。
たぶん、ほっとして、
草清くんは、ボールを内野に返す。

ところが、遠藤くんは三塁ベースに戻るやいなや、
ものすごい速度でホームへ引き返した。
いってみれば、ディレードタッチアップ。

事実、バックホームすら、されなかった。
え、と思ったときは、勝ち越し点が入っていた。

そういうことだったと、経緯としては、わかる。
けれども、実際にやるのは、とても無理だ。
だって、三塁ベースを踏んだ瞬間、
遠藤くんはライトのプレイを観ていない。
観ていたらあんなに俊敏なタッチアンドゴーはできない。
背中に目がついているのでもない限り、
行くぞという判断は、
そのコンマ数秒前に行われていることになる。
あとは、三塁コーチの指示。

いずれにせよ、言えることは、
「そういうことがあるぞ」と
聖光学院はふだんから備えているということだ。

記憶と自分のスコアブックだけで書いているので
もしもどこかで間違いがあったらすいません。

とうとう聖光学院は、
わるい流れを断ち切って試合をひっくり返した。

残す日南学園の攻撃は、8回と9回。
だいじなのは、直後の8回だとぼくは感じた。
ここを聖光学院らしく乗り切れば、
9回はその流れのまま、押し切れる。そう思った。

ところが、先頭の川口くんが打った強い当たりを、
ショートの遠藤くんがめずらしくエラーした。
そんなに悪い感じのエラーじゃない。
逆に、日南学園のしぶとさを感じる当たりだった。

渡辺くんが送って1アウト2塁。
村田くんが三塁ゴロを打って2アウトだが、
ランナーは三塁に進む。

さぁ、どうする、とぼくは思った。
2アウトながらランナー三塁。
バッターボックスには、
前の打席、打撃妨害で一塁に歩いてる木下くん。
さぁ、キャッチャー福田くん、どうする。

2ストライクと追い込んでから
歳内くんが投げた決め球はもちろんスプリットで、
しかも、ワンバウンドにもならず、
見送れば低めぎりぎりストライクという、
ほんとうにもう、最高の一球だった。

一塁側の観客席で男がひとり、
ものすごい奇声をあげたことだろう。
前の席のおふたり、ほんと、すいませんでした。

8回裏、左打ちで3年生の「斉藤侑希」が
2アウトからツーベースで出るが、
ここは日南バッテリーが追加点を許さない。

そう、なにしろ、ここは甲子園。
どの高校も、その県の頂点に立ったチームだ。
集中力を切らすことなんてあるわけがない。

9回表、
とにかく先頭打者を出さないようにとぼくは祈る。
歳内くんが苦労しながらも
二番の谷口くんを空振り三振に切って取ったとき、
ぼくは深々と安堵のため息をついた。

あとは、この流れのまま、ひとつひとつ。

三番の正岡くんは追い込まれる前に打った。
ボテボテの三塁ゴロは、内野安打になった。

しぶとい。ほんとうにしぶとい。
さすが日南学園。
しかし、あとアウトふたつだ。

続く草清くんの当たりは一二塁間を破る
きれいなライト前ヒット。
一塁ランナーは三塁へ。1アウト、一三塁。
高校野球ファンとして、こみ上げるものがあった。
最終回に、すばらしい連打だ。

五番、山本くんがファウルで粘る。
そのたび、甲子園球場から、
ふーーーっとため息のかたまりが発せられる。

しかし、歳内くんのスプリットはキレ味を増している。
空振り三振! ツーアウト!

打席に武元くん。
ツーストライクと追い込まれる。

あと一球。

投げたスプリットが土を噛む。
武元くんのバットがバランスを失って空を切る。
三振、だったが、
そこに達成感がともなわなかったのは、
跳ねたボールがバックネットへ転がっていったからだ。

振り逃げ。
同点。
武元くんは一塁へ。

甲子園球場が、どよめく。
またしても、試合は、ふりだしに戻った。

9回裏、1アウトのあと、
四番、芳賀くんがライトオーバーのツーベースを放つ。
だが、日南バッテリーがその後の一本を許さない。
2アウト三塁となって迎えた川合くんを
ピッチャーゴロに打ち取り、
村田くんはそれを踊るようにさばいてベンチへ帰る。
日南学園の応援席から大歓声。

延長戦、突入。

10回の表、日南学園の先頭打者、
渡辺くんがセーフティーバントを試みる。

すばらしかったのは、サード中村くんの反応だ。
三塁線のいいところに打球は転がったが、
中村くんは、もう、そこにいた。
その一歩目の速さは、たぶん、
テレビ中継には映ってなかったと思う。

10回表、日南学園、三者凡退。

気づけば、うっすらと照明がともっている。
いや、初日からこんな試合になるとは思わなかった。

10回裏、先頭の中村くんの打球は
きれいにセンターへと抜けていく。
ひさしぶりの、ノーアウトのランナー。

打席に、最終回に守備固めで入った駒谷くん。
送りバントが、決まらない。
ファウルでツーストライクと追い込まれる。

斉藤監督はどうするのだろうと思っていたら、
スリーバントさせた。
そして、駒谷くんは、甲子園のはじめての打席で
それを成功させた。さすが。
1アウト二塁。

打席に、ピッチャーの歳内くんが入る。

はじき返したのは、高めの球だったと思う。
見逃せば、あるいはボールかもしれない。
ライト前でバウンドしたその打球を、
浅く守っていた草清くんが前進しながら取りにいく。

行け! と興奮したぼくは思うが、
もうひとりの冷静なぼくは、
浅い、無理だ、ストップ、と言う。

ライトの草清くんが打球を処理する。
はじかない。無駄な動きはない。

セカンドランナーは中村くんだ。
思い出してほしい。
ふたりの「サイトウユウキ」と、
中村くんの3人は、
誰が一番打者を務めてもおかしくないほど、
足が速い、ということを。

中村くんは迷わず三塁を蹴った。
三塁コーチはよく回したと思う。

送球はそれた。
それていなかったらどうなったかは、わからない。
けれども、送球はそれた。

中村くんが歓喜のホームに帰ってきた。

すごい試合だった。
もう、更新時間を過ぎてしまってるし、
かんたんにまとめたい。

なにしろ、書けることは起こることの
ものすごく一部にすぎないから。

まず、ライトスタンドへ
聖光学院ナインが勝利の報告をしにきたとき、
観客がそれをスタンディングオベーションで迎えたこと。













確信するけれども、その拍手は、
聖光学院のみへ向けられたものではなかったと思う。

あと、なにを書いておくべきだろう。
そうだ、これ、スコアブック。

ほら、7回表1アウトから、
インクが青になってるのがわかるでしょう?

あと、ついでに10回表のところを見てください。

10回表のはじまるところに、
矢印があって、
「Mail」って書いてあるのがわかります?

あの、わざわざうそは書かないから
信用してほしんですけれども、
この10回表がはじまるときに、
ぼくの携帯にメールが届いたんです。

で、その内容がとってもうれしいものだったんで、
ぼくはすごくいい予感がして、
ついそれをスコアブックに書いたんです。

そのメールは、友森さんからのものでした。
文面にこうありました。

「捕獲した犬、無事に手術を終えて、
 元気にしているそうです。
 よかった〜」

昨日、福島の相双地区でたすけたあの犬が
ロープを噛み切ってようやく歩いていたあの犬が、
無事に手術を終えたという知らせだった。

そのメールが届いた直後に
聖光学院がサヨナラ勝ちをおさめたんです。
ほんとですよ?

ああ、もう、こんな時間だ。
こんなに長く書いちゃってすいません。
これにて終わります。

あとさ、帰り道にさ、
大阪の空に虹みたいなもの見ちゃったりするし、
もう、どうなっちゃってんだろうな。

(つづきます。)



2011-08-07-SUN