ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


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 才能を引き出すための判断力。

 

高畑勲さんは、
『風の谷のナウシカ』(1984)
『天空の城ラピュタ』(1986)
では、宮崎駿監督をサポートする
プロデューサーをつとめています。
初期の宮崎作品の最大の相談役だったわけです。

さらに、宮崎監督作品である
『魔女の宅急便』(1989)でも、映画の
印象を左右する音楽演出を担当していました。

高畑さんは、ドキュメンタリー作品
『柳川掘割物語』で監督をつとめたときには、
アニメ現場の描き手の力を引き出すように、
カメラマンの力を、十二分に生かした演出を敢行。
独特の存在感のある記録映画を作りあげています。

作品の内容ごとに、チームを組んだ相手ごとに、
ならではの魅力や能力を引き出すということは、
アニメーション監督にとっては重要なのだそうです。
今日の高畑さんへのインタビューでは、
演出論をおとどけいたしますが、これは他の仕事の
「判断力」や「伝達力」などを伸ばしたいという人にも、
きっと、おもしろい談話が展開されていると思います。

ほぼ日 「ひとりだけで絵を描けないからこそ、
 自分で描いていることの狭さを抜けて、
 いろいろな才能と組んだ仕事をできる」

という高畑さんのお話を、
さらにくわしくうかがいたいと思います。

自分だけでやらない仕事にとりくむ場合には、
それこそ、ディズニーのように、
才能のある人を集めて、イメージを伝えて、
それぞれの能力を引き出す必要があるわけです。

高畑さんは、演出側のやるべきこととして、
「できるだけ的確な判断力が必要」
とおっしゃっていますが、
その「的確な判断力」とは、
具体的には、どのようなものでしょうか──?
高畑 さきほども
「作品のイメージ」について話をしましたが、
それを探りあてるまでは、
要するに、具体的な姿にするまでには、
いろいろ描いてもらわなければなりませんし、
ああでもないこうでもない、と
試行錯誤が繰り返されることになります。

それはスタッフにとって大変なことです。

しかしなんとかそれが決まり、
いざ作品の制作に入ったなら、
今度は試行錯誤の方向は
明確なものでなければなりません。

「たくさんの場面の、
 そのひとつずつの完成後の姿」
を思い浮かべる能力というのが、
アニメーションの演出には常に求められてきます。

それに見合ったものにするために
描き直してもらうようなことは
とうぜん起こるわけで、
それだって描き手にはつらいことです。

だから、この段階でも手探り状態で、
求めているものがはっきりしないまま
とにかく描いてもらって、
それをいったん仕上げてから判断する、
ダメだったらあらためてやり直してもらう、
というわけにはいかないのです。

もしそういう贅沢が許されるのならば、
それほど最終形を前もって
想像する力は要らないかもしれません……
でも、アニメーション作品を作る場合には、
そういうやりかたは、
描いてくれるスタッフの意欲を奪いますよね。

あるべきかたちに
一生懸命に努力して近づけるための
描き直しは我慢できても、描いてから
その方向はちがっていたから
別のアプローチでもう一度、
とたびたびやり直させられたのでは、
アニメーターや美術の人たちは
イヤになってしまいます。
おそらく耐えられないことでしょう。

そうなると、やはりできるだけ、
捨てる絵を減らすために、
スタッフに描いてもらう絵は、
はやい段階でまちがいのない方向へと
導かなければならない。
それが設計ということで、ぼくらの場合では、
できるだけ緻密な「絵コンテ」をつくる、
ということなのです。

だから演出としては最終的な状態を
思い浮かべる能力も必要だろうし、
ぼくのように絵が描けない演出には、
どうしても最初から
少数の才能のある人たちに
協力してもらわなければなりません。

そういった設計をすることについては、
絵が描けるか描けないかというよりは、
むしろある種の想像力があるか、
計算ができるかどうかという問題です。


「どういう状態を思い浮かべるのか、
 それが成りたつかどうか」
をきちんと把握する能力は、
ぼくは、かなり重要なのだと思っています。

ただ、こういう姿勢って、結局、制作中
「描いたもののロスがないようにする」
という貧乏性から生まれたものなんですけどね。

若い頃から、スケジュールが厳しいなかで
仕事をやることがほとんどだったから、
リテイク(やり直し)というのは
まず許されなかった。
設計がまずくて、
あるいは明確でなかったために、
結果がまずいものになったとしても
あとの祭りなんです。
もう直せません。

そういう状況のなかで
できるだけよいものをつくろうと思えば、
ひとつには、もちろん
こちらのやろうとすることに共感してくれる
才能ゆたかな描き手の存在が欠かせませんが、
緻密な設計と
はやい段階での的確な判断が必要です。


それは立派そうなことじゃなくて、
たとえば個々のショットの、
細かい動きの把握なんかについても
言えるわけです。

アニメーターが動きや演技の大筋を描いて
タイミングをつけたものを
「原画」と言いますが、
これをチェックする段階でちゃんと判断して
直すべきところは直しておかないと、
その後の膨大な作業が、結果として、
自分の意にそわないものなってしまいます。

だから、これは最終的に
どういう動きに見えるのか、これでよいか、
自分の考えていたものと少しちがうが、
これはこれでそのねらいの範囲におさまっているか、
最小限直すとしたら具体的にどこをどうするのか、
これで正しいタイミングなのか、などなど、
完全な貧乏性で職人的に対処します。

アニメーションの監督のなかには、
個々のショットについても
「かなり抽象的なことを言って
 描く人からひきだす」
というような人もいます。

そういう演出の場合には、
具体的なことはほとんど言わないし、
具体的な絵もタイミングも、
ほとんど描き手にまかせるんだけど、その前に
「アニメーターをその気にならせちゃう能力」
にすぐれていて、
アニメーターは必死にその
抽象的な要求にこたえようとするわけです。

……でも、ぼくはやっぱり、具体的なことを
ちゃんと知ったうえでやりたいと思っているし、
「できあがるものの平均値をあげる」
ということに力を注ぎたいのです。

抽象的なことを言って、
描く人まかせにするという場合には、
とてもすばらしいものも
そこから出てくるかもしれないけれど
「ぜんぜんダメだ」
というものになる危険性もあると思っています。

実際、抽象的な言葉を
具体的な絵にするという作業は、
描く側にはすごく勉強にはなるらしいのですが、
その一方で、演出とともに
迷いの中に入ってしまう場合もあるわけです。

そこで
「どういう構図でどういうポーズが必要なのか」
などを的確に把握し、
動きのタイミングを設定して、
具体的な指示を出して平均値をあげるという
演出をやっていれば、
「ぜんぜんダメだ」
という結果はありえないのです。

アニメーションには、絵だけではなく、
その動きについての、非常に細かい
タイミングも設定する必要があります。
ぼくはそういうことについても
演出はわかっていたほうがいいと思うんです。

どういうタイミングで演技をしてゆけば、
どういうふうに見えるのかということを
かなりよくわかっていて、
それで「自分で手をくだす」という……

作画監督は
絵を直すことが忙しいから、それは
こちらでひきうけることにしたことが多いんです。
そういうこともすべて
絵を描いてくれるスタッフにお願いしていたのでは、
とてもじゃないけど
スケジュールを乗りきれないですし、
そういう意味での「作品をしあげる」ための
職人性や貧乏性は、ぼくは、
「持っていたほうがいい」
という立場で仕事をしてきました。

具体的な判断をするには、
描くか描かないかに変わりなく、
職人的な技術を身につけなければいけなかったし、
ぼくはそういうことを吸収することが、
若い頃からおもしろかったんです。

たとえば、
「泣きじゃくる」とは、どういうことなのか。
「ドギマギする」とは、どういう動きになるのか。
そういう感情を具体的に表現するためには、
人間の動きを分解して再構成する必要があります。
それをひとつずつ学ぶということは、
ぼくには、そのつど、
とてもおもしろいことだったんですよ。

実写の場合には、
ある感情を表現したいときには、
その感情の出るシチュエーションに
役者を追いこんだらそうなる、
というのがあるけれど、
アニメーションでは
役者さんを追いつめるわけにはいきません。

するとやっぱり
「泣きじゃくる」だとか
「ドギマギ」といった
感情がおもてにあらわれる
具体的な動きのメカニズムそのものを
知らなくちゃいけないわけです。

そしてそういうことというのは、
誰かに教えてもらうこともあるでしょうが、
それより、自分で観察して発見したほうが
パターンにならず、身につくような気がします。

演出助手なんていう人間には、
そのときやらせなければならない仕事以外、
誰も何も教えてくれないので、
みんな勝手に学んだり、こちらから質問して
積極的に教えてもらおうとするしかないわけです。

だから、これは他の分野にも
言えることだと思うけど、
「どれだけ好奇心を持って、
 自分で勝手に課題を立てて
 疑問を持てるかどうか」ですよね。

課題や疑問を持つ能力がなかったとしたら、
当然、それに伴う問題解決もありえないし、
人物の動きのメカニズムも、
わからないままですから。
  (次回に、つづきます)

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2004-07-30-FRI


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