第1回 生きてるときは話せなかった。

糸井 食べものの話というのは、
文化人類学みたいにしゃべるか、
「うまいうまくない」のグルメの話になるか、
どちらかなんです。
ところが吉本さんはただの「食いもの話」として書いて、
さわちゃん(=ハルノさんのこと)がさらに全部
「うまいうまくない」じゃないところで書き通した。
ハルノ 私の文は父の元ネタエッセイが
あったからこそ書けるんだと思います。
漠然と食について書けと言われても無理。
糸井 うーん、そうかもね。
ハルノ 私、まぁ、料理が上手っていわれるんですが、
なんで上手なのか、わからないんですよ。
ネットのレシピの女王みたいな奥さんのように、
巻いたり、工夫したソースかけたり、
中に詰めものしたり、
そういうことは一切しないし。
糸井 うん、してないね。
ハルノ それでいて「めんつゆを使って簡単に」とか、
その手のこともしないわけです。
糸井 しない、うん。
ハルノ とにかく、手に入る、できる限りいい素材を
ちゃんと手順通りにていねいにつくる。
それ以外なんにもしてない。
糸井 料理を習った憶えはないでしょ?
ハルノ ないですね。
ただ、どこかでなにかを食べて
その味を憶えて再現するのが
ちょっとだけ得意かもしれないです。
糸井 それは‥‥両親にない要素ですね。
ハルノ ない要素です。
妹も、ないんですよ。
糸井 だけど妹は、食べものについて、
名言がひとつあるんだよ。
「どんなまずいものにも、うまいものの要素が入ってる」
っていうの。
たとえばまずい餃子の中には、
うまい餃子がちょっと入ってる。
ハルノ たしかに当たってる(笑)。
まぁ、あの人もちゃんと味はわかるわけだし、
家庭の料理も、子どものお弁当も
自分でちゃんとつくります。
糸井 子どもというのは不思議だよね、
子どもというのはなんだったんだろう、
「お父さんがなにを失敗したか」を
研究することだったんでしょうか。
ハルノ 父と母、両方の失敗から学んだんだと思います。
糸井 きれいなだけの料理をつくる、食に興味のない母と、
すっごく食い意地は張ってるけれども、
それをうまくつくることの、まぁ、叶わぬ‥‥
ハルノ そう(笑)。できない、父とね。
糸井 どっちもまちがってる。
ハルノ そう、まちがってる(笑)。
あのふたりも、お互いに
反面教師だったんでしょうね。
糸井 反面というか、側面教師みたいな感じだね。
さわちゃんの書いた、本の解説が、
吉本さんの文より長いかのような
すごいボリュームなんだけど、
さわちゃんのお料理もこうですよね。
ハルノ だいたいそんな感じですね。
糸井 ね。もういいのかなと思ったら、
まだ出ますよ、みたいな。
ハルノ (笑)
糸井 さわちゃんの料理、質が低くないから、
どこで終わってもいいんですよ。
だけど、みんな腹いっぱいになったときに
「いま半分ぐらい」とか言われると。
ハルノ まぁ、往々にしてそうだったね。
糸井 ひとつ憶えてることがあって‥‥
さわちゃんにリクエストして
よくつくってもらったのが、
ささみでバターを巻くフライ。
ハルノ はい、あの恐ろしいやつですね。
糸井 「カロリーというものはこれだ!」
というやつです。あれはキエフの料理?
ハルノ キエフですね。
常温のバターに、こまかぁく刻んだパセリを
たっぷり入れて、ささみで挟むんですよ。
それをフライにします。
糸井 ささみそのものは脂っけのない、
ぼそぼそしたものだから、
それをバターで埋め合わせるのはわかるんだけど、
入れる分量が、すごいよね。
ハルノ そうですね。
ささみひとつにつき、何グラムくらいだろう?
ま、かたまり3個分ぐらい挟むわけです。
糸井 噛んだときに、ジュースのように
バターが出てくる。
それが油で揚げられてるわけですから。
ハルノ 恐ろしい料理ですね。
糸井 ぼくね、あれを4本ぐらい食べた憶えあるんですよ。
不思議と食えちゃうんだよねぇ。
ハルノ あのパセリの感じのおかげで
意外と食べられるんです。
糸井 そうなんですかね。‥‥食べたいなぁ。
ハルノ (笑)
糸井 うまいんだよ。
さわちゃんに、どっかのところで
ゴマすってつくってもらえばいいんだな。
あれは外側をカリンと香ばしくしないと
おもしろくないんだよね。
ハルノ そう。しかも、じぶじぶ揚げてたら
爆発して中からバターが出てきちゃうんですよ。
だから、やっぱり高温で、
意外なくらいサラッと揚げないといけません。
糸井 (しみじみと)あれは、うまいんだよ。
バターだから、そのまま食っても
ある程度の塩味があるし、
ソースかけてもうまいんだよね。
そんで、あいだあいだに野菜を食うの。
ささみフライだけじゃもたないから、
息つぎをするように野菜を食って、
また復活して「もう1本食おうかなぁ」って気分になる。
しかも、いちど噛むと、食べ残しできない。
バターが漏れてくるからね。
ハルノ さっさと食べてもらわないと。
糸井 さわちゃんは、煮物でも、
おおぶりにどかーんと持ってきて、
みんなに「食えないよ」と思わせるのに、
いつのまにかなくなるんです。
さわちゃん、ひとりで食事するときはどうなの?
ハルノ 自分ひとりだと、パン1枚で
サンドイッチつくったりする。
私はね、もう食べられないんです。
最近とみに、ほんとに申し訳ないぐらい、食べられない。
だからつくるのも、自分のためだけだと嫌なんです。
ほんとに食欲ないときは、
出汁をちゃんととったにゅうめんでも食べたいなぁ、と
思うんだけど、
出汁をちゃんととるってなかなか大変なんですよね。
めんつゆでいいか、っていうとそれも嫌。
だから、結局食べないとか、そういうことになる。
糸井 出汁は、いい昆布を水の中にぽんと入れて、
冷蔵庫で24時間置くといいよ。
ハルノ あ、出汁は私もそのやり方でとってます。
  (つづきます)

2013-05-10-FRI

画:ハルノ宵子