橋本 |
さらにもっと言ってしまえば、
たとえばさ、1980年代のさ、
糸井さんがちょくちょく対談やってた
みたいな時代っていうのはさ、
そういう平賀源内的な
軽薄さじゃないですか。 |
糸井 |
学問の世界が、まず輸入だったもんね。 |
橋本 |
うん。でもさ、儒学は中国から
輸入したものであるけども、
幕府の式楽になってるんだから、
そんな軽薄ではあり得ないみたいな、
そういうのってあるじゃん。 |
糸井 |
あ〜。 |
橋本 |
だから、ヨーロッパは本物だけど、
アメリカ製のアロハシャツ着てるやつは不良だ、
みたいな。なんかそういう軽いノリ
みたいなのあるんだけど。
ある意味で、俺、平賀源内って、
インディペンデントの
プロデューサーだと思うのよ。
高松にいてさ、あんまし身分高くなくてさ、
でも、頭なんか良かったりしてさ。
んで、そこらへんに生えてる薬草を見て、
これはあれだ、っていう、
そういうのを知っててさ。
だったらこの子、ちょっと長崎にでも
勉強に行かして、ってやってきて。
んで、やっぱし、頭良かったから、
「なんか」にはなったんだよね。
んで、エレキテルやってさ、将軍家に献上して。
そうするとさ、俺、これでやってけるって、
脱サラ決意しちゃうのよ。 |
糸井 |
なるほど(笑)。うん。 |
橋本 |
ほんで、脱サラ決意して脱藩するんだよね。
で、平賀源内のもくろみとしては、
脱藩したら、もっと高い給料で
雇ってくれるはずなんですよ。
高松だったら平賀源内がいくら江戸で
評判になったとしても、
そもそも源内の家系はこれくらいなんだから、
ちょっと色つけて、こんだけあげるね、って、
吉本の給料みたいなものでさ。 |
糸井 |
たかが知れてるわけね。 |
橋本 |
うん。でも源内は、
俺、これだけやるんだから、
何とか藩の何とかっていう格式ぐらい
なれるんじゃないか、みたいに考えるわけさ。
んで、平賀源内が武士だったか
武士じゃなかったか、っていうのも、
微妙なぐらいのクラスだから。
たぶんね、俺、平賀源内ってね、
脱藩ってこと深く考えて
なかったんじゃないかな、と思うのね。
幕末になると、勤王の志士が
薩摩や長州に迷惑をかけるの嫌だからって
脱藩するっていうの、
いくらでもあるじゃないですか。
身分の低い人にとって脱藩するっていうの、
わりと簡単なことだと思うんだ。 |
糸井 |
刀を鍬に持ちかえる、みたいな。 |
橋本 |
そうそうそう。
だから、平賀源内もそれに近い感覚で
いっちゃったんじゃないかと思うんだけど、
でも、高松の殿様は脱藩許した代わりに、
回状を回しちゃうわけよね。他のところに。
召し抱え禁止になるから、
フリーになったとたん、
平賀源内、就職先なくなるわけですよ。
フリーでやってかなきゃいけないから、
これはどうです、あれはどうです、
っていうふうに、
慌ただしくやってかなくちゃいけなくって、
そうなると‥‥。 |
糸井 |
すごい貧乏性な動きをしますよね。 |
橋本 |
そうそう。でも、周りから見たら
貧乏性なんだけど、たとえば、
あちこちの企業行って、
「これどうです?」って巨額の金引きだすのと、
大名家に呼ばれて鉱山開発で、
「私できます!」って行くっていうのって、
わりと同じじゃん。だから、そういう意味で、
広告関係の人の先祖のようなものではないかな?
っていう気はするのね。 |
糸井 |
源内本人が、若いときには秀才だったし、
記憶力をデータベース代わりに使ってた
時代があったけど、
だんだん後年になるにしたがって、
自分の技術者としての力っていうのは、
だいたいこんなもんだろうと、
タカをくくってきたっていう感じがするんですよ。 |
橋本 |
技術者なのかな? |
糸井 |
若いときにさ、いっぱい草木の名前を
知ってるだとかね、それが技術じゃないですか。 |
橋本 |
はいはいはいはい。うん。 |
糸井 |
だけど、勉強し続けてって、
それをどんどんどんどん増やしていっても
意味がないわけだから、
絵を描くにしても戯作をするにしても、
実際に自分でやる仕事については、
ま、こんなもんだべ、
ってとこに入りますよね。 |
橋本 |
っつうか、戯作をやる態度って
そういうもんですよ。
だって、戯作はランクが低いもんだもん。 |
糸井 |
そうか、そうか。 |
橋本 |
20歳前かな、日本文学の中に
ふざけたものがないかと思ってさ、
平賀源内もいちおう読んだのよ、
他の戯作とかもね。
あのね、武士階級の人の戯作って、つまんないの。
それはまあ、俺の主観だといわれれば
そうなんだけど、なんか、怒ってるの。 |
糸井 |
風刺だったりする? |
橋本 |
そう。すごく風刺なの。
面白い比喩使ってるんだけど、
ここらへん(腹の下の方)がすごく怒ってるわけ。 |
糸井 |
横山泰三の風刺マンガみたいになっちゃうのね? |
橋本 |
あれよりもっと、
本質的に怒ってるんじゃないのかなぁ。 |
糸井 |
佐高信(さたかまこと)の比喩、みたいな。
すごいですよ。 |
橋本 |
それは知らない。
綾小路きみまろに
なってくれりゃあいいんだけど、
そうでもないし、みたいな。 |
糸井 |
あぁー! |
橋本 |
だから、ふざけてるのか、
ほんとに怒ってるのか‥‥。 |
糸井 |
コロムビア・トップみたいな。 |
橋本 |
あ、そう! それ!
新聞そのまま読んでるだけなのに、
何が可笑しいか、みたいなね。 |
糸井 |
言い換えにしか過ぎないってやつだね(笑)。 |
橋本 |
うん、そうそうそう。だからね、
こういう戯作って、あんまり好きじゃないな、
みたいなのがあって。
あと、戯作やる人の性格ってあるのかな、
っていう気も微妙にするんだけど。
平賀源内の、
『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』
の文体って、近松門左衛門に似てるんですよ。
いちおう国文出の作家だからさ、
そういうことが言えるんだけど。 |
『神霊矢口渡』平賀源内ほか 香川県歴史博物館蔵
|
糸井 |
やっぱり学んだんですかね。 |
橋本 |
学ぶじゃなくってね、似てるのは、
平賀源内が近松門左衛門とおんなじように
癇癪持ちだからじゃないかっていう気がするの。 |
糸井 |
はぁ〜! |
橋本 |
近松の文体は、すっごくテンポが速くて
スピードがあるわけ。
で、人形がひとり使いだったから、
もっとチャカチャカ、
今の文楽よりもっとチャカチャカ動いてたから、
それでいいっていうことも
あるのかもしれないけど、
近松門左衛門の気性も絶対あるんですよ。
もう大づかみ。これでもか、これでもか、
これでもかってグイグイいくもん。
速度も、うすんごく速い。
だから、歌舞伎でとってもやりづらいもんなの。 |
糸井 |
近松以外は、そんな速度じゃないの? |
橋本 |
ないの。だから、『忠臣蔵』やなんかの、
泣ける速度とは違うの。 |
糸井 |
それは、円朝の書いた落語みたいなもんだ。 |
橋本 |
『女殺油地獄』も、
ひたすらドッタンドッタンドッタン、
グサッてやって、ああ、なんて現代的だ、
っていうようにふうにして、
歌舞伎の人たち、
みんなショック受けるんだけど、
もともとそうなの。
平賀源内の『神霊矢口渡』の文章も、
それに近いの。
だから、戯作やるメンタリティ、
どっか面白くない、っていうのがあって、
俺、こういうのもできるよ、
みたいなことなんじゃないかな、
って気がするんですよ。
ことに、戯作っていうのはね、
お金、来ないんですよ。
日本で文章書いて、それで原稿料貰えるの、
滝沢馬琴からだから。
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