橋本 |
滝沢馬琴が、戯作者になりたくって、
山東京伝のとこに弟子入りしに行くわけですよね。
そうすると、京伝に、戯作者というのは、
お金を儲ける職業ではないんだから
おやめなさい、って言われて、
蔦屋でアルバイトさせられる。
んで、下駄屋の入り婿になっちゃうわけですよ。
俺は、文章も書けるし、
お父さんも死んじゃったから
脱藩して戯作者になる、
戯作者も文人だっていうから、
自分の好きな文楽をって思ってたら、
それが商売にならないもんでさ、
下駄屋の婿養子にさせられた馬琴っていうの、
つまんなくてしょうがないじゃない?
それでも書いてて。
読本、当たるじゃない?
版元は大儲けするんだけど、
馬琴のところへペイはこないんですよ。
手ぬぐい2、3本と、
白張(しらはり)の扇子1本ぐらい。 |
糸井 |
それはほんとうなの? |
橋本 |
ほんとうなの。
先生のおかげだ、ありがとうございます、って。
つまり、戯作っていうのは、
生活に不自由のない人が出すものなんですよ。
しかも当時の出版っていうのは、
作者側が版木代っていう印刷にかかる料金、
全部払うわけよ。
だから、当時の出版社っていうのは、
ある意味で、出版いたします、っていう
職業なんだよね。
私の思想を広めたいから本にしたい、
ついてはおまえのところに金を出すから、
やってくれ、ってやって、
はい、やらせていただきますです、
ってやるんだけど、そのでき上がったものを
全部納めるのか? っていったら、
そうではなくて、売るわけですよ。
で、売った取り分は、出版社のものに
なっちゃうわけ。 |
糸井 |
ほぉ、ほぉ、ほぉ。 |
橋本 |
そういうシステムでずーっときてて、
だけど戯作の場合は版木料を出さなくていいの。
うちの方でやりますから、
先生、何か一つお作を、みたいな。 |
糸井 |
ただで自費出版みたいな。 |
橋本 |
そうそう。だから、それでいいじゃないかと
思ってたんだけど、馬琴はさ、
俺ので金儲けしてるじゃない!?
印税払いなさい、って。 |
糸井 |
気がついたんだ。 |
橋本 |
そう。で、日本で最初の印税作者は滝沢馬琴なの。
馬琴としては、下駄屋の婿養子が、
なんか適当なことやってて、
このクソ面白くもないお百というブスの女と
一緒にいるのは、ん〜、嫌だ、
みたいなのがあって。
俺は俺で1本なんだ、っていうところを
示したいから。それで、ちゃんと生活の
成り立ってる作家になってるぞ、
っていうことを示したいわけですよ。
馬琴以前のものっていうのは、お金入んないのよ。
だから、平賀源内が、風来山人とかいって、
何か書いたとしたって、
『風流志道軒伝』書いたって、
それだって版元が、ありがとうございます、
って言って、よっぽど売れたら
料理屋にお食事でも、ぐらいのもんなんですよ。
ところが、浄瑠璃の台本っていうのは、
あれは職人仕事なの。 |
『風流志道軒伝』平賀源内 東京都江戸東京博物館蔵
|
糸井 |
はぁー。最初からお金になる? |
橋本 |
うん。 |
糸井 |
絵は? |
橋本 |
絵は職人仕事。だから、お金は貰えるの。 |
糸井 |
つまり、考えとか、言葉とかっていうのは、
空中にフワフワ浮いてる
ホコリみたいなもんだから、
金になんないわけだ。 |
橋本 |
そうそうそう。 |
糸井 |
絵は定着してるから。はぁー。 |
橋本 |
お金になるものは職人の仕事であって、
当然、レベルは低いわけですよ。 |
糸井 |
はぁ、はぁ、はぁ。 |
橋本 |
だから、平賀源内の『神霊矢口渡』は
浄瑠璃の台本で、
当然職人仕事だからお金貰える、
ギャラになるんですよ。 |
糸井 |
それのあたりではべつに、
橋本君の平賀源内嫌いは、関係ないですよね? |
橋本 |
うん、いやぁ、ん〜、
あんまり好きではないっていうの、
1コは、マルチな人っていう
カテゴリーがあるじゃない? |
糸井 |
そこ、いきましょうか。うん。 |
橋本 |
うん。なんかさ、あの、広告を中心にしてさ、
さまざまな分野でご活躍の
コピーライターの糸井重里さんでございます、
っていうのも、マルチな方だったりするわけで。 |
糸井 |
よく言われました。 |
橋本 |
俺、出ないから、もう何だかわからないけど。 |
糸井 |
橋本さんは、今でこそ作家のふりをしてますけど、
マルチな方扱いをされて‥‥。 |
橋本 |
いましたよね。
マルチな扱いされてると、
作家としては偽物だろうって
思われてるみたいになるから、
マルチが嫌だ、
マルチの元祖の平賀源内みたいになるのが嫌だ、
ちょっと勘弁してよ、みたいになるんですよ。 |
糸井 |
よく僕も父親に、
「器用貧乏っていうのがあってな」ってね、
説教されたことがあるんですよ。 |
橋本 |
ウチの父親はそういうこと言わないから大丈夫。
おまえ、それで食っていけるのか?
しか言わないから。 |
糸井 |
食っていけたんだからね、もう。 |
橋本 |
ウチ、ほら、アイスクリーム屋だから、
冬になると売るもんないじゃない? |
糸井 |
普通、炭を売るんですよね。 |
橋本 |
それで、ウチは、石油売るっていうわけ。
石油、灯油売るためには免許がいるのね。
んで、おまえ、それの免許取れ、
浪人してるんだから、って取らされたんだよ。 |
糸井 |
役に立ってるねぇ。
マルチだねぇ。 |
橋本 |
そう、マルチだよ。
ウチがそういうウチだから。
アイスクリームと石油と、
どこがいっしょなんだ?
っていうのあるけど。
べつに何やったってかまわないんだけど、
俺、ひとつことをやってることのほうが、
なんか、好きな人なんだよね。 |
糸井 |
橋本君自体は、一筋で何かをやってくのが、
ほんとは好き? |
橋本 |
ほんとは好きなのか、
後天的に好きになったのか、よくわかんないの。
ただ、ひとつことやってても、
突然、なんか違うことを
やりたいっていうのがあるしさ。
だから、表沙汰にはしてないけど、
けっこう変なことやってたりとかするわけよ。 |
糸井 |
それ、怪しい発言ですね。
何をしてるの? |
橋本 |
『キネマ旬報』でさ、
「この世に存在しない嘘の映画」
っていうのを毎月1コずつ
作ってっていうのがあってさ
(『シネマほらセット』)。
もう書いてることぜんぶ嘘なわけ。
そこに作家の近況っていうのがあるわけよ。
近況ね、っていって、
こないだやったことって書いたら、
こないだ生まれて初めて
ドレスのデザインをしました、
って書いてさ(笑)。
どっちが嘘だ? っていうの、あるんだけど。 |
糸井 |
どっちが嘘だ? |
橋本 |
ほんとうなの。
もう4年ぐらい前ですよ。
篠井英介が芝居やるんで、
『女賊』という芝居の台本を
書いたのはいいんだけど、
演出もやって、とかって言われて。
まあ、んー、あの人だからなんとかなるか、
と思ってやったら、
衣装かけるお金がないから、
衣装もやって、とか、
とんでもない話がどんどんきて。 |
糸井 |
橋本君のマルチってさ、なんか‥‥。 |
橋本 |
貧乏がからんでる。うん。 |
糸井 |
ね。中心は貧乏からきてるよね。 |
橋本 |
そうそう。器用貧乏で、
家貧しくして孝子出ずってやつでさ。 |
糸井 |
はぁー。 |
橋本 |
いちおう昔、画家だったから、
っていうのあるんだけど、
その時には、絵の描き方忘れてるんだよね。 |
糸井 |
絵は描いてないんだ。 |
橋本 |
描いてない、ぜんぜん描いてない。
作家になるときに、絵描きの頭と作家の頭は
構造が違うと思って変えたんだもん。
だから、手にその記憶がある限りはいいけども、
手の記憶も怪しくて、
それこそ、うん、日露戦争行って片腕切られて、
その指の先がまだ痒いんです、みたいな、
そんなもんでさ。 |
糸井 |
なんで日露戦争か、
よくわかんないんだけどね(笑)。
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