橋本治と話す平賀源内。





第3回

源内のマルチぶりが、なぁ?

橋本 滝沢馬琴が、戯作者になりたくって、
山東京伝のとこに弟子入りしに行くわけですよね。
そうすると、京伝に、戯作者というのは、
お金を儲ける職業ではないんだから
おやめなさい、って言われて、
蔦屋でアルバイトさせられる。
んで、下駄屋の入り婿になっちゃうわけですよ。
俺は、文章も書けるし、
お父さんも死んじゃったから
脱藩して戯作者になる、
戯作者も文人だっていうから、
自分の好きな文楽をって思ってたら、
それが商売にならないもんでさ、
下駄屋の婿養子にさせられた馬琴っていうの、
つまんなくてしょうがないじゃない?
それでも書いてて。
読本、当たるじゃない?
版元は大儲けするんだけど、
馬琴のところへペイはこないんですよ。
手ぬぐい2、3本と、
白張(しらはり)の扇子1本ぐらい。
糸井 それはほんとうなの?
橋本 ほんとうなの。
先生のおかげだ、ありがとうございます、って。
つまり、戯作っていうのは、
生活に不自由のない人が出すものなんですよ。
しかも当時の出版っていうのは、
作者側が版木代っていう印刷にかかる料金、
全部払うわけよ。
だから、当時の出版社っていうのは、
ある意味で、出版いたします、っていう
職業なんだよね。
私の思想を広めたいから本にしたい、
ついてはおまえのところに金を出すから、
やってくれ、ってやって、
はい、やらせていただきますです、
ってやるんだけど、そのでき上がったものを
全部納めるのか? っていったら、
そうではなくて、売るわけですよ。
で、売った取り分は、出版社のものに
なっちゃうわけ。
糸井 ほぉ、ほぉ、ほぉ。
橋本 そういうシステムでずーっときてて、
だけど戯作の場合は版木料を出さなくていいの。
うちの方でやりますから、
先生、何か一つお作を、みたいな。
糸井 ただで自費出版みたいな。
橋本 そうそう。だから、それでいいじゃないかと
思ってたんだけど、馬琴はさ、
俺ので金儲けしてるじゃない!?
印税払いなさい、って。
糸井 気がついたんだ。
橋本 そう。で、日本で最初の印税作者は滝沢馬琴なの。
馬琴としては、下駄屋の婿養子が、
なんか適当なことやってて、
このクソ面白くもないお百というブスの女と
一緒にいるのは、ん〜、嫌だ、
みたいなのがあって。
俺は俺で1本なんだ、っていうところを
示したいから。それで、ちゃんと生活の
成り立ってる作家になってるぞ、
っていうことを示したいわけですよ。
馬琴以前のものっていうのは、お金入んないのよ。
だから、平賀源内が、風来山人とかいって、
何か書いたとしたって、
『風流志道軒伝』書いたって、
それだって版元が、ありがとうございます、
って言って、よっぽど売れたら
料理屋にお食事でも、ぐらいのもんなんですよ。
ところが、浄瑠璃の台本っていうのは、
あれは職人仕事なの。

『風流志道軒伝』平賀源内 東京都江戸東京博物館蔵
糸井 はぁー。最初からお金になる?
橋本 うん。
糸井 絵は?
橋本 絵は職人仕事。だから、お金は貰えるの。
糸井 つまり、考えとか、言葉とかっていうのは、
空中にフワフワ浮いてる
ホコリみたいなもんだから、
金になんないわけだ。
橋本 そうそうそう。
糸井 絵は定着してるから。はぁー。
橋本 お金になるものは職人の仕事であって、
当然、レベルは低いわけですよ。
糸井 はぁ、はぁ、はぁ。
橋本 だから、平賀源内の『神霊矢口渡』は
浄瑠璃の台本で、
当然職人仕事だからお金貰える、
ギャラになるんですよ。
糸井 それのあたりではべつに、
橋本君の平賀源内嫌いは、関係ないですよね?
橋本 うん、いやぁ、ん〜、
あんまり好きではないっていうの、
1コは、マルチな人っていう
カテゴリーがあるじゃない?
糸井 そこ、いきましょうか。うん。
橋本 うん。なんかさ、あの、広告を中心にしてさ、
さまざまな分野でご活躍の
コピーライターの糸井重里さんでございます、
っていうのも、マルチな方だったりするわけで。
糸井 よく言われました。
橋本 俺、出ないから、もう何だかわからないけど。
糸井 橋本さんは、今でこそ作家のふりをしてますけど、
マルチな方扱いをされて‥‥。
橋本 いましたよね。
マルチな扱いされてると、
作家としては偽物だろうって
思われてるみたいになるから、
マルチが嫌だ、
マルチの元祖の平賀源内みたいになるのが嫌だ、
ちょっと勘弁してよ、みたいになるんですよ。
糸井 よく僕も父親に、
「器用貧乏っていうのがあってな」ってね、
説教されたことがあるんですよ。
橋本 ウチの父親はそういうこと言わないから大丈夫。
おまえ、それで食っていけるのか?
しか言わないから。
糸井 食っていけたんだからね、もう。
橋本 ウチ、ほら、アイスクリーム屋だから、
冬になると売るもんないじゃない?
糸井 普通、炭を売るんですよね。
橋本 それで、ウチは、石油売るっていうわけ。
石油、灯油売るためには免許がいるのね。
んで、おまえ、それの免許取れ、
浪人してるんだから、って取らされたんだよ。
糸井 役に立ってるねぇ。
マルチだねぇ。
橋本 そう、マルチだよ。
ウチがそういうウチだから。
アイスクリームと石油と、
どこがいっしょなんだ?
っていうのあるけど。
べつに何やったってかまわないんだけど、
俺、ひとつことをやってることのほうが、
なんか、好きな人なんだよね。
糸井 橋本君自体は、一筋で何かをやってくのが、
ほんとは好き?
橋本 ほんとは好きなのか、
後天的に好きになったのか、よくわかんないの。
ただ、ひとつことやってても、
突然、なんか違うことを
やりたいっていうのがあるしさ。
だから、表沙汰にはしてないけど、
けっこう変なことやってたりとかするわけよ。
糸井 それ、怪しい発言ですね。
何をしてるの?
橋本 『キネマ旬報』でさ、
「この世に存在しない嘘の映画」
っていうのを毎月1コずつ
作ってっていうのがあってさ
『シネマほらセット』)。
もう書いてることぜんぶ嘘なわけ。
そこに作家の近況っていうのがあるわけよ。
近況ね、っていって、
こないだやったことって書いたら、
こないだ生まれて初めて
ドレスのデザインをしました、
って書いてさ(笑)。
どっちが嘘だ? っていうの、あるんだけど。
糸井 どっちが嘘だ?
橋本 ほんとうなの。
もう4年ぐらい前ですよ。
篠井英介が芝居やるんで、
『女賊』という芝居の台本を
書いたのはいいんだけど、
演出もやって、とかって言われて。
まあ、んー、あの人だからなんとかなるか、
と思ってやったら、
衣装かけるお金がないから、
衣装もやって、とか、
とんでもない話がどんどんきて。
糸井 橋本君のマルチってさ、なんか‥‥。
橋本 貧乏がからんでる。うん。
糸井 ね。中心は貧乏からきてるよね。
橋本 そうそう。器用貧乏で、
家貧しくして孝子出ずってやつでさ。
糸井 はぁー。
橋本 いちおう昔、画家だったから、
っていうのあるんだけど、
その時には、絵の描き方忘れてるんだよね。
糸井 絵は描いてないんだ。
橋本 描いてない、ぜんぜん描いてない。
作家になるときに、絵描きの頭と作家の頭は
構造が違うと思って変えたんだもん。
だから、手にその記憶がある限りはいいけども、
手の記憶も怪しくて、
それこそ、うん、日露戦争行って片腕切られて、
その指の先がまだ痒いんです、みたいな、
そんなもんでさ。
糸井 なんで日露戦争か、
よくわかんないんだけどね(笑)。

ずいぶんと話が脱線しつつありますが、
大丈夫です、ちゃんと戻ってきます!
次回は「絵の脳と文章の脳」について、
そして、源内の才能について、です。

2004-03-02-TUE
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