橋本 |
平賀源内が、40代の後半ぐらいに書いた、
『痿陰隠逸伝(なえまらいんいつでん)』
っていうのがあって。 |
糸井 |
戯作? |
橋本 |
うん。それをここで言ってしまっていいのか、
っていうような、ちょっと内容、
ためらわれるような。
フロイトが読むとびっくりするような内容なの。
つまり、男の権力欲を、
ぜんぶセックスの比喩に例えてて。
天下というのが女性器で、
男の権力欲というのは男性器で、
豊臣秀吉も犯したんだ、とかっていう、
そういうような話なの。 |
糸井 |
えっ? それは、その時代に、
平賀源内のオリジナルでできてるの? |
橋本 |
書いてるの。 |
糸井 |
すごいねぇ。 |
橋本 |
うん。そんで、私は勃たないチンコだ、
って言ってるの。
つまり、入れてくれるところがないんだから、
勃ちようがない、っていう。
俺、その1行で、平賀源内は思想家だと思うもん。 |
糸井 |
それは、感心した。
戯作の中にそれが書いてある? |
橋本 |
そう。 |
糸井 |
誰に読ませるんだ? いったい。 |
橋本 |
わかんない。 |
糸井 |
思想書じゃん、もう。 |
橋本 |
うん、しかも、日本史の始めから中国の歴史まで、
ぜーんぶそういう、性ことごとの、
チンコとマンコの比喩だけで、
ずーっと書いてったという。 |
糸井 |
すごい。それがいちばんすごい作品じゃないか? |
橋本 |
うん、いちばんすごいと思うよ。
ほんで、しかもあの人はゲイだから、
私は女のマンコの中に入れないで、
若い衆のお尻の中に入れている、
それで自分のチンコは無駄になっているから、
だから勃たないんだ、っていうの。
それは、俺が、江戸時代における、
個人と社会との関係っていうのを
もっとも端的に表した、
すごいもんだと思うもん。 |
糸井 |
平賀源内展は、
その思想の部分っていうのを‥‥。 |
橋本 |
うん、ないよ。 |
糸井 |
出しにくいんだろうね(笑)。 |
橋本 |
出しにくいんだよ。 |
糸井 |
現代日本においてね。
でも、この場で、この発言の中で
出てきたっていうことで救われたね。 |
橋本 |
うん。ほんとさ、江戸時代の人って、
自分の経験しないことはわかんないわけさ。
だから、平賀源内は、
自分の不遇みたいの、ぜーんぶ経験してて、
ほんで、なんだっていったって、
人間て、腰のあそこでしょ?
男は腰のあそこでしょ?
だったら自分というものが、
そこでシンボライズしてもいいわけですよ。
それの文章に書けば、
戯作というカテゴリーにしか入らないけども、
それは、発表するジャンルとしてあるんだから、
私は書くよ、って。 |
糸井 |
だんだんすごくなってきたじゃない。 |
橋本 |
うん。でも、でも、そこで終わりなんだよ。 |
糸井 |
問題は、その思想が、
伝授もできなければ、
広がりもしなかったっていうことですか?
ふつうだったらさ、俺らは今の時代に、
すげぇ! って言ったけど、
その時代のお友だちたちはどう思ったんだろうね。 |
橋本 |
話題になんないんじゃないかな、と思うよ。 |
糸井 |
こないだ芳賀先生とお話してたときに、
源内は、とにかく好かれてたっていうことを
ものすごくおっしゃるんですよ。 |
橋本 |
詳しくは、僕も知らない。 |
糸井 |
杉田玄白とかが、平賀源内のことを
書いてるものを見ると、
明らかに好いてますよね。
で、男色関係だけじゃなくて、
好いてたと思うんですよ。
で、そういう友だち連中みたいなものを、
惹きつける力っていうのは、
今の大思想の中にこめられて‥‥? |
橋本 |
いや、たぶん、大思想を出すと、
なんか、嫌われるかもしれない。
平賀源内が、人に好かれるんだとしたら、
空気みたいに軽いヤツだから
好きだっていうことじゃないかな。
うっかり中身出しちゃうと、
男同士だからぶつかり合っちゃうんだけど、
そういうので平賀源内って中身が空だから、
スーッと入っていっても大丈夫って、
包容力みたいなものもあって好かれて、
っての、あるかもしれない。 |
糸井 |
‥‥今、ちょっと、
自分に通じるものを感じましたね。 |
橋本 |
うん、通じてきますよね。
カルチャーっぽいっていうかね。 |
糸井 |
ねぇ。「中身が空だから」ってあたりね。
その戯作の話っていうのは、
何で知ったんですか?
それを読んだんですか?
誰かの紹介ですか? |
橋本 |
岩波の一昔前の、
日本古典文学体系の風来山人集って中に
入ってるんですよ。
それで、それをやってるのが中村幸彦っていう、
ちゃんとした偉い先生で、
『痿陰隠逸伝』っていうのは、
今まで、わい雑なようで評価されてなかったけど、
平賀源内の晩年ぐらいの心情を
表明しているんでないか、
みたいに書いてあったから読んでみたら、
俺、それでのけぞったの。
のけぞって、『江戸にフランス革命を』
っていう本をまとめるときに、
その文章を、もうそのままに全文紹介して、
訳もつけます、みたいなことをやったのね。 |
糸井 |
『江戸にフランス革命を』って、
そういうことで書いたんだ。 |
橋本 |
うん。っつうか、まあ、やってるうちに、
けっきょく江戸時代に
何が欠けてるのかっていうと、
個人がいない──っていうと、
また、近代がうんぬんになっちゃうけど、
肉体を持って生きている個人がない、
つまりそれは、
平賀源内が勃たないチンコだ、
って言っているっていうようなかたちで、
自分がないっていうことなんじゃないか、
みたいのがあって。
だから、江戸には肉体がない、
イコール、肉体にまつわるさまざまがない、
っていうような、
許されてはいたんだけどない、っていうね。 |
糸井 |
あ〜。 |
橋本 |
つまり、吉原はあるわけだし、
ポルノ禁止されてるわけじゃないから、
セックスは自由じゃないですか。
それにも関わらず、
これは勃つ場所がないから勃たないチンコだ、
って言ってるっていう、そのことがね‥‥。 |
糸井 |
その状況の中で、
それに気づいた平賀源内っていうのは、
やっぱりとんでもないよね。 |
橋本 |
うん。だから、それなりには
経験してたんだと思うよ。 |
糸井 |
痛い目にあってたってこと? |
橋本 |
うん、だからその、フリーで、
どこにも仕えて‥‥ほんとは、平賀源内も、
どっかに就職したかったんだと思うよ、
大名家に召し抱えられて。
それも駄目、あれも駄目‥‥。 |
糸井 |
つまり、文化の妾になって、
妾としての嫁ぎ先を求めてたわけですよね。 |
橋本 |
いや、でも、妾じゃなくて、
もっと信じてたと思う、自分のやってたことを。
つまり、その、信じてる分だけ
バカだったかもしれないけど、
私のやってることは役に立つんだから、
絶っ対にお得なんです、っていう。
だから、そこらへんは、
都知事になっちゃった青島幸男よりは
俺は上だと思うんだけど。 |
糸井 |
う〜ん‥‥。 |
橋本 |
平賀源内の使い方が下手だったのかもしれないよ?
だってさ、その、鉱山開発で呼ばれても、
うまくいかなかった、みたいなのがあってさ。
そうすると、平賀源内は
山師としては大したことはない、
っていうふうに言われちゃうの。
平賀源内って、有名人だったんですよ。
でも、鉱山開発も、
人間として我が方に仕官しないか?
あなたの仕事のためには、
我が方からこれだけの援助をするから、
1回目駄目だったとしても、
次にやるときに、
どういう勉強をすればいいかっていうことの、
必要な資料は我が方で整えますよ、
みたいなふうになったら、
平賀源内だってどうなったかわかんないですよ。 |
糸井 |
そうだね、うんうんうんうん。 |
橋本 |
でもけっきょく有名人にならなくちゃ
食ってけないわけでしょ?
だって、戯作者っていうのは、
お金は入らないわけだからさ。
平賀源内であることで、
お金が発生しないことには、
職業はないわけだし、
所属してる身分もないわけだから。
そうすると、平賀源内で
食ってかなきゃいけないっていうのは、
食っていけるという事実もありながら、
食っていけないっていう現実もあり、っていう、
そういう不思議なあり方をしちゃったのは、
たぶん、平賀源内が最初なんじゃないかなぁ。 |
糸井 |
今そのものだね。 |
橋本 |
うん、そうだよ。
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