糸井 |
さっきの、その、
私はインポですっていう話でもさ‥‥。 |
橋本 |
インポじゃないよ、
「私は勃たないチンコである」。 |
糸井 |
あの、パワー論じゃないですか、つまり。
つまり、力とは何か、っていう話を
書いてるわけですね。
で、力とは何かについて、
問い詰めなくてもいい歴史っていうのは、
ほとんど人類にはなくて。
根本的には奪い合いですから。 |
橋本 |
はい。 |
糸井 |
で、力って何だろう、って
問い詰めてる限りは前に進まないから、
「いや、無条件で力です」
っていう時代がずっと続いているときに、
江戸時代、1700年代に、
パワー論書けちゃうっていうのはさ、
もう未来の人みたいなもんだよね。 |
橋本 |
うん、でも、もう、もうひとりいるの。
浦上玉堂っていう、
文人っつうか南画家の人がいるんですよ。
それでね、これも平賀源内と微妙に似ててね。
脱藩する人なの。 |
糸井 |
同じ時代なの? |
橋本 |
同じ時代。平賀源内より20ぐらい年下なのかな?
ただ、脱藩するのが50だから、
平賀源内よりも、もうちょっと年いってから
なんだけど、おかしいのはね、
平賀源内が、『痿陰隠逸伝』を書いた
年かなんかに、浦上玉堂が、
愛していたか愛されていたか
自分の仕えた殿様が死んじゃうんですよ。
んでね、浦上玉堂って人が、
「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」
っていう水墨画があって、
それは川端康成が所蔵していて、
国宝で、っていうことで有名な人なんだけど、
とっても変な絵を描く人なわけ。 |
糸井 |
絵描きなの? |
橋本 |
絵描きであるんだけど、絵描きではないという、
そこらへんは文人なんだけど。
絵描いてるんだけど、本人、売る気がないの。
ほんで、買えも、売れもしないの。
どんな絵描いてるかっていうと、チンコの絵なの。 |
糸井 |
はぁ〜。 |
橋本 |
山水画の中に、その大ーきなものが
いっぱいあって。
だから俺はチンコの山っていう言い方は
あんまりだから、
「男根山水」っていうふうに仮にいうけども、
っていうのあるんだけど、
風景の中に、その、
隆々と勃起してんじゃないわけですよ。 |
糸井 |
はぁ〜。 |
橋本 |
ん、だから、その、
勃ってんだか勃ってないんだか
わかんないような‥‥。 |
糸井 |
上は向いてるの? |
橋本 |
上は向いてる。
山のかたちになってるから。
そうすると、この人は、やっぱし、
現実というのは勃たないチンコっていう、
『痿陰隠逸伝』の平賀源内的なものが
かたちになった人かいな、っていう気がするの。 |
糸井 |
はぁー。 |
橋本 |
平賀源内が『痿陰隠逸伝』書いたのが、
浦上玉堂が20代の頃だから‥‥。 |
糸井 |
読んでた可能性がある? |
橋本 |
そう、じゅうぶん可能性があるかもしれないな、
とかって思って。んで、その浦上玉堂って人も、
とっても変わった人でね。
どうも殿様と男色関係にあったらしいんだけど。
死んだ後、ずーっと仕えてるんですよ。
んで、子ども、男の子2人いて。
ほんで、50になるちょっと手前ぐらいに
奥さんが死んじゃうのね。
奥さん死んじゃうとね、
一家揃って脱藩しちゃうの。息子共々。
つまり、それは脱サラして、
新しいクオリティ・ライフみたいなもの
なんだろうと思うけど。 |
糸井 |
何藩の人? |
橋本 |
岡山。 |
糸井 |
ほぉー。 |
橋本 |
だから、わりと西の方は、
そういう変な人多いのかなぁー、
って気もするんだけど。 |
糸井 |
だってさ、江戸時代の、様々の物語って
ぜんぶ、勃ったチンコの立場はどうするべぇ、
っていう話じゃないですか。 |
橋本 |
そうそう、うん。 |
糸井 |
『忠臣蔵』にしたって何にしたって。
ま、勃った以上は、
何かのかたちで決着つけてあげるから、って。
そのときに柔らかいものを‥‥。 |
橋本 |
そう、勃っても入るもんがないから、
俺は勃たないままでいる、っていうのって、
すごいでしょう? |
糸井 |
すごいよね。 |
橋本 |
うん。 |
糸井 |
2人でこんなとこで感心してるのも、
なんか妙な気もしないこともない。 |
橋本 |
なんかさ、日本の近代ってさ、
そのふうに思想をもってこなかったのが、
俺は最大の誤りだとしか思えないもん。 |
糸井 |
しようよ。 |
橋本 |
しかも、その、その浦上玉堂がまた
素敵っていうのもね、
脱藩っていうのは、仕えられないわけですよ。
だから、息子に家督を譲って
隠居するっていうんだったらともかく、
息子ぐるみ武士辞めましょう、の人なの。 |
糸井 |
すごいよな、それも(笑)。 |
橋本 |
うん。武士辞めましょう、になったその後で、
チンコの絵ばっかり描くわけ。 |
糸井 |
で、武士そのものが、
チンコ集団じゃないですか。 |
橋本 |
そうなの。 |
糸井 |
刀を持っているのに
使っちゃいけない時代の武士ですから。 |
橋本 |
そうそうそうそうそうそう。
だから、ある意味で、
脱藩したけど脇差し差してるっていうのは、
その勃たないチンコなんだよね。 |
糸井 |
そうだよね。うん。 |
橋本 |
どうも、そこらへんはフロイトの
ずーっと先をいってるんだ、ってなるんだけど。 |
糸井 |
すごいよね。 |
橋本 |
ところがね、浦上玉堂って人は、
絵描きじゃないんだよ。
琴の箏(きんのこと)っていう、
琴棋書画図(きんきしょがず)っていう
文人のたしなみの、
「琴(きん)を弾く」っていうのと、
「絵を描く」っていうのと、
「書を書く」っていうのと、
「碁を打つ」っていうののやつの、琴。
琴の箏っていう、すごく流行らない、
室町時代になって中国から禅僧が持ってきたのを
やってるわけ。
ま、源氏物語にも琴(きん)っていうのが
出てきて、末摘花(すえつむはな)が
弾くんですよ。で、古い由緒正しいお嬢様が、
中国渡来の名器をお弾きになるっていうんで、
さぞや美人だろうと思ったら
ブスだったっていうオチがつくぐらいの
楽器なんだよね、琴(きん)っていうのはどうも。
んで、それを浦上玉堂はそれがすごーく好きで、
しかもその、すごーく古いやつでさ。
言ってみればさ、あの、なに?
クラシックやりながら
「矢切の渡し」弾いてるみたいな、
そういう変なことやらすわけ。 |
糸井 |
ああ、ああ、和風喫茶に流れてるみたいな。 |
橋本 |
うん。つまり、私がやりたいことは
正しいのである、っていう、
すごい設定に立ってる人なわけ(笑)。
ほんで、じゃあ生活はどう支えられるのか?
っていうと、息子が2人いてさ、
その息子のうちの
春琴(しゅんきん)っていうのが、
女じゃないんだよ、男なんだよ、
それがさ、その、文人画を描いて売ってるわけさ。
注文がきてね、そうするとさ、オヤジがなにか、
「おまえの絵は行灯(あんどん)絵だ、
針箱絵だ」っていうわけ。
行灯に飾るようなチャチな絵だ、って、
針箱に飾るようなチマチマしたもんだって。
そんで、その春琴が描いた
オヤジの浦上玉堂の絵っていうのも、
まあね、そういう絵だよね、よく描けました、
っていう程度のものなわけ。
で、オヤジ、もうそういうとこ
ぜんぶ越えちゃってるじゃない?
なんかそういう人だから、
絵を売ろうという気もないし、
売ってくれっていう人もないだろう、
だから平気で、チンコの絵を描くんだろう
っていうのがあるんだけれども、
それって、もうほとんどさ、芸術じゃない? |
糸井 |
ニジンスキーじゃない。 |
橋本 |
うん。その、芸術だって、
それが生計として成り立つかどうかは
私は問題にしない、
私の商売は琴の箏を売ることなんだ、っていって、
どれだけ売れたかは知らないんだけどさ(笑)。
そんな売れないような商売をして、
私は琴の箏を売ることだから、
私の商売は琴の人だ、
琴士(きんじ)っていうんですよ、
武士の士を使ってね。
私は琴士だ、っていってて、文人画家ではない、
みたいな言い方をするんだけど、
もう、とぉーんでもない、
前衛芸術みたいな人です。 |
糸井 |
はぁー‥‥。 |
橋本 |
だから、そういう系統があるから、
芸術の立場はあるよなー、
みたいなのがあるんだよね。 |
糸井 |
それは、いつごろに知った人なの? |
橋本 |
「ひらがな日本美術史」をやり始めて、
文人画っていうカテゴリーがあるけど、
なんか好きじゃない。
なんだこれは!? っていうのを発見したりとか。
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