SAITO
もってけドロボー!
斉藤由多加の「頭のなか」。

社会のインターフェイス<後半>
わかりにくさの責任


どうみても事故を誘発するだろうと思われる箇所が、
首都高にはあります。たとえば浜崎橋の合流地点。
ここは高速道路がカーブを描いたところで
車線が合流する構造になっていて、
いわば信号のない交差点のようなものです。
高速道路だから一時停止の標識もなし。
接触事故が発生したら、すべてはドライバーの
「不注意運転」とされます。
事前知識がないと走れないという点で、
すべからく日本の首都高は
難攻不落のアドベンチャーゲームに似ています。

☆ ☆

話は変わって、写真は九段高校の近くにある
一般道路の標識。
深夜12時過ぎに走っていたら、
この標識に出くわしました。
0と12と24が同居するこの標識は、
プログラムでいうところの「複雑な条件分岐文」です。



ドライバーであるあなたが、
この交差点で直進を決断するのに何秒くらいかかりますか?
私の場合は、12-13秒ほどでした。
考えたあと、結論を出し、直進し、
そして道の出口にある交番で止められました。
あとで標識を見直してみたら
“計算間違え”に気付きました。私のミスです。
自分を棚に上げていいますと、
これ、やけにわかりにくくありませんかぁ?
前編のつづきですが、人間は間違える生き物ですからねぇ、
わかりにくい標識はナシにしてほしい。

法改正で飲酒運転の罰則が厳しくなりました。
「事故を誘発する危険性のある行為だから、それだけで罪」
という考えは、よいことだと思っています。
そして、この理屈は、危険な道路設計や標識にも
あてはめられるべきだと思います。
それも鉄骨やコンクリートだけでなく、
「目に見えない欠陥」。つまり、わかりにくさです。
書いてあればいいってもんじゃ、ない。
わかりにくさというのは重さも形もないから、
責任の所在が曖昧になりがちです。
しかし、移動中のドライバーは、ものごとを
「瞬時に」判断しなければならない。
過剰に複雑だったり、必要な注意を促さずして
事故が起きた際、すべてを
「ドライバーの不注意」といって片付けていたのでは、
いつまでたっても事故は減らないのではないか?
と思った次第です。


この標識も、一瞬わかりませんでした。


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2003-02-03-MON

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