丼、にぎりめし、おこわ、揚げ物。 いまだにぼくは江戸時代の発想ですよね。 「備蓄しなくちゃ!」 なんでしょうかねえ‥‥ 「金本位制」の前の、「米本位制」ですね。 そういうぼくのなかの、 原始の血というか、歴史が、 こう、うずしおのように、 大丸の地下で、騒いじゃったんです。 ほかにも、こういう集め方の人が何名かいましたけど、 そんなねえ? 血を騒がせちゃまずいだろ、と(笑)。 でも反対に、 きれいにおさまっちゃってるのもそれはそれで、 なんにも遊んでないだろ! って思う。 ひとりで弁当を買うのと、まったく同じじゃぁ、 「イべんとう」のたのしみがないじゃないの。 だから、なんにせよ、だめなんですよ。 で、なんにせよ、いいんです。 ただ、ぼくの弁当でいうと、 こういう人間がチームの中にリーダーとしていれば、 食べそこなった人は、急にもらうことができますよね。 「あ、いいよ、これもってって」 ていう食べ物が3、4種類ありますから。 揚げ物関係で2個でしょ? あとおこわが2種類、おにぎりもある。 5つは、「どうぞ」って言えるんですよ。 ‥‥そういうふうに、しちゃうんです、ぼくは。 みんなで食えるようにとか、備蓄とか。 もう、しみついちゃってるなぁ。 だってひとりで食えるわけないんだもん、こんなに。
で、ほんとに案の定、あの日は結局、 風邪気味だった家人に、おこわ2種類を渡して、 彼女はそれとサラダで夕食をすませました。 事実上、完成したわけです。 だから、人生に狂いなし。 しかし、おもわくは、狂ってしまった(笑)。 こういうぼくとは真逆の方向で、 勇み足しちゃったのが、ハリウくんでしたよね。 「焼き鳥だけ」っていう、バラエティをつくりたい。 ゲームの隠しコマンドみたいなのをつくりたくなる。 そういうのはあります。 だめですけどね(笑)。 でもやっぱり、なんにせよ、いいんです。 という具合で、それぞれに、みんないろいろで。 仕事をしたといえば、 まあ、したと言えるのではないでしょうか。
離脱どころか、備蓄してます。 きっと農民の血が騒いだんでしょう。 ぼくの先祖は、いまごろの季節は田植えをしてますから。 だからこれは「過去との対話」です。 この買い物は、先祖と一緒にやった仕事なんですね。 「ああ、おこわはうめえんだよなぁ」 「にぎりめしもうめえんだぁ」 「フライも売ってんだよなぁ」 「胃がもたれっからキャベツも買っとけ」って。 とくにこの、 コロッケ、アジフライというのは ぼくの「人生のアイコン」ですからね。 自分のお墓をコロッケの形にしたいくらいですから。 墓標にはこんな言葉を刻みましょう。 ── この男は コロッケのように思い コロッケのように考え コロッケのように行動し コロッケのように人々に愛され コロッケのように 死ぬ コロッケ ここに眠る (ものまねはしなかった) 最後にかならず、 (ものまねはしなかった)を入れてください。 誤解されますから。 ちがう人だと思われますから。 線香立てにはアジフライをレリーフして。 左右には、フグだね。 フグも好きだからね。 フグの花さし。 くちをぽかーんとあけてるところに、お花をね。