天才学級のきざなやつ? 「13の顔」を持っていた、伊丹十三さんのこと。

第8回 おくりびと。
糸井 逆に、浦谷さんと伊丹さんのあいだで、
考えかたも合わないし、
意見も分かれるなあってところは、ありました?
浦谷 うーん‥‥。
糸井 ぼく、ちょっと思うんですけど、
伊丹さんって、頭のなかを、
徹底的に西洋化しようとしてたんじゃないかって。

浦谷 あ、それはあるね。
糸井 西洋から見ると、日本人のやってることって
こんなにおもしろく、
こんなにフシギに見えるんです‥‥というような、
日本人にはない視線を
自分のなかに、確立していったような気がする。
浦谷 そうかもしれない。伊丹映画って、
最後、論理的にしゃべりすぎると思うんだ。
糸井 なるほど。
浦谷 あれってつまり、西洋人だよね、観てるのが。
つまり、
日本人じゃないやつが観てる感じ‥‥がする。
糸井 そのあたりで、考えかたが分かれてるかもね。
浦谷さんと、伊丹さんは。
浦谷 そうかもしれない。
糸井 で、ぼくと浦谷さんが共通してるのも、
そのへんかもしれないなぁ。
浦谷 伊丹さんが映画を撮りはじめるころにね、
小津映画を大量に貸したのね、ぼく。

おそらく、(宮本)信子さんに聞けば
わかると思うんだけど、
もう、毎日のように
小津映画を観てた時期があるはずなんです。
糸井 ほう。
浦谷 ‥‥その「正反対」をやってたのかもね。
糸井 ああ、小津をひっくり返しちゃってるのか。
浦谷 いや、ホントのところは、わかんないけどさ。

でも、すくなくとも、
伊丹映画ってのは、徹底的にロジカルだし、
西洋的な構造をしていると思うよ。
糸井 小津安二郎の映画って、
ある側面では「コツのかたまり」じゃないですか。
浦谷 うん、うん。
糸井 つまり、映画の方法論として取り出せる部分を
天才学級の人として、
完全に勉強したんでしょうね、伊丹さんは。
浦谷 そうかもしれない。

伊丹さん、ハリウッド映画も、真剣に研究してたし。

糸井 あ、そうですか。
浦谷 2作めの『タンポポ』って、
アメリカで、すごく評価が高かったんですよ。
糸井 わかりやすかったんでしょうね。
浦谷 そう、あれ、西部劇がベースだから。

で、第3作めの『マルサの女』も、
日本では大ヒットしたでしょ。
糸井 うん、うん。
浦谷 だから、その当たりかたからすれば、
『マルサの女』は
もう絶対、アメリカでも当たると
思ってたはずなんです、伊丹さんは。
糸井 ええ。
浦谷 でも、いざ行ってみたら、
ぜんぜん当たらなかったんですね。

それどころか、
「アメリカ人にとっては
 こんな映画は、信じられない」とまで
言われちゃって。
糸井 ‥‥というと?
浦谷 「最後の場面で
 主人公がいなくなってるじゃないか!」と。
糸井 ああ‥‥なるほど。
浦谷 つまりね、ハリウッド映画っていうものは
主人公がいろんな苦難を乗り越えて
成長していき、
最終目標を達成するっていうドラマでしょ。

糸井 ええ、ええ。
浦谷 「あらゆる困難を突破していく
 主人公と同じように
 観客の側も、自分が成長していくという
 疑似体験をするのが映画なんだ」と。

ところが、『マルサの女』の場合は、
最後、ヤクザ事務所へ踏み込むとき‥‥
いないんだぜ? 主人公の信子さんが。
糸井 うんうんうん。いない(笑)。
浦谷 悪と対決する場面で、主人公がいない。

だから、アメリカ人から
「こんなのは映画とは言えない!」なんて
言われちゃったわけです。
糸井 そここそが、あの映画のキモなんですけどね。
浦谷 そうそう。だから、日本の映画は、
むしろ、そっちの構造でできてるわけですよ。
糸井 ぼくらには、納得できますもんね。
浦谷 『忠臣蔵』だってさ、そういう構造だし。
糸井 ああ、無念の主人公、という。
浦谷 で、だけどさ、伊丹さんは、
その『マルサの女』の苦い経験から、
ハリウッドの方法論を学ぼうって思ったわけだ。
糸井 なるほど‥‥。
浦谷 ハリウッドのシナリオっていうのは、
基本的に「三幕もの」でできている‥‥とかって、
本気で勉強をはじめちゃうわけです。

※三幕もの‥‥物語全体を三つの段階にわけて
       構成する方法。
       もともとはギリシャ劇の構成法を指す。
糸井 なるほどね‥‥。
浦谷 で、伊丹流「三幕もの」の代表が『あげまん』ですよ。

ハリウッドを学び尽くした結果、
生まれたのが、あの作品だったんですよ。
糸井 ますます「西洋人」になっちゃったわけですね。
浦谷 その一方で、伊丹さんが
ずーっと悔しがってたのが、宮崎アニメ。
糸井 え、そうなの?
浦谷 うん。あれはもう、悔しくて、悔しくてね。

「浦谷、オレ、宮崎アニメは
 もう洋画だと思うことにした」って
言ってたこともあるくらいで。
糸井 ははー‥‥でも、他方で、
伊丹さんのDNAを受け継いでる映画ってのもまた、
ありますよね、きっと。
浦谷 ああ、あるでしょうね、いろいろ。
糸井 で、そのなかのひとつが
『おくりびと』じゃないかと思うんですよ、ぼく。
浦谷 うん、うん、そのとおりだよね。

あれ、小山薫堂さんが
初シナリオで
アカデミー賞を穫るところまで行ったけど、
あるときに聞いたら、
小山さん、筆に困ったときには、
「伊丹さんだったら、どう書くか」を考えて
完成させてったんだって。
糸井 え、そうなんだ!
浦谷 映画のなかに、重要な役割として
いろんな「料理」を引っ張ってくるところなんて、
すごく、それらしい感じがするし。
糸井 そうですね、そうですね。

山崎努さんの演技じたいにも
やっぱり伊丹映画の気配が出てるし、見事だったし、
モックン(本木雅弘さん)が
山崎さんに憧れているのも、よくわかったし。
浦谷 うん、うん。
糸井 みんなそれぞれが、伊丹さんの孫みたいだった。

だから、今回の『おくりびと』の件でも、
「伊丹さん、
 とうとうアカデミー賞を穫りましたね」って
言いかたも、できるんじゃないかな。

浦谷 うん。伊丹さんといっしょに
映画をつくってたスタッフとか演出陣なら、
すぐピンと来ると思いますよ。

「伊丹さん、
 アカデミー賞を穫りましたね」って
ことばの意味が。
糸井 そうですか。
浦谷 だって『お葬式』がオスカー穫ってても
おかしくなかったと思うし。
糸井 同じように
周防さんの『Shall we ダンス?』に対する
海外からの評価だとか、
あのあたりにも、ぜんぶ影響してるでしょう。
浦谷 伊丹さんがね。
糸井 三谷(幸喜)さんなんかの作品にも。
浦谷 うん、うん。
糸井 ‥‥今、伊丹さんに、会ってみたいなぁ。
浦谷 うん。
糸井 会って、こういう話がしてみたいです。
  <つづきます>


07 伊丹映画は、全10作品。

デザイナー、俳優、エッセイスト、
テレビ番組・CM制作など、いろんな職業を極めてきた
伊丹十三さん。
1984年6月、ついに自身初めての映画監督作品、
『お葬式』がクランクインします。

今からすれば意外なことに、
『お葬式』という題名やテーマが敬遠されたこともあり、
配給会社はなかなか決まりませんでした。

伊丹さんは、映画評論家の白井佳夫さんのかかわっている
湯布院映画祭での上映を希望し、同年8月、
この大分での映画祭にて、初めての一般公開が実現します。
白井さんはこの映画を大絶賛し、
まさにそのとおり、『お葬式』は
同年11月、都内5館、関西3館、名古屋1館、
福岡1館での上映から始まって次第に火がつき、
全国的なヒットとなりました。

息つくまもなく伊丹さんは、1985年9月、
次の映画『タンポポ』をクランクインします。

以来、伊丹さんは映画を作り続け、
最後の映画『マルタイの女』が封切りされたのが、
1997年9月。
約14年間に10本という早いスピードで、
日本映画史に残る名作を数多く作りました。

伊丹さんは、著書「『お葬式』日記」の中で、
「僕は今まで、いろいろな表現形式を試みてきましたけど、
 自分全体を丸ごとすくいとる仕掛けとしては
 監督が一番という気がしましたね。
 自分全体を燃やせて実に効率がいい(笑)」
と語っています。
映画監督は伊丹さんにとって、究極の職業だったようです。

伊丹映画10作品リスト
1984年11月
『お葬式』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/山崎努、宮本信子、
   菅井きん、大滝秀治ほか
1985年11月
『タンポポ』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/山崎努、宮本信子、
   役所広司、渡辺謙ほか
1987年2月
『マルサの女』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/宮本信子、山崎努、
     津川雅彦、岡田茉莉子ほか
1988年1月
『マルサの女2』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/宮本信子、三國連太郎、
   津川雅彦、丹波哲郎ほか
1990年6月
『あげまん』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/宮本信子、津川雅彦、
   島田正吾、金田龍之介ほか
1992年5月
『ミンボーの女』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/宮本信子、宝田明、
     伊東四朗、大地康雄ほか
1993年5月
『大病人』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/三國連太郎、津川雅彦、
   宮本信子、木内みどりほか
1995年9月
『静かな生活』封切り
原作/大江健三郎 
監督・脚本/伊丹十三
出演/渡部篤郎、佐伯日菜子、
   山崎努、宮本信子ほか
1996年6月
『スーパーの女』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/宮本信子、津川雅彦、
   伊東四朗、六平直政ほか
1997年9月
『マルタイの女』封切り
監督・脚本/伊丹十三
出演/宮本信子、西村雅彦、
   村田雄浩、江守徹ほか

2009-06-17-WED


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