天才学級のきざなやつ? 「13の顔」を持っていた、伊丹十三さんのこと。

第7回 ぜんぶ「オレ」が決める。
糸井 このDVD(『13の顔を持つ男』)の話に戻しますと、
テレビCMがかなり入ってますよね、これ。
浦谷 うん、それも狙いなんだよね。
糸井 西友のとか、入ってましたね。


西友「流動円木編」
~DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
浦谷 うん、ナショナルの冷蔵庫とか。


ナショナル冷蔵庫「マッサージ編」。宮本信子さんと。
~DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
糸井 ああ、ありましたね。
浦谷 ぼくが、なかでも印象深かったのは、
黄桜の「醇」でやった「2役」。

外国のミュージシャン風の人に
扮してもらったんだけど、
あれ、大失敗だったんですよ。


黄桜「醇」2役シリーズ。左の人も伊丹さん。
~DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
糸井 ‥‥気づかれなかったとか?
浦谷 そう! まったく気づかれなかったの。

で、伊丹さんが2役やってるってことに
気づかなかったら
おもしろくも何ともないのよ、アレは‥‥。
糸井 ですよねぇ(笑)。
浦谷 でも、こんなにCMが入ってるソフトも
めずらしいでしょ?

CMってのは、許可とりにくいですから。
糸井 ああ、そうか、そうか。
浦谷 タネを明かすと、
ここに収録しているCMの7割くらいが
ぼくが演出してたんです。
だから許可が取りやすかったというわけ。

そのこと、すっかり忘れてたんだけど。
糸井 ああ、そうかそうか。‥‥忘れてたんだ(笑)。
浦谷 なんで忘れてたかってのには理由があって、
ようするに、
伊丹さんといっしょにやったCM仕事って
演出したのを忘れるぐらい、
「ラクだった」ってことなんですよ。
糸井 つまり‥‥。
浦谷 とにかくね、伊丹さんとやるCMの場合、
ディレクターは
「場所を決めればよかっただけ」なの。

「ここでやりましょう」っていうだけ。
糸井 ああ‥‥。
浦谷 つまり、コメントやセリフについては、
ぜんぶ伊丹さんが考えてくれるんだ。

で、カメラは「師匠」の佐藤さんでしょ。
糸井 なるほど、それはラクですね(笑)。
浦谷 そう、やることないんだよな(笑)。

ふつうはさ、映画監督なんかだったら、
シナリオ書くところから仕事がはじまるけど、
伊丹さんとやったコマーシャルは
「コメントとは
 しゃべる本人が考えるもの」だったから。
糸井 しゃべる本人とは、つまり伊丹さんですね。
浦谷 だからぼくは、場所を決めればよかっただけなんだ。
糸井 なるほど。
浦谷 当時、けっこう話題になったコマーシャルで
西友の家具調コタツのCMがあったのね。
糸井 ああ、あの、なぜか伊丹さんが、
えんえんとフランス語でしゃべるやつですね。
浦谷 あれもぼくが‥‥場所を決めて(笑)。


西友「フランス語編」
~DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
糸井 あとは、伊丹さんがしゃべったと(笑)。
浦谷 そうそう(笑)。
糸井 ‥‥今の話を聞いてて、よくわかったんだけど、
伊丹さんって、
「自分の口から語られるセリフには
 責任を持つ」っていうところがありますよね。
浦谷 ああ、ある。ありますね。
糸井 なにかを過剰に表現したりすることも、
自分が決めてるって場合には
ウソですら、オッケーにしてるというか‥‥。
浦谷 うん、うん。
糸井 逆に考えると、お金をもらって
「こういうウソをついてくれ」って言われたときに、
「いやだ。ウソをつくなら、オレがつく」って
言えるスタンスって、
今、すごく重要なんじゃないかと思うんですよ。

だって、コマーシャルになると、
みんな、平気でウソをつくじゃないですか。
浦谷 そうですね。
糸井 でも、伊丹さんの場合には、
本当のことと、ちょっと大げさなことと、
もう完全にウソのこと、
ぜんぶ「オレが決めてる」んですよね。
浦谷 そうだね。自分で書いてるんだから。
糸井 誤解されるとしても、
自分自身の範囲でされたいというか‥‥。
浦谷 責任を取ってる。
糸井 そうそう、責任を取ってるんです。

「ほぼ日」のよって立つところも
そのへんにあると思っているんですけど‥‥。

じゃあ、浦谷さんにとって、
結局は「どういう人」でしたか、伊丹さんって?
難しい人だったですか?

浦谷 難しいところは、なかったかな。
糸井 そうですか。

一般的に伊丹さんという人は
シャイだったっていう説があるじゃないですか。
浦谷 ええ。
糸井 でも、シャイな性格だったらムリなことも
たくさん、やってるんですよね。
浦谷 やってますね。

映画のメイキングを撮ってて思ったのは、
撮られるのが好きじゃないと
あんなふうには、写らないと思うんです。
糸井 ああー‥‥。
浦谷 例えば、映画監督としての伊丹さんが
ラブシーンを見てる顔を、えんえん撮るでしょ。
で、それを使うでしょ、ぼくが。
糸井 うん。
浦谷 ふつうなら、恥ずかしいから「落とせ」とかって
言われかねないくらい、やったんだけどさ。

そんなこと、ぜんぜん。何にも言わない人だった。
糸井 怖いところもなかったですか。
浦谷 ぼくには、なかったです。
糸井 人によっては、怖かったのかな?
浦谷 うーん‥‥どうだろう。

不機嫌な状態を、表に出してることは
あったでしょうけどね。
糸井 たとえば、伊丹十三という人のことを
「フランスだとかイギリスに詳しい
 キザな役者」ってトーンで
フィックスしちゃってる文章や物言いも
あるじゃないですか。

あれ、ちっともおもしろくないですよね。
浦谷 だから、ずーっといっしょにやってきて思うのは、
伊丹さんって1個の「プリズム」だなあってこと。

1本の光が、彼のなかに入っていくと、
7色‥‥じゃなくて、13もの多彩な光に変化する。
その1本1本が、ぜんぶ、見事に輝いている。

そんな人だったですよね、ぼくからすると。

糸井 うん、うん。
浦谷 だからこそ、
人によって、いろんな評価や印象があるんだろうし、
逃げ水のように、つかめもしないわけで。
糸井 村松(友視)さんからも、逃げ切って。
浦谷 そうですね。
糸井 でも‥‥ぼく、死んでからつかまる幽霊ってのも
いるんじゃないかと思うんです。
浦谷 うん。
糸井 だから、今日ここで、
浦谷さんと、いろいろしゃべったことで、
なんか伊丹さんの上着の端っこを
つかめたような気がして‥‥うれしいんですよ。
  <つづきます>


06伊丹十三さんとテレビコマーシャル。

伊丹十三さんがテレビマンユニオンと一緒に作った
松下電器の冷蔵庫「ビッグ」の
CM(テレビコマーシャル)は、
1977年の大人気テレビドラマ「ルーツ」の放映時に
流すために作られた、キュメンタリー風の作品でした。

 
松下電器の冷蔵庫「ビッグ」
~DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より

明治初期、日本で急速に広まった肉食のため、
富士山から保存用の氷を運んでみた、
という史実を実際に馬などを使って再現し、
冷蔵庫のルーツをたどるという趣向でした。
現代的な風景の中、馬が横断歩道を渡ったりする、
伊丹さんらしいおもしろい映像になっています。

現在伊丹プロダクションの社長である
玉置泰さんとの出会いも、玉置さんの会社の商品、
「一六タルト」のCMを伊丹さんに依頼したことが
始まりでした。
伊丹さんが「もんたかや。(帰ったか。)」と
問いかける伊予弁のCMは、地元愛媛だけの放映でしたが、
流行語になるほど人気だったそうです。
その後、一六タルトのCMには、松山時代の友人である
上智大学名誉教授の安西徹雄さんとも出演しました。

 
「一六タルト」
~DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より

また、伊丹さんのCMの中でも人気が高かった
味の素のマヨネーズのCMでは
自らの料理好きの腕を披露しています。
さらに、味の素のCMのひとつにあった、
巨大な女性と小さな男性が
ひとつの画面にあわられるという手法は、
伊丹さん初作品映画「お葬式」でも使われています。

伊丹さんのCMの特徴として、
味の素のCMをはじめ、ジョニー・ウォーカー、西友など、
湯河原のご自宅で撮影されたものが多いということも
あげられます。
ご自分の出演されるCMには、演出やセリフまで、
いつもアイデアを出されていたそうです。

このほかのCM出演作品に、日産自動車「サニー」、
宝酒造「タカラcanチューハイ」、黄桜酒造「醇」、
ツムラ「日本の名湯シリーズ」、などがあります。


2009-06-16-TUE


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