糸井
水野さんをどう紹介すればいいのか、
来る前に考えてたんですけど、
ぼくは料理で驚いたことが、何回かあるんです。
水野
はい、驚いたこと。
糸井
たとえば、飯島奈美さんに驚いたことがあります。
飯島さんは、なんでもないメニューでも、
みんなに「これはとくべつおいしい!」と
言わせられる人なんですね。
メンチカツとか、しょうが焼きとか。
水野
ふつうにおいしいものを、とくにおいしく作れる。
糸井
そうなんです。
なぜそれができるかというと、
飯島さんは一見ふつうに思われてるものを、
「ふつうじゃないもの」として取り組む。
だから、答えが出るわけです。
パティシエが、本職の洋菓子を作る気持ちで
作った鯛焼きのように、です。
そういうことをやるには、
やっぱり「決意」と「科学」と「技術」と、
ぜんぶが要ると思うんですけど。
水野
そうでしょうね。
糸井
そして、いっしょに作った『LIFE』という本では、
それぞれの料理を、細かな差異をつけて
20種類ぐらい大量に作ってみるようなイメージで、
飯島さんが検証していったんです。
そのときの飯島さんはすごくて、
「小さじ5分の2を、5分の3にしてください」
みたいなこまかさで直しが来てたんです。
そうやって、ふつうのものをちゃんと
間違いのないものさしに当てたんだよね。
水野
それは、すごそうですね。
糸井
すごかったです。
そうやって、飯島さんに出してもらったレシピを
こまかくこまかく掲載して、
「この通り作れば、読んだ全員が飯島さんになれる」
という本を作ったんです。
それで、とてもうまくいったんです。
まったく料理をしないうちの社員が、
飯島さんのレシピで作って、
「自分で作ったことが信じられない!」と感動してる。
そこまでのことをやれちゃう
飯島さんという人に、ぼくは驚いたんです。
水野
なるほど。
糸井
また、別の機会にぼくがすごく驚いたのが、
土井勝さんの黒豆のレシピです。
うちでは正月に黒豆を煮るのは
ぼくの役割なんだけど、なかなか難しくて、
5、6年ずっと試行錯誤を続けてたんです。
水野
土井勝さんの黒豆。
糸井
黒豆のポイントって、
「柔らかくすること」「甘さを染み込ませること」
「ちょうどいい味にすること」の3つなんですね。
だけど、毎年いろいろやっていても、
そのすべてをクリアするのは、
なかなか難しかったんです。
水野
はい、はい。
糸井
だけどある年。
ネットで「土井勝さんのレシピ」という
煮方を見つけて、やってみたんです。
すると、それまでやってみてた方法とは
ずいぶん違うんだけど、間違いなくおいしくできる。
わりとシンプルなレシピではあるんですが、
その数行に至るまでに、ものすごい道のりが
あっただろうなと思うような内容で。
水野
ああ、いいですねえ。
糸井
ぼくは黒豆についてはそれまで、
「名人」と呼ばれるような人からも
話を聞いたことがあったんです。
そうすると、
「糸井さん、こうするんですよ」
「ここがとくに難しくて」
「豆を壁にぶつけてね、ちょっと間がある感じで、
壁からゆっくりポトッと落ちるか落ちないかぐらいの
やわらかさがベストなんです」
みたいな‥‥いや、これはたとえですけど。
一同
(笑)
糸井
そんなふうに、いかに難しくて、
どれほどたくさんコツがあるかをさんざん聞いて、
「大変だなあ。だけど自分にもできたらいいなあ」
と思っていました。
だけど、土井さんのレシピでやると、
そういう難しいことは何もでてこない。
書かれている通りにやれば、
ちゃんとおいしく作れるんです。
水野
豆を壁にぶつける必要もなく?
糸井
そう、まったくなく(笑)。
黒豆を煮るのはどうしても2日間必要で、
土井さんのレシピでもそうなんだけど、
そのやりかただと、放っておく時間が多くて
手間も少ないんです。
前はつきっきりでいたけど、その必要もない。
だからぼくはそのレシピを知ってから、
煮るのがすこしつまらなくなったくらい。
水野
(笑)
糸井
そしてもうひとり。
これもまた別のタイミングで
「この人のこれはとんでもないな」と思わされたのが、
水野さんのカレーなんですね。
これもぼく、黒豆みたいに頑張ってたんです。
見よう見まねで。
水野
カレー作りを。
糸井
はい。だけど、これも難しくて、
ものすごくややこしいことを、
自分から好んで、たくさんやってたわけです。
男はみんな、そういうところがあるけど。
水野
そうですね(笑)。
糸井
だけど、毎回できばえが違いすぎるし、
自分でおいしいと思っても、
家族に食べてもらっても、
「これ、ほんとうにおいしいかどうか、
わからないな」と思っていたんです。
‥‥だけど、あるとき水野さんが、
ふつうのルウとふつうの肉や野菜だけで、
カレーを作ってくれたことがありましたよね。
水野
ありましたね。
糸井
そのとき水野さんが、
ほんとにちょっとした技術の組み合わせで、
どこのカレーにも似てないけれども、
どの人にも通じるおいしさのカレーを
作ってくれたわけです。
それを食べたときにぼくは、
「これほど研究して知識のある人が、
このイージーさでおいしいものを作るというのは
とんでもないことだ」と思って。
水野
いやいや。
糸井
それでびっくりして、自分はカレーについて、
こねくりまわして考えるのをやめたんです。
水野
つまり、それまでの糸井さんは
カレー作りのいくつかのポイントで
黒豆を壁にぶつけるようなアプローチを
していたわけですね。
糸井
そういうことです。
水野
‥‥そこは、どこでしょう。
タマネギ炒めですか?
糸井
主にはスパイスです。
タマネギ炒めもやってましたけど、
イメージのボキャブラリーがないから、
ひたすら4時間とかかけてて。
水野
タマネギ炒めは
「ここまでやるんだ」というゴールが、
なんとなく見えてますからね。
糸井
「とろ火でキツネ色にしよう」みたいな。
そして、
「すこしでも急いだら俺の魂が入らなくなる」
って思い込んで、
「わたしが手伝おうか?」とか言われても
「いや‥‥」とか言って(笑)。
水野
いいですねえ。
糸井
だけど、4時間とかやってるから、
「ここに何の意味があるんだろう?」
ということも、もちろん思うわけですよ。
水野
ああ、4時間もやってると
‥‥そうですね。
糸井
見た目もほとんど変わらないし。
そして毎回「もう無理だ」と断念するときが
やめるときなんです。
誰もそんなこと言ってないんだけど、
自分のなかでは「火を強くしたら負け」。
水野
はい、はい。
自分との戦いみたいになってたというか。
糸井
そうなんです。
あとはスパイスのほうも、最初は
スーパーの「紀ノ国屋」で売ってる
スパイスセットみたいなものを買ったのかな。
あと足りなさそうなものは、瓶で買ったり。
だけど、知識そのものが足りないですから、
柴田書店(料理の専門書の出版社)の
『カレーの店を開くには』みたいな本を買って‥‥。
水野
そういう本、ありますね。
糸井
そうやって、いろいろやっていたんです。
だけど、どうも違うんです。
それでどんどん、
「あたくしのカレーには秘密がありますのよ」
と言って、隠し味として
インスタントコーヒーやチョコレートを
入れる人みたいに考えるようになって。
そして最後のほうは、
スッポンスープになったんです。
水野
できあがりがスッポンスープ?
糸井
いや、スッポンスープの高いやつを買って。
水野
ああ、それを入れることにした。
そこまでたどりついたと。
糸井
隠し味をスッポンスープにするわけです。
つまり、
「旨いに決まってるものを加えればいい」
というふうに。
水野
それはある意味、
「自助努力を放棄した」ということですね。
糸井
(笑)そうそう。大人買いみたいな。
水野
それはもう大人の判断ですね。
糸井
そして、鶏のすごくいいスープよりも
スッポンスープのほうが値段が高いぶん、
なんとなくおいしく感じるという。
水野
はい(笑)。
糸井
なおかつ、カレーと漢方薬は
元が同じものが多いなと思ったんで
漢方エキスみたいなものを入れて‥‥。
詳細はもう忘れちゃったけど、
とにかく黒歴史ですよ。
「謎にすればおいしいんだ」と思ってたわけ。
一同
(笑)。
糸井
だけど、カレー自慢の奥様方の話も、
よーく聞いてみるとけっこう
「謎にすればおいしい」だったりするんです。
ぼくは、それのひどいやつになってて。
水野
奥様方にはなかなか
スッポンスープは買えないですからね。
糸井
買ったら怒られますからね。
ぼくは買います。
そうやってうまいカレーができたかというと、
ぜんぜんダメでしたけど。
(つづきます)
2016-04-30-SAT
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN