11月9日に親しらずを抜いてから一週間
毎日しっかり抗生物質をのみつづけ、
体調をくずすこともなかったので、
かかりつけの歯医者さんで
抜糸をしてもらうことにしました。
じつは縫合されたのが
黒くて太いテグスのような糸で、
切り口がちくちくしていたので
抜糸をこころまちにしていました。
抜糸は、麻酔をかけられることもなく、
ほんとうに5分とかからずに
おわってしまいました。
糸をくいくいとひっぱられるときは
すこしだけ痛みます。
この痛み、なにかに似ているなと思ったら
‥‥思い出しました。
小学生のとき、私は湖に釣りにでかけました。
うしろで釣っていた友人が
つりざおをぶんと振りました。
宙に弧を描き飛んでいった釣り針は、
湖にポチャンと着水‥‥しませんでした。
釣り針はどこにいったのでしょう?
そのとき、たまたま私は、
大口を開けておりました。
なぜ大口を開けていたのが、
いまとなってはまったく思い出せません。
釣り針は、私の口に引っかかりました。
そう、私は、釣られてしまったのです。
岩場の陰から食いつけば
それは小さな釣り針だったときの
たいやきくんの気持ちが、
ちょっとわかりました。
抜糸の痛みは
そのときの痛みに似ています‥‥。
わかりにくくてすみません。
抜糸をおえ、先生から
いいペースで回復していると
太鼓判をいただきました。
これにて、右側の親しらず
抜歯完了! です。
病院での治療はもうないので、
すこし凹んだままになっている
歯茎の回復をまつばかりです。
抜歯をおえて、普段通りの日々にもどりました。
冷えピタをはることもないし、
マスクも必要ないのはさわやかです。
まだちょっと細かい粒のものは
たべにくいですが、
糸がなくなったので、
だいぶ快適にごはんが
たべられるようになりました。
‥‥そんなときです!
思いもかけないような、
まったくもってほんとうに
予想もしなかったようなメールが、
読者の方から届いたのです。
そこには、短く、こう書かれていました。
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やまかわ様
新潟には 「おやしらず駅」 もあるんですよ。
(マリヲ) |
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ガーーーーン!!
なんていう予想外の知らせ!!
こう見えても私、
全国主要都市の鉄道を網羅した
「ほぼ日手帳」のオプション、
「ほぼ日の路線図」を担当しております。
全国のおかしな名前の駅などにも、
そうとうくわしくなったつもりでした。
ですが、「おやしらず」なんていう駅は、
聞いたこともありませんでした。
なんだか、ちょっと悔しい。
「駅」も「おやしらず」も、
自分の分野であるはずなのに!
なぜか、ムキになる私がいました。
グーグルマップで見てみると
日本海沿岸に駅があるようです。
新潟にいったことがなかったので、
どんなところなのかも
さっぱり想像がつきません。
大きな地図で見る
調べてみると東京からは
電車で3時間半くらいかかるみたいです。
けっこう遠いけれど、気になる‥‥。
理由はうまく説明できませんが、気になる‥‥。
でも、冷静になって考えてみましょう。
親しらずを抜いたからって
「親不知駅」に行くって
ちょっとヘンですよね?
いくら親しらずのコンテンツを書いてるからって
そこまで取材にでかけるってやりすぎですよね?
電車も1時間に1本しかないし。
なんか、さみしそうな駅だし。
お金も時間もかかるし‥‥。
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やまかわ様
新潟には 「おやしらず駅」 もあるんですよ。
(マリヲ) |
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あれこれ思い悩みながら、
いただいたメールを何度も眺めていました。
‥‥呼んでいる!
‥‥おやしらず駅が!
‥‥日本海まで来いと!
そのあらがいきれぬ衝動を
思い切って周囲に打ち明けたところ、
なんと、「行けばー?」の嵐!
というか当然のように「行くでしょ」という反応!
ああ、うちの会社って‥‥。
そうと決まれば、話ははやい。
旅立ちましょう、新潟へ。
片道3時間半かかるので、
往復7時間ほど電車にのることになります。
旅の目的はあくまでも
「せっかく親しらずを抜いたので、
おやしらず駅がどんなものなのかいってきて
写真をとってくる」
ということなので、日帰りでいいと判断しました。
そんなマニアックな旅についてきてくれる
奇特なひとがいるわけもなく、
11月21日土曜日、秋の3連休の初日、
女ひとりで行ってきました。
新潟県糸魚川市の親不知駅。
大阪のおかあさん、みちこはげんきです。
さて、当日。
いつもよりかなり早起きして、
上越新幹線に乗り込みます。
しらべてみて、一番はやい時間に親不知駅につく
新幹線にのることにしました。
東京駅から1時間15分ほどで、
最初の乗り換えポイント、
越後湯沢駅につきました。
人、人、人の大混雑。
秋の行楽にでかける人たちで賑わっていました。
ここで、「特急はくたか」にのりかえます。
乗車率は軽く100パーセントをこえています。
ものすごくこの列車はこみあっており、
自由席はもうぱんぱんです。
見送って1本あとの列車に乗る乗客も
多かったのですが、
ここで1本みおくると
到着が1時間以上おくれてしまうので、
立って乗車します。
1時間に1本しか電車がこない、親不知駅。
すごく寂しい駅を想像していたのですが、
こんなに人が乗っている列車の沿線にあるのです。
もしかしたら、このなかの何人かは
親不知駅に行くのでは? と思って、
ちょっと期待が高まります。
1時間15分ほどのると、
二度目の、乗り換えポイント、
糸魚川駅に到着しました。
ここで北陸本線の各駅停車にのりかえます。
糸魚川駅、なかなか大きな駅ですよ。
ここから10分ほどで、親不知駅です!
なんとなく弊社社長を彷彿とする駅看板です。
昔からずっとあるのか、歴史を感じさせる車庫がありました。
特急をおりて、
各駅停車をまちます。
特急はもう人がいっぱいで
一度も座ることができなかったので
ちょっとへとへとでした。
北陸本線の各駅停車の電車は
ややレトロな雰囲気でした。
みょうにドアが長いのがわかるでしょうか。
階段を二段おりて、ドアをあけて降車します。
むかし、寝台列車だったなごりで、
上にベットとしてつかわれていた箱がついています。
このせいで、みょうに天井が高いです。
普段あんまり乗ることのない、
めずらしい車体の列車にのると
がぜん旅情がこみあげてきます。
が、さっきの特急ではあれだけたくさん乗っていた
人がめっきりすくなくなりました。
‥‥大丈夫かなあ。
せっかくここまで来たからには、
ぜひ、駅名の入った看板をバックに
記念写真を撮りたいところです。
先ほど申しましたように女ひとり旅ですから、
だれかに写真を撮ってもらわなければなりません。
どうなることやら‥‥。
日本海です! ざばーん!
10分ほど各駅停車にのると、
つきました!
親不知駅です!
ほら! ほら! 親不知駅! ほら!
着いた‥‥とうとう、着いた‥‥。
万感、胸に迫り来る私を
まったく気にすることなく(そりゃそうですね)、
電車はあっさりと去っていきました。
無人駅なので、発車のベルすら鳴りませんでしたよ。
さっていく各駅停車。
ホームがむちゃくちゃ細いです。
さて、あたりを見回しますが、
人はひとりもいません。
いちおう、親不知駅と自分の
記念写真をとりたいので、
人を探しがてら、駅を散策します。
電車は1時間に1本。
12時台は1本もないことに、
このときは気づかなかった‥‥。
ラーメン屋さんの食券販売機ではありません。
こう見えて、電車の切符を売っています。
券売機のとなりの黒電話は
なにか困ったことがあったときの緊急用。
この券売機のきっぷは自動改札をとおれないそうです。
駅の外観。
二階建てのおうちみたいですが、
駅員の方が寝泊まりしたりするのでしょうか。
重厚な駅の表札。
妙に手書き風で、味わい深い。
調べてみたところ、大正元年からある
駅らしく、なかなか
雰囲気のある駅舎です。
‥‥が、やはり、人がいません。
どうしたものか。
だれもいない。
ほんとうに、だれもいない。
しかたありませんので、
自分で写真をとることにしました。
ふたつあるホームの片方にカメラをおいて
カメラのセルフタイマーを使います。
手前のホームの地面に
カメラをおいて、シャッターをおします。
はしります、はしります。
ものすごくはしって、
ぱしゃっ!
すごくあせって走ったわりに
静止しているわたし。
大阪のおかあさん、みちこはげんきです。
撮れました。
これができれば今日の取材の目的は
ほとんどはたしたようなものです。
一応、駅の看板とも一緒にとります。
女子高生ばりに、
手でカメラをもって、じぶんのほうに向けて撮りました。
大阪のおかあさん、みちこはげんきです。
さすがに自分撮りをするのは
はずかしいですね‥‥。
確認して、おやしらず、とよめないので
看板の字がうまくうつるように
とりなおそうとしたとき。
あ。
むかいに人がいる!!
むかいの高速道路の工事を
している人がいるではありませんか。
と、とつぜんはずかしくなってきました‥‥。
ですが、とてもじゃないけど
写真をお願いできる距離ではありません。
やけくそになって
「おーーい」と手をふると、
「おーーい」と手をふりかえしてくれました。
旅のふれあいですね。ちがいますか。
さて、目的は果たしました。
すみやかに帰ろうかと思いましたが、
おなかがすきました。
なにしろ、あさ6時に起きて、
もう11時すぎです。
もちろん、まったくあてはありませんが、
とりあえず歩いてみることにしました。
しばらく歩くと、こんな看板がありました。
なにかごはんがあるかも。
普段車にのらないので、道の駅といわれても
あまりぴんときませんが、
たぶん、なにか名物とかを
食べられるのではないかと期待しました。
すると、なんていうことでしょう、
突然、雨がふってきました。
無情。「はじめてのおつかい」ばりの展開。
さすが、北陸なので、
すこし、東京よりさむいです。
小走りでつきました。
「親不知ピアパーク」。
「OYASHIRAZU」のローマ字表記がレア。
どうやら、今日はいくら丼がおすすめみたいです。
豪快! だけど、数量限定!
やったー、ごはんがたべられる!
うれしいです。
さっきまでひとっこひとり見ませんでしたが、
道の駅にはちらほら車で来た人々が
ごはんをたべていました。
食券を買っていくら丼を注文します。
おいしそう! 豪快だし、数量限定です。
いただきまーす。
‥‥。
お、おいしいですー。
いままで食べたいくらの中で
もっとも皮が「ぷりっ」としていて
はごたえがとてもあります。
ごはんも、
米どころだからなのでしょうか、
むちゃくちゃおいしいです!
ああ、満足。
さーて、かえろうかな、と
おもったところ、
時刻表をみてびっくり。
1時間に1本のはずの電車が
12時台にはまるっきりなく、
次の電車は13時15分でした。
お、お昼やすみでしょうか。
あと1時間先までありません。
とりあえず、豪雨の中
日本海を見に行くことにしました。
なにしろ、道の駅の横が、すぐ海岸です。
写真ではわかりにくいですが、
ものすごい豪雨であることをつけ加えておきます。
さしていた傘が風にあおられて
おちょこになりました。
ここで、13時すぎまで時間をつぶすのは
どうやら不可能です。
道の駅の中の、店に逃げ込みます。
いくら丼を食べたのとは
別の店にしました。
お食事処の、はしごです。
もう一軒いくぞー、もう一軒!
いくら丼の食堂よりあたらしそうな
レストランです。
コーヒーだけでも大丈夫なのでしょうか。
一面ガラスばりで晴れていれば、
オーシャンビューが望めそうです。
松任谷由実さんなら、
このシチュエーションすら
軽々と歌になさるでしょうか。
コーヒーをおいしくいただきました。
日本海を見に行ったせいで
すっかり体が冷えていたので
たすかりました。
ひとしきり、
豪雨の海をながめながらぼんやりします。
写真ではわかりにくいですが、
豪雨がみぞれに変わったことをつけ加えておきます。
山下達郎さんならそんな天候の変化すら
軽々と歌になさるでしょうか。
駅についたばかりの時は
全然人がみつからなくて
さみしい思いをしましたが、
高速道路を工事している人、
いくら丼をつくってくれた人、
コーヒーを煎れてくれた人、
そのほかたくさんの方と接したことで、
ずいぶん気分がなごみました。
東京からとおく新潟まできて、
思いのほか、リフレッシュしたように思います。
そろそろ電車の時間のようです。
親不知駅にもどることにしました。
帰り道、高架をあるきます。
みぞれまじりの心なら。
もともとは、
忙しかった仕事が一段落したことから、
軽い気持ちで踏み切った「抜歯」からでした。
学生のころからの忘れ物だった
「親しらず」から、思いがけず、
いろんなドラマが広がりました。
大学病院に予約をとったものの、
インフルエンザの予防接種をうけたばかりに、
抜歯が延期になったり、
こうしてコンテンツをやることになったり、
たくさんのメールをいただいたり。
読んでいただいたみなさま、
ほんとうにありがとうございました。
最後に列車の発車時刻が豪雨のおかげで
遅れたため、
駅をうろうろしていると、
よくユースホステルなんかにあるような、
訪問してきた人が記入するノートを発見しました。
読んでみると、だいたいの人が
「JR全駅のりつぶし」で来た、と
書き込んでいました。
ざっと目をとおしても、
だれも、「親不知駅」という
名前だからきた、という人はいません。
電車が近づいてくる音がします。
あわてて私も鉛筆をとりました。
今日ここにきた理由を走り書きで
記入しました。
2009.11.21
おやしらずを抜いたので
来てみました。
ほぼ日刊イトイ新聞 山川
(おしまい。
みなさま、ありがとうございました。
まだあと一本親しらずが残っているのですが、
そろそろ抜こうかとおもっているところです。) |