山下 |
チョウチョ、ですね。 |
引田 |
そう、アゲハチョウ。
毎年、部屋で羽化させてるんです。 |
山下 |
部屋で‥‥?
詳しく聞かせてください。 |
引田さんのビルが吉祥寺に誕生したのは、
2003年4月のことでした。
2階にギャラリー、1階がブティック、
地下にはパン屋さんというつくり。
僕は、ここのギャラリーに
もう何度も足を運んでいます。
展示される作品と、作家の選び方に、
ツボを押され続けているのです。
「このギャラリーのご主人は
カワイイもの好きに違いない!」
僕は、ひそかに
そう、にらんでいたのでありました。 |
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引田 |
自宅の庭にレモンの木があってね、
そこに成虫が卵を産みにくるんですよ。 |
山下 |
ああ、はい、アゲハの幼虫って
柑橘系の葉っぱを食べるんですよね。 |
引田 |
そうそう。
幼虫が育っていくのを
なんとなく楽しみに見てたんだけど、
これがねえ‥‥
大きくなって、もうじきサナギってころ、
きまって鳥に食べられてしまう。 |
山下 |
ああ。 |
引田 |
それで、ミカンの木の鉢植えを買ってきて
部屋に置いてね、
大きくなった幼虫を
そこに移すようにしたんです。 |
山下 |
なるほど。 |
引田 |
これは、カラスアゲハの幼虫で‥ |
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引田 |
こっちが普通のアゲハチョウ。 |
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山下 |
ははは、まじまじと見みると、
かわいらしいもんですねえ。 |
引田 |
でしょ?
でも、ダメな人はダメだよね。
とくに女性は多いでしょ、虫ダメな人。
だから‥‥いいのかな、こんな話で。 |
山下 |
あ、引田さんがカワイイと思う
お話をうかがえれば、それでいいんです。 |
引田 |
‥‥そう。 |
山下 |
はい。 |
引田 |
じゃ、あれも話そうかな‥‥。 |
山下 |
え? な、なんですか? |
引田 |
こいつのこと。こいつは特別でね。 |
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山下 |
特別? どこが違うんでしょう。 |
引田 |
アゲハの幼虫って、ほら、外敵が近づくと
ツノをピュって出すでしょ。 |
山下 |
はいはい、威嚇ですね。
イヤな臭いもするんですよね。 |
引田 |
ところが、こいつは僕が近づいても
ツノを出さなくなった。
最初は出してたのにだよ。 |
山下 |
ええ? な、なつくんですか? |
引田 |
そう(テーブルを叩く)、なつく! |
山下 |
なつくんだあ。
ああ、それはカワイイですねえ。 |
引田 |
うん、カワイイ‥‥。
で、これがまた秋の終りの幼虫でね。 |
山下 |
といいますと? |
引田 |
うちで越冬したの、サナギになって。
ほら。 |
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山下 |
そうかあ、冬の間ずっと
サナギで部屋にいたんですね。 |
引田 |
4か月くらいかな。 |
山下 |
そんなに。
ちゃんと羽化したんですよね。 |
引田 |
しましたよ。
越冬して成虫になったチョウはね、
弱ってるから
すぐには飛んでいかないんだよ。 |
山下 |
そうなんですか。 |
引田 |
春とか夏に部屋で羽化するやつは
すぐ飛んで逃げるけど、
こいつは1週間くらい、いたかな。
このサッシのそばがお気に入りでね。 |
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山下 |
はあー。
その1週間、エサはどうするんです? |
引田 |
ポカリスエット。
脱脂綿に含ませてやると、
吸うんだよ、チューチュー。 |
山下 |
はああー。
やっぱり怖がらないんですか。 |
引田 |
怖がるどころか、
まとわりついてくる。 |
山下 |
まとわりつく? ホントですか? |
引田 |
ほら。 |
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山下 |
す、すごい! |
引田 |
“手乗りぶん蝶”(笑)。 |
山下 |
こんなことって、あるんだあ。 |
引田 |
部屋の中でヒラヒラ遊んでる姿は、
ほんとにかわいかったねえ。 |
山下 |
でも、1週間後には
そとに放したわけですよね。 |
引田 |
放しましたよ。
天気のいい日を選んで。
それと、うちの庭にヒヨドリの夫婦がいて、
これベッカムってあだなつけてるんだけど、
そいつらがいないときをみはからってね。
窓をパーッと開けて、
さあ! いまだ、行け!って。
ところが、庭先の鉢植えにとまっちゃって
しばらく飛んでいかないんだよ。
写真撮ったんだけどね。 |
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山下 |
そ、そんなことしている間に
ベッカムが‥‥。 |
引田 |
そう、だからもう、このあと必死で、
おい! 何やってるんだ、行きなさい!って。 |
山下 |
行きましたか。 |
引田 |
ええ、飛んでいきました。 |
山下 |
ちょっと、ドキドキしました。 |
引田 |
それからしばらくは、
毎日同じ時間に窓を開けてましたねえ。
帰ってくるかもしれないと思って。
でも、帰ってこないんだよねえ‥‥。 |
山下 |
切ないですね。 |
引田 |
そう(テーブルを叩く)、切ない! |
山下 |
‥‥‥‥‥‥あの、引田さん、
お嬢さんがいらっしゃるんですよね。 |
引田 |
え? ああ、いますよ。 |
山下 |
おいくつ、ですか? |
引田 |
21になるけど。 |
山下 |
お年頃、ですよね。
もしかすると、すこし、
重ね合わせていらっしゃるのでは‥‥。 |
引田 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
引田 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥まあ、そこは、
好きにまとめてください。
僕は何も言わない。ノーコメント。
山下くんに、脚本家に、
おまかせします(笑)。 |
山下 |
はい(笑)。
きょうは、ありがとうございました。
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