カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

2月某日、やわらかい日差しの午後2時。
世田谷区成城の、閑静な住宅街。

羽鳥仁博さん(41)は、
訪れた僕をすぐさま2階へ案内すると、
小部屋の床に置かれた幅90センチの水槽を
無邪気な笑顔で、指さすのでありました。


第11回
スッポンモドキはカワイイ。



山下 うわー、す、すごい‥‥。
羽鳥 かわいいでしょ?
山下 こ、これは、カメですよね。
羽鳥 ほら、顔がね、かわいいんですよ。
山下 はー、すっごいです‥‥。
これ、なんという種類なんですか?
羽鳥 はい、スッポンモドキといいます。

羽鳥仁博さん(独身)の本業は、絵本作家。
本業のかたわら、某専門学校では
講師もつとめていらっしゃる41歳です。

さて、意表をつく生物を前にして、
山下はやや戸惑い気味です。
ひとつずつ、うかがっていきましょう。


山下 まずは、そうですね、
何年くらい飼ってるんですか?
羽鳥 もう、8年になります。
山下 8年も。それは情がわきますねえ。
羽鳥 はい。赤ちゃんのときは、手のひらに
チョコンと乗っかる大きさでしてねえ‥‥。
山下 大切なことを聞かなくちゃ。名前は?
羽鳥 ‥‥モモちゃん。
山下 え? モモ?
羽鳥 はい、モモ。
山下 あ、モモちゃんですね。‥‥ええと、
モモちゃん、エサは? 何を食べるんです?
羽鳥 ふつうに市販のカメのエサを与えてます。
山下 あの、それを食べてるところ、見れます?
羽鳥 はいはい、いいですよ。
じゃあ、入れますね。(エサをパラパラ)
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥食べませんね。
羽鳥 ‥‥そういえば、山下さんがいらっしゃる
すこし前に食べさせたばっかりでした。
山下 そうなんですか、残念。
羽鳥 あー、食べさせなきゃよかったなあ。
でも食いしん坊ですから、
きっとまだ食べると思うんですが‥‥。
山下 じゃ、待ちましょうよ。
その間にもう少しお話を聞かせてください。
モモちゃんとの、たのしいエピソードとか。
羽鳥 エピソード‥‥‥たのしくはないのですが、
危機一髪という事件がありました。
山下 それ、お願いします。
羽鳥 ‥ちょっと来ていただけますか。(廊下へ)
山下 え? あ、はい。(廊下へ)
羽鳥 (サッシを開け)ここで起きた事件なんです。
山下 はあ、このベランダで。
羽鳥 3年くらい前、水槽を掃除してたんです。
たらいに入れたモモを屋根の上に置いて、
僕はこっちで水槽を洗ってたんですね。
山下 はいはい。
羽鳥 そしたらバタンって音がしまして、見ると
モモが、たらいから這い出してるんですよ。
山下 危ない‥‥。
羽鳥 屋根をどんどん先端に向かって歩いてる。
ここは2階ですから、あそこから先はもう、
大変なことになるんです。
山下 はい、そうですよね。
羽鳥 そしてついに、モモが先端にたどり着いた、
まさに、その瞬間!
山下 はい!
羽鳥 落っこちたんです。
山下 え! き、危機一髪とおっしゃるから、
落ちないものだと思ってました。
羽鳥 まっさかさまです。
山下 大変じゃないですか。
羽鳥 僕がパニックになって降りてったら、
下ではモモがパニックになってる。
足がスパーッと切れてて‥‥。
山下 わ‥‥。
羽鳥 かわいそうに、病院で大手術でした。
ほんとうに、危機一髪だったんです‥‥。

「モモちゃん危機一髪」のお話をしてる
羽鳥さんは、とても辛そうでした。
少ししんみりしながら、
僕たちはモモちゃんのいる部屋へと
戻ってきたのでありました。


山下 あっ! 羽鳥さん。
羽鳥 どうしました?
山下 水槽のエサがなくなっています。
羽鳥 ‥‥僕らがいない間に食べてたんだ。
知らない人がいて緊張してたのかな。
山下 え、僕、警戒されていたんですか‥‥。
羽鳥 神経質なところも、あるんですよ。
山下 ‥‥‥そうですか‥‥。あの、羽鳥さん。
羽鳥 なんですか?
山下 モモちゃんを‥‥水から出すというわけには
いかないものでしょうか。
羽鳥 え? いま、ここでですか?
山下 はい。直接、触れ合ってみたいのです。
羽鳥 ‥‥‥‥‥‥‥‥うれしいです。
そんなふうに言っていただけて。
‥‥わかりました出しましょう。
山下 ほんとですか!
羽鳥 (ざぶんと水槽に手を入れ)いいですか、
じゃあ、出しますよ。
山下 は、はい!
羽鳥 よいしょ。(ばしゃあ)
山下 わ、わ、わあ! わあ!
羽鳥 ひとまず、たらいに入れます。
山下 ‥‥触ってもいいですか?
羽鳥 もちろん。
山下 で、では。
羽鳥 どうです?
山下 ぬるぬるしてるのかと思ったら、
けっこう固くてすべすべなんですね。
羽鳥 きれいでしょ。
ちょっと持ち上げますよ‥‥よいしょ。
モモ フーーー!
山下 あっ、すごい鼻息だ!
羽鳥 別名、ブタバナガメって言うんですよ。
山下 ははは、ブタバナって‥‥。
しかし、ずいぶんおとなしいんですね。
羽鳥 そう、穏やかなんです。
あ、ほら、事故の傷跡わからないでしょ?
山下 はい、きれいに治ったんですねえ。
(触る)ああ、足はやわらかいや。
羽鳥 近くで顔を見てやってくださいよ。
この顔がたまらないんですから。
山下 はいはい、どれどれ‥‥。
山下 ‥‥‥‥ああ! ほんっとだあ。
こりゃカワイイです。
羽鳥 よかったなモモ、山下さんがカワイイって。
山下 ぜひ頭をなでたいのですが。
羽鳥 え? ははは、どうぞどうぞ。
山下 噛みませんよね?
羽鳥 噛みません、ぜったいに噛みません。
山下 では。

モモちゃんを水槽に戻してから、
もう一度カメのエサを入れて、
僕たちは待つことにしました。
スッポンモドキのお話はもちろん、
絵本作りのお話などをうかがいながら。
男ふたり、
水槽の前の床にぺたりと座って‥‥。


羽鳥 ‥‥あ、山下さん、食べますよ食べますよ。
山下 え? しゃ、写真撮らなくちゃ‥‥。
羽鳥 はやくはやく、ほら。
山下 よし、いけ、食べろ!
羽鳥 やった、食べた! 写真は?
山下 ピンボケですが、なんとか。
羽鳥 やあ、よかったです。
山下 きょうはありがとうございました。
羽鳥 こちらこそ、たのしかったです。
‥‥はは、見てください、
モモ、山下さんに少しなれたんでしょうか。
山下 あ、こんな前に出てきてくれたんだ‥‥。

「また、遊びにくればいい」




今回は、じんわり、かわいかった。
羽鳥さん、
『ピピうみへかえる』(Amazonでの購入はこちら
『クータのくも』(Amazonでの購入はこちら
という2冊の絵本を出版なさっています。
心洗われる絵と物語に、
ぜひ触れてみてください。





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2004-02-18-WED

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