山下 |
うわー、す、すごい‥‥。 |
羽鳥 |
かわいいでしょ? |
山下 |
こ、これは、カメですよね。 |
羽鳥 |
ほら、顔がね、かわいいんですよ。 |
山下 |
はー、すっごいです‥‥。
これ、なんという種類なんですか? |
羽鳥 |
はい、スッポンモドキといいます。 |
羽鳥仁博さん(独身)の本業は、絵本作家。
本業のかたわら、某専門学校では
講師もつとめていらっしゃる41歳です。
さて、意表をつく生物を前にして、
山下はやや戸惑い気味です。
ひとつずつ、うかがっていきましょう。 |
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山下 |
まずは、そうですね、
何年くらい飼ってるんですか? |
羽鳥 |
もう、8年になります。 |
山下 |
8年も。それは情がわきますねえ。 |
羽鳥 |
はい。赤ちゃんのときは、手のひらに
チョコンと乗っかる大きさでしてねえ‥‥。 |
山下 |
大切なことを聞かなくちゃ。名前は? |
羽鳥 |
‥‥モモちゃん。 |
山下 |
え? モモ? |
羽鳥 |
はい、モモ。 |
山下 |
あ、モモちゃんですね。‥‥ええと、
モモちゃん、エサは? 何を食べるんです? |
羽鳥 |
ふつうに市販のカメのエサを与えてます。 |
山下 |
あの、それを食べてるところ、見れます? |
羽鳥 |
はいはい、いいですよ。
じゃあ、入れますね。(エサをパラパラ) |
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山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥食べませんね。 |
羽鳥 |
‥‥そういえば、山下さんがいらっしゃる
すこし前に食べさせたばっかりでした。 |
山下 |
そうなんですか、残念。 |
羽鳥 |
あー、食べさせなきゃよかったなあ。
でも食いしん坊ですから、
きっとまだ食べると思うんですが‥‥。 |
山下 |
じゃ、待ちましょうよ。
その間にもう少しお話を聞かせてください。
モモちゃんとの、たのしいエピソードとか。 |
羽鳥 |
エピソード‥‥‥たのしくはないのですが、
危機一髪という事件がありました。 |
山下 |
それ、お願いします。 |
羽鳥 |
‥ちょっと来ていただけますか。(廊下へ) |
山下 |
え? あ、はい。(廊下へ) |
羽鳥 |
(サッシを開け)ここで起きた事件なんです。 |
山下 |
はあ、このベランダで。 |
羽鳥 |
3年くらい前、水槽を掃除してたんです。
たらいに入れたモモを屋根の上に置いて、
僕はこっちで水槽を洗ってたんですね。 |
山下 |
はいはい。 |
羽鳥 |
そしたらバタンって音がしまして、見ると
モモが、たらいから這い出してるんですよ。 |
山下 |
危ない‥‥。 |
羽鳥 |
屋根をどんどん先端に向かって歩いてる。
ここは2階ですから、あそこから先はもう、
大変なことになるんです。 |
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山下 |
はい、そうですよね。 |
羽鳥 |
そしてついに、モモが先端にたどり着いた、
まさに、その瞬間! |
山下 |
はい! |
羽鳥 |
落っこちたんです。 |
山下 |
え! き、危機一髪とおっしゃるから、
落ちないものだと思ってました。 |
羽鳥 |
まっさかさまです。 |
山下 |
大変じゃないですか。 |
羽鳥 |
僕がパニックになって降りてったら、
下ではモモがパニックになってる。
足がスパーッと切れてて‥‥。 |
山下 |
わ‥‥。 |
羽鳥 |
かわいそうに、病院で大手術でした。
ほんとうに、危機一髪だったんです‥‥。 |
「モモちゃん危機一髪」のお話をしてる
羽鳥さんは、とても辛そうでした。
少ししんみりしながら、
僕たちはモモちゃんのいる部屋へと
戻ってきたのでありました。 |
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山下 |
あっ! 羽鳥さん。 |
羽鳥 |
どうしました? |
山下 |
水槽のエサがなくなっています。 |
羽鳥 |
‥‥僕らがいない間に食べてたんだ。
知らない人がいて緊張してたのかな。 |
山下 |
え、僕、警戒されていたんですか‥‥。 |
羽鳥 |
神経質なところも、あるんですよ。 |
山下 |
‥‥‥そうですか‥‥。あの、羽鳥さん。 |
羽鳥 |
なんですか? |
山下 |
モモちゃんを‥‥水から出すというわけには
いかないものでしょうか。 |
羽鳥 |
え? いま、ここでですか? |
山下 |
はい。直接、触れ合ってみたいのです。 |
羽鳥 |
‥‥‥‥‥‥‥‥うれしいです。
そんなふうに言っていただけて。
‥‥わかりました出しましょう。 |
山下 |
ほんとですか! |
羽鳥 |
(ざぶんと水槽に手を入れ)いいですか、
じゃあ、出しますよ。 |
山下 |
は、はい! |
羽鳥 |
よいしょ。(ばしゃあ) |
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山下 |
わ、わ、わあ! わあ! |
羽鳥 |
ひとまず、たらいに入れます。 |
山下 |
‥‥触ってもいいですか? |
羽鳥 |
もちろん。 |
山下 |
で、では。
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羽鳥 |
どうです? |
山下 |
ぬるぬるしてるのかと思ったら、
けっこう固くてすべすべなんですね。 |
羽鳥 |
きれいでしょ。
ちょっと持ち上げますよ‥‥よいしょ。 |
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モモ |
フーーー! |
山下 |
あっ、すごい鼻息だ! |
羽鳥 |
別名、ブタバナガメって言うんですよ。 |
山下 |
ははは、ブタバナって‥‥。
しかし、ずいぶんおとなしいんですね。 |
羽鳥 |
そう、穏やかなんです。
あ、ほら、事故の傷跡わからないでしょ? |
山下 |
はい、きれいに治ったんですねえ。
(触る)ああ、足はやわらかいや。 |
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羽鳥 |
近くで顔を見てやってくださいよ。
この顔がたまらないんですから。 |
山下 |
はいはい、どれどれ‥‥。 |
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山下 |
‥‥‥‥ああ! ほんっとだあ。
こりゃカワイイです。 |
羽鳥 |
よかったなモモ、山下さんがカワイイって。 |
山下 |
ぜひ頭をなでたいのですが。 |
羽鳥 |
え? ははは、どうぞどうぞ。 |
山下 |
噛みませんよね? |
羽鳥 |
噛みません、ぜったいに噛みません。 |
山下 |
では。 |

モモちゃんを水槽に戻してから、
もう一度カメのエサを入れて、
僕たちは待つことにしました。
スッポンモドキのお話はもちろん、
絵本作りのお話などをうかがいながら。
男ふたり、
水槽の前の床にぺたりと座って‥‥。 |
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羽鳥 |
‥‥あ、山下さん、食べますよ食べますよ。 |
山下 |
え? しゃ、写真撮らなくちゃ‥‥。 |
羽鳥 |
はやくはやく、ほら。 |
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山下 |
よし、いけ、食べろ! |
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羽鳥 |
やった、食べた! 写真は? |
山下 |
ピンボケですが、なんとか。 |
羽鳥 |
やあ、よかったです。 |
山下 |
きょうはありがとうございました。 |
羽鳥 |
こちらこそ、たのしかったです。
‥‥はは、見てください、
モモ、山下さんに少しなれたんでしょうか。 |
山下 |
あ、こんな前に出てきてくれたんだ‥‥。
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