山下 |
わあ(笑)、いいですねー。
で、名前は? 考えてきてくださいました? |
岩崎 |
はい。‥‥あの、北蔵、で。 |
山下 |
え? きたぞう? |
岩崎 |
北極北蔵としてみたのですが‥‥。 |
山下 |
ほっきょくきたぞう(笑)、男の子ですか。 |
岩崎 |
ええ、寒い感じの名前がいいかなと思って。 |
山下 |
すごくいいと思います。
では、僕も‥‥。 |
約束の時間より20分早く到着していた
山下哲(41)は、
北蔵がカバンにしまわれるのを確認してから
ジャンパーのポケットへ手を入れると、
体長約7センチの物体を取り出すのでした。 |
僕のおみやげアザラシもカワイイ。
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山下 |
アイちゃん。
もちろん、女の子です。 |
岩崎 |
アイちゃん! ああ、いい名前ですね。 |
山下 |
ありがとうございます。
とりあえず、動物園、入りましょうか。 |
『何かカワイイものありませんか』
広告のお仕事をなさっている岩崎さんに
そんなメールを出したのは
1週間前のことでした。
『こんなものはいかがでしょう』
と、すぐさまいただいたお返事には
小さなアザラシの画像が添えられていました。
「おや?」と思いました。
似たものが、僕の家にもあったのです。
岩崎さんはノルウェイでそれを買ったとか。
僕のは30年前にもらったアラスカ土産です。
どちらも北の、お土産アザラシ。
メールのやり取りをするうちに‥‥ 『僕たちのアザラシを
対面させませんか』
『どうせなら本物の
アザラシの前で!』
『各自アザラシに
名前をつけて集合!』
という展開になったわけです。
さあ、動物園に入った僕たちは意気揚々と
アザラシ目指して園内を進みます! |
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山下 |
‥‥かわいいなあ。 |
岩崎 |
生で見るのは初めてですよ。 |
山下 |
‥‥でも、岩崎さん、
本日のテーマからはまったく、これ
さっそくはずれてしまっていますね。 |
岩崎 |
ええ。でもせっかくの上野ですから‥‥。 |
結局、このあとも僕たちふたりは
様々な動物に見入ってしまうのです。
テーマからズレるので、そこは省略。
そうしてようやく、
海洋動物のゾーンにたどり着きました。
ところが‥‥。 |
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岩崎 |
山下さん(駆け寄り)、大変ですよ。 |
山下 |
どうしました? |
岩崎 |
いま係の人に聞いてきたのですが、
ここにはアザラシがいないのだそうです。 |
山下 |
え、えええ!?
だ、だって上野動物園ですよ、
いない動物なんているんですか? |
岩崎 |
アシカならいるそうです。 |
山下 |
アシカ‥‥。違いますよね、それ。 |
岩崎 |
はい。似てはいるけど別ものだと
係の人も言ってました。
アシカって、あったかい海ですよね。 |
山下 |
ああ‥‥それではもう決定的に
テーマからはずれてしまいます。
うーん‥‥じゃあ、じゃあ、そうだ!
これの前での対面に変更しませんか。 |
岩崎 |
これ? ああ、いいですね!
寒い雰囲気ですし。 |
山下 |
ここにしますか。 |
岩崎 |
はい、異存はございません。 |
山下 |
わかりました。
では‥‥準備はいいですか。
出会う瞬間をカメラにおさめますからね。 |
岩崎 |
大丈夫です‥‥いよいよですね。 |
山下 |
せえの、で同時に出しますよ。 |
岩崎 |
は、はい。 |
山下 |
いきますよ‥‥せえのお! |
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岩崎 |
‥‥やりました、対面しました。 |
山下 |
はじめまして、北蔵くん。 |
岩崎 |
え? ‥‥あ、こ、こんにちはアイちゃん。 |
山下 |
ははは‥‥やった。 |
岩崎 |
いやあ、ははははは。 |
山下 |
北蔵とアイちゃんに、
ペンギンを見せてあげましょう。 |
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岩崎 |
ああ、見てますねえ。 |
山下 |
ペンギンをバックに記念撮影も‥‥。 |
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岩崎 |
うれしそうだなあ。 |
山下 |
よかったです。
あ、一応アシカも見せておきますか。 |
岩崎 |
ええ、せっかくですものね。 |
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山下 |
ほおら、きみたちによーく似ているねえ。 |
岩崎 |
ははは‥‥。
あ、山下さん、あいつはどうします?
やっぱり、見せます? |
山下 |
ああ、あいつも「北」ですからねえ。 |
岩崎 |
そうですよね、見せておきますか。 |
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山下 |
うんうん、怖いねえ、怖いねえ。 |
目的達成!
ひと安心した僕たちは、
園内のレストランに入ると
各自ひとさらずつ
ミートソースを食べるのでした。
それから僕は、
未就学児がキャーキャー叫ぶ店内で
北極北蔵のお話をうかがうのです。 |
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山下 |
ええと、そもそもノルウェイへはどうして? |
岩崎 |
2年ほど前に、ひとりでヨーロッパの方を
まわってきたんですよ。 |
山下 |
おお、気ままなひとり旅ですか。 |
岩崎 |
まあ独身ですし。まとまった休みが
とれたこともあって、行ってきました。 |
山下 |
北蔵は、どこで? |
岩崎 |
オスロ近くの港町にある土産物屋で。
何十個もたくさん並んでましたよ。 |
山下 |
ひとめ見て気に入った感じですか。 |
岩崎 |
そうですねー、この瞳がねー。 |
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山下 |
ああ、黒目がちですねー。 |
岩崎 |
アイちゃんの瞳も、つぶらです。 |
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山下 |
そうなんですよ。
もらって30年というと、
その間に引越しとかもあるじゃないですか。 |
岩崎 |
はいはい。 |
山下 |
なぜこれを捨てなかったのかと考えると、
この、すがるような目なんですよ。 |
岩崎 |
ああ、わかります。
‥‥しかし、それにしても30年前ですか。 |
山下 |
北欧とかあっちの方では
きっと昔から定番のお土産なんでしょうね。 |
岩崎 |
時間と距離を越えて、2匹のお土産が
上野のペンギンの前でご対面‥‥。 |
山下 |
なんか、ちょっと良かったですよね。 |
岩崎 |
‥‥もう一度、対面させますか。 |
山下 |
あ、いいですね。 |
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岩崎 |
はは、見てるなあ。 |
山下 |
まずこうやって(動かす)
互いに匂いをかぐんですよね、獣は。 |
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岩崎 |
(笑)そうそう。 |
山下 |
あ、(動かす)もう仲よくなった。 |
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岩崎 |
はははは、アイちゃん活発ですねえ。 |
山下 |
でもアイちゃんはお年寄りなので(動かす)
すぐに、疲れて、寝てしまうのでした。 |
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岩崎 |
あはははは。 |
山下 |
(笑)いやあどうも岩崎さん、
きょうはお忙しい中ありがとうございました。 |
岩崎 |
あ、そうそう山下さん、
じつはこのお土産、友だちに配ろうと思って
いくつか買ってたんですよ。 |
山下 |
あ、そうなんですか。 |
岩崎 |
家にもう1匹いたので、これ、差し上げます。 |
山下 |
ええ! (受け取る)わあああああ。 |
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岩崎 |
おハル。 |
山下 |
え? |
岩崎 |
名前です、そのコの。
オーロラ・おハル。
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