カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

桜が終わったばかりの、晴れた土曜日。
世田谷区太子堂、午後1時。

平野博史さん(61)は、
店舗を兼ねたご自宅の庭へ僕を案内すると
アミのついた帽子を貸してくださいました。
それを頭からすっぽりかぶる山下哲(41)。

すると、ふいに小さな生き物が
僕の指先にチョンと、とまったのであります。


第15回
ミツバチはカワイイ。

山下 ひ、平野さん! 指に、指にとまりました。
平野 (笑)そうですか。
山下 こ、これは‥‥くすぐったいです。

「都心でハチミツをつくっている人がいる」
知人からそんな話を聞いて、
僕はいてもたってもいられなくなりました。
「それはさぞかしミツバチのことを
 かわいく思っている人に違いない」
早速ご紹介いただいた平野さんは、
「百花恵」という、国産ハチミツ専門店を
世田谷区の住宅地で営む方でありました。

さて、ハチの羽音に包まれる僕。
1匹ならブンブンでしょうが、
あまりにたくさんなので、もうワンワンです。


山下 平野さん、これ、さっきからずっと僕の指で
もぞもぞしているのですが‥‥。

平野 (笑)山下さんを気に入ったようですね。
山下 あの、刺しませんよね。
平野 大丈夫です、
そうしてるだけなら刺したりしません。
山下 なんか、ちょろちょろなめてます、指を。
僕から蜜は出ないのに。‥‥あ。
平野 どうしました?
山下 何匹か集ってきましたよ、ほら。

平野 よく見ると、かわいいもんでしょ。
山下 はい。ほんと、こんなに愛らしいとは‥‥。
ぜんぜん刺さないし。
平野 わたしでも刺されるのは年に一度くらいです。
滅多なことでは刺さないんですよ。
山下 そうなんですか‥‥。
ああ、このモコモコした背中がまた‥‥。
なでてやりたくなります。
平野 それは刺されます。
山下 ‥‥うーん、もどかしいですねえ。
平野 はははは‥‥。
じゃあ、ちょっと巣箱を開けてみますか。
山下 あ、はい。
お願いします!
平野 ‥‥よいしょ。

山下 わあ‥‥。
平野 山下さんは女王バチ見たことありますか?
山下 いえいえ、ありません。
平野 そうですか。いま探しますね‥‥。

山下 わ、わあ、うわあ、いやあ‥‥。
びっしり。スゴイなあ‥‥。
平野 この巣箱に1万2千匹いますからね。
ええと‥‥あ、山下さん、いましたよ。
ほら、このお腹が大きいやつ。

山下 わ、ほんとだ大きい!
平野 これが、女王です。
山下 大きい!
平野 やあ、見ていただけてよかったです。
山下 はい、ありがとうございます。
いいものが見れました。

こうして、ミツバチ体験は無事終了。
そのまま僕はお店のほうにお邪魔して、
ゆっくりお話をうかがうのでありました。
日本各地のハチミツを試食しながら。
りんご、アカシヤ、菩提樹、みかん、
そよご、もちの木、そば‥‥などなど。
それぞれに個性的な味わい。
口の中に、お花畑が広がりました。


山下 ‥‥で、いよいよこれが、
平野さんの家でとれたハチミツですね。

平野 そうです。食べてみてください。
山下 では。(食べる)
‥‥‥‥ああ、これが、世田谷の味。
平野 なかなか、いけますでしょ。
山下 はい、おどろきました。
都心でこんなおいしいのができるんですね。
平野 東京には、意外と花があるんですよ。
山下 これ、ゆずっていただけるのですか?
平野 いや、実はこれは販売してないのです。
巣箱ふたつだけですので、
そんなにたくさん量がとれなくて。
家族の分と、お店にいらしたお客様に
なめていただく分で終わってしまうんですよ。
山下 そうですか、ちょっと残念です。
平野 わたしの場合、養蜂家ではなくて
趣味で飼っているようなものですので。
山下 ‥‥ということは、ハチはペット?
平野 そうそう、イヌネコと同じですね。
山下 そうかあ、ペットですか‥‥。
当然ですが、かわいいですよね。
平野 ええ、なにしろ、けなげなんです。
朝早くから日没までせっせと働いて。
少しくらいの雨なら、出かけていくんですよ。
きょうは休んでいいよって言いたいくらい。
山下 いじらしいですねえ。
平野 はい。でも、そうやって働いても、
一匹のミツバチが一生で集める蜜は
小さなスプーンに一杯くらいなんです。
山下 え? じゃあ、さっきいただいたくらい?
平野 はい、そうです。
山下 ‥‥おろそかにはできませんね。
平野 ええ。
山下 ‥‥‥‥ん? これは?

平野 いろんな方がですね、ハチのグッズを
持ってきてくださるのですよ。
山下 ハチのステンドグラスも。

平野 それは姪っ子がつくってくれました。
山下 すごい、手作りですか。
あ、こっちはアイロンビーズですね。

平野 はい、それもまた別の姪っ子が。
山下 なんか、いいですねえ‥‥。
おや? これは?

平野 ああ、それは‥‥。
ちょっと‥‥外へ来ていただけますか。
山下 あ、はい。(ふたりで外へ)
平野 この看板なんですが‥‥。

山下 はい、このかわいい看板。
平野 わたしがキャラクターデザインをしまして
自分で木に彫ってつくったのですが‥‥。
山下 そんなこともやられるのですか?
平野 ええ。それで、このキャラクターが、
さっきの人形なのです。
山下 え、え?
あの、もう一度人形を見せてください。
平野 どうぞどうぞ。(ふたりで戻る)

山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥なるほど。
平野 女房がつくりました。
山下 奥様が。
平野 触覚と羽が、まだついてないのです。
山下 あ、未完成なんですね。
‥‥名前は、ないんですか?
平野 名前ですか、ああ、ちょっとつけてないです。
山下 つけてあげるといいですよね。
平野 ええ、そうですね。
山下 ‥‥‥メグミちゃん、でどうでしょう。
平野 え?
山下 「百花恵」の“恵”をとって。
平野 ‥‥メグミちゃん。
山下 どうでしょう?
平野 いやあ‥‥うーん‥‥。
山下 ‥‥じゃ、僕が個人的にメグミちゃんと
呼ばせてもらうのはいいでしょうか。
平野 (笑)それはもう、どうぞ。
山下 (笑)きょうはありがとうございました。


すこやかに、かわいかった。

国産のハチミツだけを扱う平野さんのお店
「百花恵(ひゃくかけい)」は、
三軒茶屋から徒歩約10分。
ほんとうに住宅地の真ん中にあるので、
散歩がてらのんびり探してくださいね。
お店へ行けば、平野さんとメグミちゃんが
出迎えてくれるはずです。

メグミちゃん完成予想図

「百花恵」
東京都世田谷区太子堂5−29−3
月曜定休 TEL/03-3410-8317




この連載のきっかけにもなった僕の本
「ファイヤーキング マグ図鑑」
 河出書房新社 1890円(税込)


コツコツと部数をのばし、
第3刷となりました。
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2004-04-14-WED

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