カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

4月下旬にしてはやや肌寒い、
ゴールデンウイーク前の金曜日、夜7時。
僕は、国立天文台の本部・三鷹キャンパスを
訪れていました。

渡部潤一先生(43)は、
暗証番号を入力するドアをいくつも開けて
施設の内部深くへと僕を案内していきます。
たどりついた一室、
デスクの上に置かれた1枚の大きな写真が
僕の目に飛び込んできました。


第17回
ほうき星はカワイイ。



山下 これはすごい‥‥。ああ、きれいです。
渡部 1997年のヘール・ボップ彗星ですね。

この数日前、ふと僕は思ったのです。
世に星の数ほどあるカワイイものの中には、
もしかして「星」もふくまれている? と。
思ってしまったらとまりません。
星を愛でる人がたくさんいそうな場所といえば、
天文台やプラネタリウム。
どうせならばと僕は、
トップ機関に取材をお願いしてみたのです。
「とりあえず、いらしてください」
と快諾してくださったのが、渡部潤一先生。
いただいた名刺には、
文部科学省 国立天文台
天文情報公開センター 助教授
そう書かれてありました。

さて、
渡部先生は、他の写真を見せてくださいます。
すこしクールに、さりげなく理知的に。


渡部 これがそのニート彗星です。
山下 は〜、ニート彗星というのですか。
渡部 え?
山下 は? な、なにか?
渡部 ‥‥ニート彗星の取材では、ない?
山下 ええと‥‥はい。
渡部 あ、そうですか、失礼しました。
最近はこれの問い合わせが多いので、
てっきりそうだとばかり‥‥。
山下 この彗星はそんなに話題なのですか。
渡部 ええ、10年に1、2度の大彗星なので。
山下 そうなんですか。
渡部 ゴールデンウイークが明けるころには、
おそらくだいぶ見えるようになると思います。
山下 肉眼でも?
渡部 見えますよ。
山下 すごい‥‥はっきり見えるんですか。
渡部 スッと、尾をひいているのもわかるはずです。
ああ、でも東京だとちょっときびしいかな、
空の状況にも大きく左右されますし‥‥。
ですが、そうですね、双眼鏡で見れば
たぶん見えると思います。
山下 双眼鏡? 天体望遠鏡じゃなくて。
渡部 望遠鏡はいらないです、双眼鏡で十分。
山下 ニート彗星ですか‥‥。
思わぬお話をうかがえました。
渡部 たまたま、タイムリーでしたね。
で? きょうはどういった?
山下 はい、あのですね‥‥。

僕は、このコーナーの主旨を
誤解のないようていねいに伝えました。
説明を聞くにつれ、渡部先生の表情が
徐々にくつろいだ笑顔へと変わっていきます。


渡部 ‥‥そうですか、かわいいものですか(笑)。
僕にご紹介できるものがありますかどうか。
山下 あの、渡部先生が先ほど僕に
コーヒーをいれてくださったこのカップ。
渡部 はい。
山下 それと先生が飲んでらっしゃる
そちらのカップ、これらは‥‥。
渡部 どちらも僕の私物です。
山下 ‥‥星が、かわいいですよね。
渡部 (笑)そうですか。
山下 ‥‥じつは僕、お会いした瞬間に、
先生はカワイイもの好きだと確信してました。
渡部 それはまた、なぜでしょう。
山下 ‥‥ネクタイを見てそう思いました。
渡部 あ、これですか。いやあ‥‥。
ええと、ちょっと待ってくださいね、
僕がかわいいと思うもの、ですよね‥‥。
山下 はい。
渡部 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
渡部 ‥‥‥‥あ、そうか。‥‥あのですね。
山下 はい(身を乗り出す)。
渡部 僕は、ほうき星と流星が専門なんですよ。
なので、彗星には深い思い入れというか
愛着のようなものは確かにあります。
山下 ほうき星ですね(さらに身を乗り出す)。
渡部 とりわけ、さきほどお見せしたニート彗星。
あれは2001年8月に発見されてから、
3年近く日本で見られなかったんです。
山下 位置の関係で?
渡部 そう、南半球でしか見られなくて。
それなのに噂や情報だけは入ってきて、
ずっとそわそわしてましたから‥‥。
山下 寄せる想いも、ひとしおですね。
渡部 もう、歯ぎしりしてました(笑)。
それに、ニートは、きれいなんです。
山下 え? とくにきれいということですか?
渡部 ご存知のように彗星は氷のかたまりですよね。
山下 ‥‥あ、はい(岩だと思ってた!)。
渡部 その氷にチリがふくまれていないほど、
きれいな彗星だと僕は思ってます。
山下 すみませんよくわかりません(正直に言おう)。
渡部 最初にお見せしたヘール・ボップ、
これはチリが多くふくまれた氷なので、
蒸発したガスと一緒にチリもたなびいて、
こんなに明るく光るんですね。
この、周囲でボーッと光ってるのがガスです。
山下 ああ、なんとなくわかります。
渡部 では、こちらを見てください。
山下 こ、これも彗星ですか?
渡部 イケヤ・チャン彗星です。
山下 いけやちゃん?
いけやちゃんという人が発見したのですか。
渡部 いえ、発見したのは、池谷という日本人と
張(チャン)という中国人です。
山下 す、すみません、
決してふざけているわけではないのです。
‥‥しかし彗星でも、ぜんぜん違いますね。
渡部 チリが少なく、ガスが多くたなびくほど、
こういうすっきりした形になるんです。
オタマジャクシ型と呼んでいますが‥‥。
山下 ほおんとだ、オタマジャクシ!
いけやちゃん(笑)、オタマジャクシですねえ!
渡部 (笑)おもしろいでしょ?
山下 ニート彗星も、オタマジャクシになると。
渡部 今後そうなる可能性は低くないと思います。
これはオーストラリアで撮られた写真ですが
運がよければ日本でも、
こんなふうな緑色に見えるかもしれませんよ。
山下 き、きれい‥‥。
渡部 ヘール・ボップのような
堂々としたほうき星もいいですけれど、
やはりオタマジャクシ型のほうが、
僕はかわいいと思うんです。
山下 ありがとうございました。


きらきらと、かわいかった。

さて、
ことし最大の天体イベントと言われる
ニート彗星の来日。
じつは5月4日ころからもう、
うっすらと見えているはずなのです。
とはいえまだまだ高度が低いので、
障害物の多い場所から見つけるのは
かなりむずかしいかもしれません。
見ごろは、5月9〜15日あたり。
条件さえよければ連日見られる可能性も。
ゴールデンウイークからしばらくは、
日が沈んだら西の空を要確認です。
見える位置は、下の図表を参考にしてください。
あ、念のため言いますと、
ほうき星は流れません。
流れ星とは違って、1カ所にとまって見えます。
それと、見えるかどうかはあくまでも
はっきりわからない、ということをお忘れなく。
彗星の明るさ予測はとても難しいとか。
まるで見えないこともあれば、
予想よりずっと明るく見える場合もある、
わからないのも、彗星の魅力なんですね。

図表作成/山下哲

高度のはかりかた
手を伸ばしてつくった握りこぶしの
下を地平線に合わせれば、
握りこぶしの上が約10度の方向。
30度なら握りこぶしを3つ分上です。
 画/山下哲

国立天文台
国立天文台のHPはコチラ
常時公開や展望会など、
国立天文台は「開いて」いるのです!
僕はこの夜、50cm望遠鏡で木星を見ました。
木星の縞模様に驚愕する41才。(撮影/係の若い人)

渡部先生の本
著書多数の渡部先生に、
親しみやすい本を自ら選んでいただきました。
「星と宇宙の通になる本」
(オーエス出版)
「星空を歩く」
(講談社)

SpecialThanks──画像提供
★ニート彗星2点/津村光則様
★その他の彗星画像/国立天文台


2004-05-05-WED

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