カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

6月のとある金曜日。
西武新宿線・新井薬師駅から歩くこと5分、
民家を改造した瀟洒な画廊に、僕はいました。
とても静かなお昼の12時です。

「入口の紫陽花がきれいでしたね」
南椌椌さん(53)はそう言いながら
高さ約15cmの物体をバッグから取りだすと、
僕の手のひらに、乗せるのでありました。


第21回
天使はカワイイ。


山下 あ、けっこうズッシリ重たいです。
そうですね、焼き物ですから。
それ、ベルになってるんですよ。
山下 ほんとうだ(鳴らす)。素朴な音です。
‥‥この天使は、どちらで?
倉敷のお店で買いました。
もう30年近く昔になりますが。
山下 そうですか、そんなに前に。
ずっとお部屋に飾っているのですね。
ええ。黒い土の風合いですとか、
この表情がまた、なかなかいいもので‥‥。
山下 ああ、やさしい顔ですねえ。

吉祥寺で料理店を経営しながら、
絵画、絵本、イラスト、テラコッタ製作など、
幅広いジャンルでご活躍中の
南椌椌(みなみくうくう)さん。
そのお名前をはじめて知ったのは、
2年半ほど前のことでした。
僕が脚本を担当した舞台のポスター画を
描いてくださったのが、南さんだったのです。
その舞台は、南さんがよくモチーフにする、
「天使」をテーマにした物語でありました。


そして、ことし6月。
“南さんの個展開催中”の情報を得た僕は、
「天使はカワイイというテーマで
 何かご紹介いただけませんか、ぜひ!」
と、ずいぶん強引に取材を依頼。
この日の初対面が実現したわけです。

山下 あの‥‥南さんにとって天使というのは、
やっぱりかわいい存在なんですよね。
はい‥‥。まあ、そうなのですが‥‥。
山下 え。‥‥な、なにか問題が?
いや、たしかにこの天使の像なんかは
僕にとってかわいい物ではあります。
あるのですが‥‥。
山下 は、はい。
「天使はカワイイ」と言いきるとなると‥‥。
山下 ‥‥ちょっと、違うのでしょうか?
天使そのもの魅力はカワイイだけじゃなくて、
ほかにもあると思うんですよ。
山下 と、いいますと?
‥‥怖い、一面とか。
どこかで悪魔と隣接しているような。
そういうイメージがまた魅力的なんですね。
‥‥あ、僕にとってはですよ。
山下 ‥‥なるほど。
でも、かわいいと思う部分も、同時に?
ええ、ありますけれど‥‥
「天使はカワイイ!」と叫ぶほどでは
ないのかもしれません、正直なところ。
山下 そうですか‥‥。
きわめて微温的なのです。
ですから、僕のこんなお話で
山下さんのコーナーが成立するのかと、
きょうはそれが心配で‥‥。
山下 いえ、率直におっしゃっていただけて
うれしく思います。
そうですか‥‥。
山下 ですが、ええと、南さんの作品には、
天使を描いたものが多いですよね。
そうですね、比較的多いです。
たとえば、こういうものとか。
山下 うっすらと背中に羽が。
おでこには桃があるでしょう。
ですからこれは、桃天使さんといいます。
山下 も、桃?
そう、ほら、これも桃天使さんですよ。
山下 ‥‥天使なのに、わっか、ないですね。
ええ、だって頭の上にわっかを描くと、
本格的なキリスト教の天使になるでしょ。
これは僕のイメージの天使なので。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥南さん、
やっぱり、僕はどーしてもこれらから、
かわいさばかりを感じてしまうのですが‥‥。
そうですよね、最高にかわいいですよね。
山下 え? ちょ、ちょっと待ってください、
こ、混乱しました。
ああ‥‥山下さん、
本物の天使と自分の作品は別ですよ。
僕が自分の天使をつくる場合には
ひたすら、とことん、かわいくします。
山下 あ、そうなんですか! なるほど、
モチーフとして怖い部分は魅力だけど、
作品でそれは強くださない。
悪魔と隣接はしないのですね!
「うっわ、これ、かっわいい!」と、
大声で叫びながらつくっていますから。
山下 叫ぶのですか!
はい、ひと作品ごとに。
山下 よかったあ‥‥。ひょっとしたら、
カワイイものがお嫌いなのかと‥‥。
(笑)そんなことないですよ。
自らメルヘン爺々と名乗ってるくらいです。
山下 よかったです。
南さんが、カワイイもの好きな人で。
コーナー、成立しますか。
山下 します。大丈夫です。
何よりです。
‥‥あ、そうだ、そうそう、まだありました。
(新聞紙に包まれたふたつの物体を取りだし、
 がさがさとその包みを開く)
僕がつくったものじゃないですが、
こいつはかわいいですよお‥‥‥‥ほら、ね。
山下 はあ〜。
メキシコで買ったテラコッタです。
あの国は、かわいい小物の天国なんですよ。
みてください、この素朴な顔。
山下 一見、雑にさえみえますが‥‥
つくろうとしてもできないんでしょうねえ。
そう、そういうのが好きなんですよ。
山下 羽があるので、これは天使でしょうか。
そう。これに出会ってからですね、
自分の作品に羽をつけるようになったのは。
山下 ああ、そういえば今回のこの個展にも、
天使のテラコッタがずいぶんありますねえ。
これ! 今回これがいちばんカワイイです。
山下 あ、ここにもいました。
ああ、いいなあ、いちばんいい。
山下 (笑)これは羽が4枚、普通の倍です。
倍だから倍カワイイ。当然いちばん。
山下 絵画でも、天使が描かれてますね。
いいでしょ? 墨絵。
山下 はい。味わい深いです。
で? これもいちばんで?
ああ、もちろんです。
山下 こっちの、お皿は‥‥。
カワイイです、ダントツですよ。
山下 (笑)素晴しいです、
ぜんぶいちばんなのですね。
なにしろつくるたんびに、
これがいちばんカワイイって思うので、
けしてウソではないのですよ。
山下 なるほど(笑)。
‥‥そうだ、いいこと思いつきました。
ベル天使にメキシコ天使に南さんの天使、
みんなで記念撮影をしませんか?
ああ、それはいいですね。
山下 並べましょう。
並べましょう。
山下 よいしょ。これを、ここに置いて‥‥重いな。
‥‥この子はここで、と。
山下 で、これが、ここ‥‥。
よしと、じゃあ撮りまーす。
いやはやどうも(笑)、お疲れさまでした。
山下 あ、あの南さん、
最後にひとつうかがってもいいですか。
なんでしょう?
山下 天使って本当にいると思いますか?
え? いますよ。
山下 いますか!
だって(笑)、天使はいますかって聞かれたら、
そりゃいるでしょって答えますよ。
山下 素晴しいです、
きょうはありがとうございました。


夢見たように、かわいかった。

南さんの、いちばんカワイイ絵本を2冊、
ご紹介させていただきます。
どちらも、ちっちゃな子供のためのご本です。
でもおとなも読むといいと思います。
僕はうっとりと読みました。

「にこちゃん」
(アリス館)

SpecialThanks
「土日画廊」
東京都中野区上高田3-15-2 TEL03-5343-1842


2004-06-23-WED

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