山下 |
僕も、まずこのパンダに足をとめられました。
ちょっと困ったような顔が、もう‥‥。
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森本 |
みんなから、ズルいって言われます(笑)。
最初からかわいいですからね、パンダは。
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数週間前、井の頭公園を散歩していた僕は
森本さんの絵に釘付けになってしまいました。
独特の、やわらかくて、やさしいタッチ‥‥。
男子42にして山下、一発でめろめろです。
よくみると、フリマのシートの上には、
「オーダーできます」という看板が。
さらにつよい興味を抱く山下哲。
勇気を出して話しかけてみれば、
イラストレーターの森本さんは30才。
オーケー、三十路を過ぎたらおじさんの部。
僕は勢い込んで取材をお願いしました。
そしてきょう、いよいよ取材の日です。
森本さんは、きれいに絵を並べ終えた様子。
お店の邪魔にならないよう、
オーダー絵についてうかがってみましょう。
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山下 |
週末は、いつもここでこうして?
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森本 |
はい、雨が降らなければ。
絵に興味のない普通の人が足をとめるような、
そんなものを描けるようになりたくて、
去年の8月から続けています。
‥‥あ、すみません自分のことばかり話して。
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山下 |
いえいえ、ぜんぜん大丈夫です。
どうか自由にお話ください。
それで、きょうはオーダーの絵について
くわしくお話をうかがいたいのですが。
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森本 |
あ、よろしくお願いします。
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山下 |
こちらこそよろしくお願いします。
つまりは、絵を注文できるのですよね?
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森本 |
はい、もう、その通りです。
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山下 |
それはだれでもできるのですか?
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森本 |
はい。
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山下 |
どんな絵でも?
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森本 |
どうしても苦手なものはやはり描けませんが、
注文されるかたはみなさん
僕のタッチを気に入って注文されるので‥‥
そうですね、お断りしたことはありません。
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山下 |
この場で描かれる?
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森本 |
いえ、ここではちょっと描けないので、
お話をうかがってから持ち帰って、
1ヵ月ほどお時間をいただいて描いてます。
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山下 |
なるほどお‥‥。
オーダーの絵を描かれるようになったのは、
なにかきっかけがあるのでしょうか。
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森本 |
はい。最初は普通にポストカードを
売るようなことだけしてたのですが‥‥。
ほら、フリマって似顔絵描く人がいますよね。
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山下 |
はい、よく目にします。
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森本 |
そういう人だと思われたのか‥‥
ある日イヌを散歩させているかたから、
「うちのワンちゃんを描いてくれませんか?」
って頼まれたんです。それがきっかけですね。
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山下 |
公園ですからイヌを連れている人、
いっぱいいますものね。
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森本 |
今でもワンちゃんを注文されるかたが
いちばん多いかしれません。こんな感じで。
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山下 |
あははは、いいですねえ。
‥‥ん? ああ! こ、これは!!
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森本 |
ロップイヤーラビットですね。
やはりペットの飼い主さんからのご依頼です。
うさぎ、お好きなんですか?
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山下 |
‥‥(放心状態)え? ああ、はい、とても。
ですが、うさぎの絵ならば
何でもいいというわけではないのです。
さじ加減があるのです。これはすごいです!
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森本 |
ありがとうございます。
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山下 |
もういちどみてもいいですか。
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森本 |
ええ、どうぞどうぞ。
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山下 |
ああ‥‥。
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森本 |
ペットの他にも注文はいろいろあるのですが、
次に多いのはやはり家族の絵でして‥‥‥‥。
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山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
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森本 |
あの‥‥。
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山下 |
え? ああ、すみません!
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森本 |
ほんとにお好きなんですね(笑)。
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山下 |
失礼しました。お話お願いします。
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森本 |
はい。家族の、お子さんの絵を
オーダーされるお母さんも多いです。
これですとか。
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山下 |
わ、これはうれしいでしょうねえ。
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森本 |
西原理恵子さんというかたのオーダーでした。
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山下 |
あ、漫画家の?
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森本 |
ええ、ご存知ですか。
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山下 |
もちろん。へえー、そうなんですかあ。
これも、どなたかのお子さんの?
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森本 |
いえ、これは20代前半の女性からのご注文で、
保育園で働くお友だちへのプレゼント用に、
子どもがテーマの絵をというオーダーでした。
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山下 |
そうですかあ、なんか、いいですねえ‥‥。
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こうしてお話しているあいだにも、
お客さんは次々お店にやってきます。
常連さんはもちろん、通りすがりの家族、
休日のOLさん。そして仲良しカップルも。
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山下 |
‥‥ふたりで仲良くカードを選ぶ姿、
ほほえましかったです。
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森本 |
恋人と一緒の絵を、という注文もありました。
ええと‥‥これですね。
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山下 |
ん? ピンクのゾウがいますよ。
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森本 |
その女性がよく井の頭動物園に
いらっしゃるかたで、
ゾウの花子がお好きなんです。
彼氏がディズニーランドのパレードで
サックスを吹いているお仕事なので、
彼の演奏を彼女と花子が聞いている感じで
というご注文でした。
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山下 |
いいなあ‥‥彼女からのオーダーですね。
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森本 |
はい、そうです。
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山下 |
男性からのオーダーというのは、
あまりないものなのでしょうか。
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森本 |
ええ、やはり少ないですが、
40代の男性からこういう依頼はありました。
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山下 |
‥‥‥‥‥‥カブ。
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森本 |
はい、スーパーカブがお好きな男性から、
哀愁を感じるカブを、とのご依頼で。
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山下 |
‥‥バイクって、難しくありませんでした?
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森本 |
何度も描きなおして‥‥修行になりました。
無機質なモチーフははじめてだったので。
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山下 |
やわらかいものがお得意そうですものね。
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森本 |
でも、これのおかげで世界が広がったんです。
かたいものも描ける、と。
たとえばこんな建て物とか。
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山下 |
はい、いい感じです。
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森本 |
「モジャモジャの家」という絵なのですが、
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山下 |
モジャモジャ?
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森本 |
ええ、これをオーダーされた女性が、
ツタがモジャモジャからまる家に住むのが
夢ということでして。
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山下 |
絵で先に夢をかなえたのですね。いいなあ。
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森本 |
あ、そうだ、さっきのスーパーカブの男性は
こんな絵もオーダーしてくださったんです。
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山下 |
ええとこれは、お母さん?
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森本 |
いや、その男性の奥さんです。
奥さんのお誕生日に贈る絵のご注文でした。
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山下 |
ああ、粋な男性ですねえ。
カブとか、自分の趣味だけじゃなくて、
ちゃんと奥さんにも‥‥。
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森本 |
ただ、僕がまだ独身なもので、
奥さんというのを絵でどう表現すればいいか
すごく悩みました。
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山下 |
それで、奥さんといえば‥‥。
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森本 |
はい。お掃除かな、と。
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山下 |
(笑)すてきな発想だと思います。
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森本 |
単純なんです(笑)。
でもよろこんでいただけたのでよかったです。
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山下 |
あ、森本さん、お客さまですよ。
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僕はすこし離れた場所へと移動。
お店の邪魔になってはいけません。
森本さんは、ひとつひとつていねいに、
絵の説明をお客さんにしていきます。
次々にやってくるお客さんひとりひとりに。
お客さんはみな、たのしいお話をしながら、
お気に入りの一枚をじっくり選びます。
それをまたていねいに袋にいれる森本さん。
しっとりした公園、ゆっくり過ぎる時間‥‥。 |
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森本 |
‥‥すみませんでした、お待たせしちゃって。
ええと、どこまでお話しましたっけ。
あ‥‥‥‥‥‥。
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山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
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森本 |
‥‥そんなにみていただけて、うれしいです。
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山下 |
‥‥森本さん!
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森本 |
は、はい。
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山下 |
僕、決めました。描いてください。
オーダーをさせてください!
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森本 |
は、はい。ありがとうございます。
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そうして僕は、
森本さんに描いてもらいたい絵のイメージを
あれやこれやと伝えるのでありました。
森本さんは、それを熱心に聞いてくださいます。
またすこしずつ、公園の時間は進みます。
残り少ない枯れ葉が絵の上に舞い落ちました。
絵が完成する1ヵ月先は、
きっともう冬が訪れていることでしょう。 |
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