芹沢 |
ふわふわひつじといいます。
|
山下 |
ふわふわひつじ。
いいですねえ、首からベルをさげて……。
スポンジケーキですよね。
|
芹沢 |
ええ、こういう型で焼くんですよ。
|
 |
山下 |
そうですかあ、これで。
|
芹沢 |
フランスのアルザス地方の窯で
つくられた型なんです。
ちょっと開けてみてください。
|
山下 |
はい(開ける)。‥‥‥‥わあ。
|
 |
芹沢 |
ね? ひつじでしょ?
|
山下 |
はい、みごとにひつじです。
‥‥あそこの棚にも型が並んでいますが、
あれもぜんぶ?
|
芹沢 |
そうです、現地で手に入れてきたのですが
それぞれにみんなちがうんですよ。
‥‥ちょっといくつかおろしてみますね。
|
山下 |
あ、すみません、お手数かけて。
|
芹沢 |
いえいえ(型をテーブルにおろす)。
‥‥よいしょっと、ほら、ね?
|
 |
山下 |
ほんとだあ。いやあ、おもしろいです。
‥‥しかし、ケーキもそうですが、
このお店にはひつじがいっぱいですね。
|
芹沢さんのお店の名前は「三月の羊」。
奥様の久子さんとおふたりで開かれている、
西荻窪の路地奥の、ちいさなお店です。
10名ほどでいっぱいになるカフェ、
ていねいにつくられたお菓子とパン、
雑貨や絵本も愛らしく並べられています。
「かっちんこっちん‥‥」
古い掛け時計の音が静かに響き、
大きな窓からは午後の光がやわらかく‥‥。
そんな、ゆっくりと時間が流れる店内で、
丸い眼鏡におひげがお似合いの芹沢さんから、
ひつじのお話をうかがってまいりましょう。 |
|
山下 |
こちらの、パンとケーキのなかにも‥‥。
|
 |
芹沢 |
いますでしょ?
|
山下 |
いますいます(笑)。ひつじパン!
|
 |
芹沢 |
卵をつかっていないプレーンなパンです。
|
山下 |
目と鼻が、干しぶどうで‥‥。
なんだか、きょとんとしてますね。
|
芹沢 |
そうですか(笑)。
|
山下 |
あ、こちらのお菓子もひつじで‥‥。
やっぱりきょとんとしてます。
|
 |
芹沢 |
はははは。
|
山下 |
ん? わわわ! これはなんでしょう?
|
 |
芹沢 |
それは、ラムラムといいます。
|
山下 |
ラムラム?
|
芹沢 |
メレンゲにすこしラム酒を加えまして‥‥。
|
山下 |
あ、それをひつじの顔にして、
Rum Lambというわけですね。これもまた、
ひとつひとつ顔がちがっておもしろいです。
|
 |
芹沢 |
その日の気分で変わっちゃうんですよ(笑)。
|
山下 |
‥‥あの、芹沢さん、
芹沢さんは、なぜこんなにも
ひつじ好きになられたのでしょう?
|
芹沢 |
そうですねえ‥‥。
母親が編み物教室をやっていて
家に毛糸がいっぱいあったので‥‥。
ひつじの質感とか色彩を好きになったのは
母親の影響かもしれませんねえ。
|
山下 |
ああ、小さいころから‥‥。
失礼ですが、芹沢さん、お歳は?
|
芹沢 |
37になります。
|
山下 |
ということは、干支は‥‥。
|
芹沢 |
ひつじ年でございます。
|
山下 |
そうですか! もしかして誕生日も‥‥。
|
芹沢 |
3月でございます。
|
山下 |
それでお店の名前が
「三月の羊」なのですね!
|
芹沢 |
(笑)はい、それもありますが、
ほら「八月の鯨」という映画がありますでしょ?
|
山下 |
はい、すてきな映画でした。
|
芹沢 |
それとか、フランス語でエイプリルフールを
「四月の魚」と言ったり‥‥。
何月の何々って響きが好きなんですよ。
|
山下 |
なるほどお‥‥。
ひつじ年で3月生まれのかたが、
こういうお店をなさっているというのは
とてもぴったりだし、すてきだと思います。
|
芹沢 |
ありがとうございます。
|
山下 |
ちなみに僕は「八月の寅」なのですが、
どんなお店をやるといいんでしょうね‥‥。
|
芹沢 |
「八月の寅」ですか‥‥‥‥。
|
山下 |
はい‥‥‥‥。
|
芹沢 |
そうですねえ‥‥‥‥。
|
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。
|
芹沢 |
‥‥‥‥‥‥ぎょうざ屋さん?
|
それから僕は、カフェコーナーで
ひつじパンと、ひつじのミルクと、
羊乳入りのチーズケーキをいただくことに。
芹沢さんが奥で用意しているあいだ、
山下は店内をきょろきょろ見渡しています。 |
|
山下 |
‥‥(奥に)芹沢さーん。
|
芹沢 |
(奥から)はい、なんでしょう?
|
山下 |
こちらに絵本がありますが、
これ、販売なさっているのですか?
|
 |
芹沢 |
ええ、そうですよ。
|
山下 |
絵本のコーナーもあるのですね‥‥。
|
芹沢 |
いや、コーナーといいますか、
そこが一軒の絵本屋さんなんです。
|
山下 |
え?
|
芹沢 |
「ねこひ」という名前の、
世界一ちいさな絵本屋さんです。
|
山下 |
「三月の羊」のなかに「ねこひ」という
絵本屋さんがあるわけですか。
|
芹沢 |
そうそう、そうです。
「ねこひ」の店長がいますでしょ?
|
山下 |
え? 店長? どこにですか?
|
芹沢 |
その、いちばん上の段の左に‥‥。
|
山下 |
ここですか?
|
 |
芹沢 |
そうです。のぞいてみてください。
|
山下 |
はい‥‥‥あっ! あははははは!
いました! 店長がいました!!
|
 |
芹沢 |
(奥から出てくる)お待たせしましたー。
こちら、ひつじパンと、ひつじのミルクと、
羊乳入りチーズケーキでございます。
|
 |
山下 |
わあ、ありがとうございます。
ひつじのミルクというのは初めてなので、
ぜひ、これからいただきます(飲む)。
‥‥ああ、濃いですねえ、動物の味がします。
|
芹沢 |
それでは失礼して(何かを取り出す)。
|
 |
「メエエエエエエ」 |
|
山下 |
な、なんでしょうか、それは。
|
芹沢 |
横にすると「メエ」と鳴く、
北海道のおみやげでございます。
|
山下 |
ははは、ありますねえ、そういうおみやげ。
|
芹沢 |
羊乳を召し上がった方には、
この特典がつきます。
|
山下 |
(笑)ほんとうですか?
|
芹沢 |
はい(笑)。で、きょうは特別サービスを‥‥。
|
山下 |
あ、そんなところにオルガンが‥‥。
|
 |
芹沢 |
(弾く)♪♪♪♪♪♪~♪♪♪~
|
山下 |
そのメロディは!
|
芹沢 |
せっかくですので「メリーさんのひつじ」を。
(弾いている)♪♪♪♪♪♪~♪♪♪~
|
山下 |
‥‥‥♪ひつじー、ひつじー、真っ白ねー。
(拍手)いやあ、ありがとうございます!
|
芹沢 |
そうだ、こんなのもあるんですよ。
(立ち上がり、長い棒をつかみ、
何かを首にぶら下げる)
|
 |
山下 |
それは?
|
芹沢 |
羊飼いの杖と、牧羊犬をあやつる笛です。
ニュージーランドから取り寄せました。
|
山下 |
す、すごいなあ‥‥。
|
芹沢 |
(笛をくわえる)ピュウイ~、ピュウピュウ。
|
山下 |
ほお~。
|
芹沢 |
ピュウ、ピロピロピュ~、
|
山下 |
ほほお~。
|
芹沢 |
ピュッピュッピュウウウウ~、
ピュウ、ピロロロロロロロロロロロ‥‥
|
「カランコロンカラ~ン」
女性のお客様がいらっしゃいました。
扉を開けて、きょとんとなさっています。
何事もなかったかのように接客する芹沢さん。
山下はテーブルへと戻り、
パンとケーキを完食してから支払いを済ませ、
混みはじめたお店を後にいたしました。
帰り道は、もうずいぶん冬。
家に着いた僕は、
あたたかいコーヒーを淹れると、
買ってきたおみやげをひとつ
ぽとんとカップに浮かべるのでありました。 |
|
 |
「きょうもたのしかったねえ」 |
|