山下 |
ああ‥‥きれいですねえ、
貝がらも、海も、ほんとにきれい。
来てよかったです。
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高沢 |
きょうは天気もいいし、気持ちいいよな。
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山下 |
はい。春ですね、もうすっかり。
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高沢 |
海もおだやか。春の海だ。
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この前日、僕は唐突に思い立ちました。
「春の海はきっと、他の季節よりずっと、
かわいい表情をしているに違いない」
高沢雄一さん(既婚・子供2名)は、
海の近くで暮らす僕の叔父さんです。
元歌手で、現在は居酒屋のオーナーを
なさっているちょっと変わった経歴の叔父さん。
僕の妻の母の弟という、やや遠い親戚。
やや遠いだけに、すこし遠慮がちに、
電話で取材をお願いしてみましたら‥‥
「おう、からだひとつでおいで」
とふたつ返事で引き受けてくださいました。
翌日、ハイウェイバスで駆けつけた僕を
叔父さんは早速海へと案内してくれました。
叔父さんの案内は、なんというか‥‥
そう、「やさしいマイペース」。
言葉少なにぽつぽつと語りながらも、
どんどん僕の前を歩いていきます。
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山下 |
そうですか、
やっぱり春の海はおだやかですか。
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高沢 |
いつもはもっと波が高いから。
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山下 |
そうですよね、
僕は勢いでここまで来たわけですが、
よく考えてみればここは鹿島灘ですものね、
波の荒さで名高い鹿島灘。
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高沢 |
ツいてるよな、山下くんは。
春の海はたしかに静かだけど、
こんな日ばかりじゃないからね。
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山下 |
はい、ラッキーでした。
ああー、きっもちいいなー!(背伸び)
‥‥サーフィンの人がいますね。
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高沢 |
あの人はだいぶ物足りないよな(笑)。
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山下 |
でしょうねえ、この波では(笑)。
‥‥ん? 叔父さん、これみてくださいよ。
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高沢 |
ああ、貝がらだね。
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山下 |
これちょっと、丸くてよくないですか?
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高沢 |
(笑)いっぱい落ちてるから、
おみやげにするといいよ。
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山下 |
はい(拾う)、そうします。
よし、海を背景に写真も撮っておこう。
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高沢 |
(デジカメをのぞき込み)お、いいじゃない。
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山下 |
午後の日差しがまろやかで‥‥。
‥‥あ! 叔父さん、ヒトデ!
ヒトデが落ちてました!!
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高沢 |
ほう‥‥。
いくらでも見かけるものだけど、
そうやってあらためて見ると、
なかなかいいもんだね。
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山下 |
かと思ったらほら、こんなのも。
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高沢 |
ははは、犬の足あと。
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山下 |
さっき散歩してる人がいましたよね。
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高沢 |
春の海に、犬の足あと。
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山下 |
‥‥なんか、いいですね。
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高沢 |
なんだか、いいよな。
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山下 |
‥‥春の海辺は、
かわいらしいものにあふれてます。
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しばし僕は砂浜できょろきょろと、
きれいな貝がらなどを探しては
拾い続けるのでありました。 |
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山下 |
こ、これはひょっとして‥‥。
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山下 |
(拾う)叔父さん‥‥‥‥あれ?
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山下 |
(貝がらを持って走る)叔父さーん。
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高沢 |
おう、山下くん、
こんなのがあったぞ(足元を指さす)。
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山下 |
え? な、なんでしょうこれ(拾いあげる)。
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高沢 |
フジツボ。
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山下 |
ふ、フジツボぉ?
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高沢 |
かわいくないけどな。大きいだろ?
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山下 |
は、はい、フジツボの概念が
根底からくつがえされました。
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高沢 |
おおげさだなあ(笑)。
で? 君はなにかみつけたの。
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山下 |
あ、これです(拾った貝がらをみせる)。
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高沢 |
はまぐり。
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山下 |
やっぱりそうですか!
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高沢 |
このあたりは天然物が捕れるからな。
うまいぞー、天然物は。
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山下 |
なるほどお‥‥‥‥おや?
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高沢 |
またなんかみつけたな(笑)。
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山下 |
(拾う)これは‥‥。
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高沢 |
ああ、なんてったっけそれ。
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山下 |
タコノマクラだ!
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高沢 |
そうそう、タコノマクラ。
たしかウニの仲間なんだよな。
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山下 |
はい。花びらが5つついてるような‥‥。
ああ、でも残念です。
これは真ん中に穴があいちゃってる。
きれいなの、ないですかねえ‥‥。
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高沢 |
そうか、そんなのがほしいんだ‥‥。
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山下 |
ええ、あればいいなと思います。
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高沢 |
‥‥あ! おい、あったぞ!(拾う)
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山下 |
え!? タコノマクラ?
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高沢 |
ちがうよ、ほら(手渡す)。
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山下 |
‥‥(受け取る)は、はまぐりだ!!
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高沢 |
ちっちゃいけどな(笑)。
ちゃんと中身も入ってる天然物だ。
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しばし僕は波打ち際できょろきょろと、
天然はまぐりとタコノマクラを
探し続けるのでありました。 |
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山下 |
叔父さん、なかなかないですね‥‥‥あれ?
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山下 |
(いろいろ持って走る)叔父さーん!
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波打ち際を走る山下哲、42歳。
オフショアの風が心地よく全身にあたります。
息を切らして追いつくと、叔父さんは
堤防のたもとのテトラポットの上に
すっくと立っておりました。
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高沢 |
よし、テトラをのぼるぞ。
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山下 |
はあはあ‥‥え? テトラ?
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高沢 |
そう、この堤防の先っちょで
はまぐり漁をしてる人がいるから。
よいしょ(ひょいひょいのぼる)。
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山下 |
わ、わかりました(もたもたのぼる)。
‥‥いろいろ持ってるもんだから(もたもた)、
どうもこの‥‥わわ、危な(もたもた)。
よいしょ、よっこらしょ‥‥
よっこいしょっと(堤防の上に出る)。
叔父さん、はまぐり漁って‥‥‥あれ?
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山下 |
(もたもた走る)叔父さーん!
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堤防を走る、42歳。
それはまるで、沖に向かって
羽ばたいていくような感覚でした。
堤防の先っちょでは、
叔父さんが漁師のおじさんと話しています。 |
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高沢 |
‥‥おう、山下くん。
ほら、みてみなよこれ。
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山下 |
‥‥え? ええ? これが?
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高沢 |
そう、天然はまぐり。
捕れたてを借りたの。大きいだろ?
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山下 |
は、はい、こんどははまぐりの概念が
根底からくつがえされました。
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それから僕と叔父さんは、
堤防から再び砂浜へ降りて
波打ち際をのんびり歩くのでありました。
歩きながら叔父さんは、
いろいろなお話をしてくださいます。
モテモテだった歌手時代のこと。
その歌手をスパッとやめて創業した
飲食店でのご苦労と成功の経緯。
自然が、海が、そして釣りが大好きで、
鹿島に家を建てて引っ越してきたこと。
ローズマリーという名前の
若くて美しい奥様のこと。
その奥様との間にうまれた
ふたりの男の子のお話、などなど‥‥。
太陽の光に、
すこしオレンジ色が加わってきました。 |
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山下 |
叔父さん、ほら、沖に大きな船が。
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高沢 |
‥‥ああ、いいねえ。
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山下 |
‥‥ほんとにおだやかですよねえ。
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高沢 |
べたなぎってやつだよな。
‥‥で、どうなの?
おみやげはいっぱいとれたの?
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山下 |
はい、これだけ拾いました。
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高沢 |
そう、取材は大丈夫?
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山下 |
ええ、もちろんです。
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高沢 |
ならよかった。
かわいいものの取材だなんていうから
どうしようかと思ったよ。
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山下 |
もう、ばっちりですよ。
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高沢 |
よかった。
じゃあ、ぼちぼち帰ろうか。
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山下 |
え‥‥‥‥。
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高沢 |
風もすこし冷たくなってきたし。
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山下 |
‥‥は、はい。
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高沢 |
(笑)なあんだよ、そんな悲しそうな顔して。
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山下 |
あんまりたのしかったものですから‥‥。
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高沢 |
またいつでも来なさいよ。
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山下 |
はい‥‥。
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高沢 |
(笑)だからそんなに悲しい顔しなくても、
海はいつでもここにあるから。な。
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山下 |
はい‥‥。
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高沢 |
‥‥ん? おう、ほら山下くん、
あったあった、あったぞ(笑)。
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山下 |
た、タコノマクラだ!!
(拾う)穴もあいてなくて完璧です!
でも、さっきのとずいぶん色がちがうけど、
もしかしてこれ、まだ生きてるのでしょうか。
おみやげに持って帰っちゃかわいそうかなあ。
叔父さん、これどう思いま‥‥‥‥あ。
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