カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

電車を乗り継ぎ、やって来たのは埼玉県入間市。
食品倉庫を兼ねたビルの2階に僕はいます。
そこは、とある会社の小さな事務所。
スタッフ4人のこじんまりしたオフィスですが、
働く方々の明るく誠実な空気が漂っています。

「まあ、そこにあるのが、そうですね」
高橋信さん(50)は、
非常に、非常に照れ臭そうな笑顔でそう言うと
窓辺に置かれた小さなマスコットを
さりげなく指さすのでありました。

第41回
落ちてたものはカワイイ。

山下 なるほど‥‥‥‥。
落ちていたわけですね。
高橋 ええ、落ちてました。
山下 そうですかあ‥‥‥‥。
この窓辺に並べてあるものはすべて、
拾ってこられたわけですか‥‥‥‥。
この日からすこし前のことです。
齊藤陽子さんという読者のかたから
こんなメールをいただきました。

=
わが事務所のおじさん(上司です)は、
道に落ちているものを拾ってきては
窓辺にズラリ並べてらっしゃいます。
それは小さなマスコットだったり、
ヒモの切れた携帯ストラップだったり‥‥。
その上司曰く
「道端に落ちてるものとか見っと
 オレみたいでほっとけないんだー」
ステキですよね。優しい方なのです。

僕はこの齊藤陽子さんという女性に
すぐさま取材のお願いをいたしました。
「ごくごく普通の職場で、ひそやかに
 カワイイものを愛でるおじさんに会いたい!」
これは僕のひとつの目標でもありましたから。

さて、
こうしてお会いした高橋信さん(既婚)は
予想していた通りの朴訥としたジェントルマン。
お仕事は、食品の管理と販売。
やや蒸し暑いこの日は、クールビズスタイルの
ノーネクタイで僕を迎えてくださいました。
ご出身が岩手県なので、
すこし言葉に訛りがございます。
そのイントネーションがまた温かで‥‥。

高橋 最初はおもしろいかたちの石っころを
拾ってたりしてたんですが、そのうちなんか
落ちてるマスコットが目に入るようになって。
まあ、いいかいいか、という感じで
拾うようになったんですねえ。
山下 いいかいいか、という感じで(笑)。
高橋 ええ(笑)。
山下 どういうところに落ちているのでしょう。
高橋 駐車場です、ほとんど。
あとは歩ってて道路っぱたで拾うとか。
んでもやっぱり、駐車場関係ですね。
山下 駐車場関係。
高橋 はい、駐車場関係。
山下 同じ駐車場ではなく、いろいろなところで。
高橋 そうですそうです。
車であちこちへ行きますので。
山下 落ちているものなのですねえ。
‥‥これなんか、かわいらしいです。
高橋 そうですか(笑)。
山下 ん? こちらは、これ、
こうなって落ちてたのですか?
高橋 いや、別々に拾いました。
なにしろ落ちてたもんですから、
そのトラなどは色がはげてたりしまして‥‥。
山下 いえいえ、そこが味わい深いです。
‥‥あ、こっちのこれ、
こういうのはよく落ちてるような気がします。
高橋 バスケットボール。
山下 ね、なんかポロッとそのあたりに
落ちていそうな。
高橋 そうですね(笑)。
山下 かと思うと、こちらは‥‥。
ちょっと待ってください、
写真を撮りますので‥‥ん? ああ、
うまく手にのりませんね‥‥よいしょっと。
のりました、こちら。
高橋 イルカですね。
山下 こおんなちっちゃなものが、
2匹ペアでばらばらにならずに
落ちてたなんてちょっとすごくないですか?
高橋 あ、それはそとで拾ったんじゃないんです。
山下 え? といいますと?
高橋 それはうちのせがれが、
ガチャンコでとってきて、
山下 ガチャンコ?
高橋 ほら、小銭いれてハンドルまわすと
オモチャの入ったカプセルが出てくる‥‥
山下 はい、わかりました、ガチャンコ。
高橋 息子がそのガチャンコが好きで、
なんかイルカが出てきたんだけど
本人イルカは気に入らなかったみたいで
うちのなかにほったらかしてたんです。
それを、いいかいいか、持ってきちゃえって。
山下 つまり、ご自宅に落ちていたと。
高橋 そうそうそう。
山下 そうですかあ‥‥。
それで、高橋さん、
高橋さんはそもそもなぜ、
こういったものを会社の窓辺に並べようと
思われたのでしょう。
高橋 んー、なんといいますか、
ここは私をのぞいた3名のスタッフが
みんな女性ですから、
ま、なんか、ちょっとアクセントになると
いいかなと思いまして‥‥。
山下 アクセント。
高橋 殺風景な事務所なのでね、
ちょっとこう、雰囲気が楽しくなるかなあと。
山下 なるほどお‥‥。
みなさんのご反応はいかがですか?
高橋 どうなんでしょう(笑)。
みんな何も言いませんよねえ。
こっちから聞いたこともありませんし。
どうなんでしょうねえ‥‥。
山下 ‥‥‥‥じつはですね、高橋さん。
高橋 はい。
山下 スタッフの齊藤陽子さんに
そのあたりをすこしうかがったのですが。
高橋 ええ。
山下 窓辺にすこしずつ増えていくマスコットを
みなさん、たのしみになさっているそうです。
高橋さんのお心遣いがうれしいと。
でも高橋さんはとてもシャイだから、
なるべく触れないようにしているそうです。
高橋 ‥‥そうですか。
お話をうかがっているのは事務所の窓際です。
3名の女性スタッフも、お仕事中。
僕たちが話す内容が聞こえているのかどうか、
それは定かではありません。
みなさん帳簿を記入したりFAXを流したり、
それぞれのお仕事をなさっています。

山下 ‥‥ところで高橋さん、
これらのマスコットが
それぞれ何者かは、ご存知でしょうか。
高橋 何者か、ですか。
山下 ええ、キャラクターの名前ですとか。
高橋 あ、それは、ぜんぜんわかりません。
山下 そうですか。
‥‥でも、これはおわかりになるのでは?
高橋 ‥‥‥‥クマの、プーさんとか?
山下 クマのプーさん! そうですそうです!
高橋 有名ですからね。
あとは、それとかもね。
山下 あ、こちらもおわかりで。
高橋 ドナルドダッグ。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
高橋 ドナルドね。
山下 ‥‥‥‥あ、はい。いや、あの高橋さん、
たいへん似てますがこれはドナルドではなく
トゥイーティというカナリアでして‥‥。
高橋 あ、そうでしたか‥‥。
山下 ‥‥いや、すみません、しったかぶりして。
そんなのどうでもいいことですよね。
‥‥では、話題を変えまして、
高橋さんがこのなかでいちばん好きなのを
教えていただけますでしょうか。
高橋 好きなのですか。
山下 ええ、いちばんかわいいのはどれでしょう。
高橋 ‥‥‥‥はてっ。(マスコットたちを凝視)
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
高橋 ‥‥‥‥こいつ(指さす)。
山下 これですか(つまみあげる)。
高橋 愛らしい。
山下 はい、いいですよねえ、そうですかあ(笑)。
‥‥あ、あれ? あれえ? た、高橋さん!
高橋 なんです?
山下 窓辺だけかと思ったら、こちら、
窓のそばの観葉植物にもマスコットが‥‥。
高橋 そうそう、ここにもね。
山下 ああ、なるほど、携帯ストラップなんかは
こうして木にぶらさげやすいわけだ。
高橋 まあ、そうですねえ。
山下 ‥‥こ、これは(木からはずして)、
坂本龍馬。
高橋 ええ。
山下 お好きなんですか?
高橋 いや、とくに。落ちてたので。
山下 そうですか‥‥。
クリップでぶらさげてるんですね。
高橋 社内にあったものを活用しました。
山下 こっちのヌイグルミもまた‥‥。
高橋 道路っぱたに落ちてました。
ぷっつり、ヒモが切れていて。
山下 どこかの女の子が
落としていったんでしょうねえ‥‥。
高橋 そうですねえ‥‥。
山下 ‥‥しかしそれにしましても、
こんなにいろいろ拾われて、すごいです。
しかも、おひとりで‥‥。
高橋 いや、ぜんぶが私ではないんですよ。
山下 え? そうなんですか?
高橋 そこにほら、
スカートのおばさん、いるじゃないですか。
山下 スカートのおば‥‥ああ、こちらですね。
高橋 それね、私、拾った記憶がないんです。
山下 記憶がない。
高橋 ほかにも記憶のないのが2、3個あるんです。
拾ったのを忘れたわけではなくて。
山下 ということは、もしかすると‥‥。
高橋 ええ、どうやらスタッフの誰かが、
こっそり足したんですねえ‥‥。
山下 誰かはわからない。
高橋 はい。誰が置いたの?とか、
そういう話はしないので。
山下 ‥‥‥‥いいですね、そういうの。
高橋 私のやってることに共鳴してくれたのかなあ
と、ちょっとうれしかったです。
山下 ‥‥高橋さん、
これからも拾ってくださいね。
マスコットがどんどん増えて、
この窓際が賑やかになるといいですよね。
観葉植物はクリスマスツリーみたいになって。
高橋 (笑)そうですねえ‥‥。
ですが、こればっかりはやっぱり
偶然からのいただきもんですから。
「高橋さーん、お電話でーす」
という女性スタッフの明るい声。
「では、こんなところで」
と電話口へ向かう高橋さん。

てきぱき働く総勢4名のスタッフを、
窓辺のマスコットたちは
それぞれの笑顔で見守るのでありました。




さりげなくて、じわじわと、
でもしっかり伝わるかわいさ、体感です。

いつもひとりで働く山下は、
会社っていいなあ、と思いました。

ネットをみない高橋さんに
このコーナーの主旨を説明し
取材の手はずを整えてくださった
読者の齊藤陽子さん、ありがとうございました。
‥‥もう、この場を借りていっちゃいましょう。
陽子さん、ご婚約おめでとうございます!
秋の結婚式では、お父さんのような高橋さん、
泣いちゃうかもしれませんねー。
おしあわせに!!

2005-07-06-WED

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