山下 |
なるほど‥‥‥‥。
落ちていたわけですね。 |
高橋 |
ええ、落ちてました。 |
山下 |
そうですかあ‥‥‥‥。
この窓辺に並べてあるものはすべて、
拾ってこられたわけですか‥‥‥‥。 |
|
この日からすこし前のことです。
齊藤陽子さんという読者のかたから
こんなメールをいただきました。
|
=
わが事務所のおじさん(上司です)は、
道に落ちているものを拾ってきては
窓辺にズラリ並べてらっしゃいます。
それは小さなマスコットだったり、
ヒモの切れた携帯ストラップだったり‥‥。
その上司曰く
「道端に落ちてるものとか見っと
オレみたいでほっとけないんだー」
ステキですよね。優しい方なのです。 |
僕はこの齊藤陽子さんという女性に
すぐさま取材のお願いをいたしました。
「ごくごく普通の職場で、ひそやかに
カワイイものを愛でるおじさんに会いたい!」
これは僕のひとつの目標でもありましたから。
さて、
こうしてお会いした高橋信さん(既婚)は
予想していた通りの朴訥としたジェントルマン。
お仕事は、食品の管理と販売。
やや蒸し暑いこの日は、クールビズスタイルの
ノーネクタイで僕を迎えてくださいました。
ご出身が岩手県なので、
すこし言葉に訛りがございます。
そのイントネーションがまた温かで‥‥。 |
|
高橋 |
最初はおもしろいかたちの石っころを
拾ってたりしてたんですが、そのうちなんか
落ちてるマスコットが目に入るようになって。
まあ、いいかいいか、という感じで
拾うようになったんですねえ。 |
山下 |
いいかいいか、という感じで(笑)。 |
高橋 |
ええ(笑)。 |
山下 |
どういうところに落ちているのでしょう。 |
高橋 |
駐車場です、ほとんど。
あとは歩ってて道路っぱたで拾うとか。
んでもやっぱり、駐車場関係ですね。 |
山下 |
駐車場関係。 |
高橋 |
はい、駐車場関係。 |
山下 |
同じ駐車場ではなく、いろいろなところで。 |
高橋 |
そうですそうです。
車であちこちへ行きますので。 |
山下 |
落ちているものなのですねえ。
‥‥これなんか、かわいらしいです。 |
|
高橋 |
そうですか(笑)。 |
山下 |
ん? こちらは、これ、
こうなって落ちてたのですか? |
|
高橋 |
いや、別々に拾いました。
なにしろ落ちてたもんですから、
そのトラなどは色がはげてたりしまして‥‥。 |
山下 |
いえいえ、そこが味わい深いです。
‥‥あ、こっちのこれ、
こういうのはよく落ちてるような気がします。 |
|
高橋 |
バスケットボール。 |
山下 |
ね、なんかポロッとそのあたりに
落ちていそうな。 |
高橋 |
そうですね(笑)。 |
山下 |
かと思うと、こちらは‥‥。
ちょっと待ってください、
写真を撮りますので‥‥ん? ああ、
うまく手にのりませんね‥‥よいしょっと。
のりました、こちら。 |
|
高橋 |
イルカですね。 |
山下 |
こおんなちっちゃなものが、
2匹ペアでばらばらにならずに
落ちてたなんてちょっとすごくないですか? |
高橋 |
あ、それはそとで拾ったんじゃないんです。 |
山下 |
え? といいますと? |
高橋 |
それはうちのせがれが、
ガチャンコでとってきて、 |
山下 |
ガチャンコ? |
高橋 |
ほら、小銭いれてハンドルまわすと
オモチャの入ったカプセルが出てくる‥‥ |
山下 |
はい、わかりました、ガチャンコ。 |
高橋 |
息子がそのガチャンコが好きで、
なんかイルカが出てきたんだけど
本人イルカは気に入らなかったみたいで
うちのなかにほったらかしてたんです。
それを、いいかいいか、持ってきちゃえって。 |
山下 |
つまり、ご自宅に落ちていたと。 |
高橋 |
そうそうそう。 |
山下 |
そうですかあ‥‥。
それで、高橋さん、
高橋さんはそもそもなぜ、
こういったものを会社の窓辺に並べようと
思われたのでしょう。 |
高橋 |
んー、なんといいますか、
ここは私をのぞいた3名のスタッフが
みんな女性ですから、
ま、なんか、ちょっとアクセントになると
いいかなと思いまして‥‥。 |
山下 |
アクセント。 |
高橋 |
殺風景な事務所なのでね、
ちょっとこう、雰囲気が楽しくなるかなあと。 |
山下 |
なるほどお‥‥。
みなさんのご反応はいかがですか? |
高橋 |
どうなんでしょう(笑)。
みんな何も言いませんよねえ。
こっちから聞いたこともありませんし。
どうなんでしょうねえ‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥じつはですね、高橋さん。 |
高橋 |
はい。 |
山下 |
スタッフの齊藤陽子さんに
そのあたりをすこしうかがったのですが。 |
高橋 |
ええ。 |
山下 |
窓辺にすこしずつ増えていくマスコットを
みなさん、たのしみになさっているそうです。
高橋さんのお心遣いがうれしいと。
でも高橋さんはとてもシャイだから、
なるべく触れないようにしているそうです。 |
高橋 |
‥‥そうですか。 |
お話をうかがっているのは事務所の窓際です。
3名の女性スタッフも、お仕事中。
僕たちが話す内容が聞こえているのかどうか、
それは定かではありません。
みなさん帳簿を記入したりFAXを流したり、
それぞれのお仕事をなさっています。 |
|
山下 |
‥‥ところで高橋さん、
これらのマスコットが
それぞれ何者かは、ご存知でしょうか。 |
高橋 |
何者か、ですか。 |
山下 |
ええ、キャラクターの名前ですとか。 |
高橋 |
あ、それは、ぜんぜんわかりません。 |
山下 |
そうですか。
‥‥でも、これはおわかりになるのでは? |
|
高橋 |
‥‥‥‥クマの、プーさんとか? |
山下 |
クマのプーさん! そうですそうです! |
高橋 |
有名ですからね。
あとは、それとかもね。 |
山下 |
あ、こちらもおわかりで。 |
|
高橋 |
ドナルドダッグ。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
高橋 |
ドナルドね。 |
山下 |
‥‥‥‥あ、はい。いや、あの高橋さん、
たいへん似てますがこれはドナルドではなく
トゥイーティというカナリアでして‥‥。 |
高橋 |
あ、そうでしたか‥‥。 |
山下 |
‥‥いや、すみません、しったかぶりして。
そんなのどうでもいいことですよね。
‥‥では、話題を変えまして、
高橋さんがこのなかでいちばん好きなのを
教えていただけますでしょうか。 |
高橋 |
好きなのですか。 |
山下 |
ええ、いちばんかわいいのはどれでしょう。 |
高橋 |
‥‥‥‥はてっ。(マスコットたちを凝視) |
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
高橋 |
‥‥‥‥こいつ(指さす)。 |
山下 |
これですか(つまみあげる)。 |
|
高橋 |
愛らしい。 |
山下 |
はい、いいですよねえ、そうですかあ(笑)。
‥‥あ、あれ? あれえ? た、高橋さん! |
高橋 |
なんです? |
山下 |
窓辺だけかと思ったら、こちら、
窓のそばの観葉植物にもマスコットが‥‥。 |
|
高橋 |
そうそう、ここにもね。 |
山下 |
ああ、なるほど、携帯ストラップなんかは
こうして木にぶらさげやすいわけだ。 |
|
高橋 |
まあ、そうですねえ。 |
山下 |
‥‥こ、これは(木からはずして)、
坂本龍馬。 |
|
高橋 |
ええ。 |
山下 |
お好きなんですか? |
高橋 |
いや、とくに。落ちてたので。 |
山下 |
そうですか‥‥。
クリップでぶらさげてるんですね。 |
高橋 |
社内にあったものを活用しました。 |
山下 |
こっちのヌイグルミもまた‥‥。 |
|
高橋 |
道路っぱたに落ちてました。
ぷっつり、ヒモが切れていて。 |
山下 |
どこかの女の子が
落としていったんでしょうねえ‥‥。 |
高橋 |
そうですねえ‥‥。 |
山下 |
‥‥しかしそれにしましても、
こんなにいろいろ拾われて、すごいです。
しかも、おひとりで‥‥。 |
高橋 |
いや、ぜんぶが私ではないんですよ。 |
山下 |
え? そうなんですか? |
高橋 |
そこにほら、
スカートのおばさん、いるじゃないですか。 |
山下 |
スカートのおば‥‥ああ、こちらですね。 |
|
高橋 |
それね、私、拾った記憶がないんです。 |
山下 |
記憶がない。 |
高橋 |
ほかにも記憶のないのが2、3個あるんです。
拾ったのを忘れたわけではなくて。 |
山下 |
ということは、もしかすると‥‥。 |
高橋 |
ええ、どうやらスタッフの誰かが、
こっそり足したんですねえ‥‥。 |
山下 |
誰かはわからない。 |
高橋 |
はい。誰が置いたの?とか、
そういう話はしないので。 |
山下 |
‥‥‥‥いいですね、そういうの。 |
高橋 |
私のやってることに共鳴してくれたのかなあ
と、ちょっとうれしかったです。 |
山下 |
‥‥高橋さん、
これからも拾ってくださいね。
マスコットがどんどん増えて、
この窓際が賑やかになるといいですよね。
観葉植物はクリスマスツリーみたいになって。 |
高橋 |
(笑)そうですねえ‥‥。
ですが、こればっかりはやっぱり
偶然からのいただきもんですから。 |
「高橋さーん、お電話でーす」
という女性スタッフの明るい声。
「では、こんなところで」
と電話口へ向かう高橋さん。
てきぱき働く総勢4名のスタッフを、
窓辺のマスコットたちは
それぞれの笑顔で見守るのでありました。 |
|
|