山下 |
漢字ですと、冬に眠る鼠、
「冬眠鼠」と書いて、
ヤマネと読むんですよね。 |
西村 |
ええ、そうです。
国の天然記念物に指定されています。 |
山下 |
ああ‥‥この、まるくなって冬眠する姿が、
ほんとにもう‥‥。 |
西村 |
ゴルフボールよりすこし大きいくらいです。 |
山下 |
そう! ちっちゃいんですよね、ヤマネは。 |
西村 |
からだが6センチ前後、
尾っぽが5センチくらいですね。 |
自然写真家・西村豊さんのことを知ったのは
10年ほど前、一冊の写真集がきっかけでした。
『ヤマネ 森に遊ぶ』
今でこそヤマネはわりと有名になりましたが、
「こんな生き物が日本にいたなんて!」
と当時の僕はたいへん驚いたものです。
その、おそらく日本ではじめて
ヤマネを一般の人々に紹介した写真家である
西村豊さんのご自宅まで、
思いが高じて山下は、この日とうとう
おしかけてしまったという次第。
ところで今回の取材は、
僕に同行してくれた方がいらっしゃいます。
それは、福田利之さん(38)です。
こちらの表紙を描いてくださった
イラストレータの福田利之さん(既婚)。
運転が未熟な山下を心配し、
わざわざレンタカー(軽)を借りて、
ドライバー役を引き受けてくださったのです。
途中、車を停めてはこのように、
フォト絵につかう写真を撮ったりしまして、
非常にたのしい道中だったのですが、
それはまた別のお話。
なにはともあれ、
ぶじ目的地まで到着した僕は、
西村さんのお話をうかがっております。
福田さんも僕のとなりで聞いています。 |
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山下 |
そもそものお話をうかがいたいのですが、
ヤマネを撮り続けようと思われたのには
やはり、何かきっかけが? |
西村 |
ええ、ありましたねえ‥‥。
ずっとホンドギツネを追いかけてたのですが
ある日、八ケ岳の山麓で野宿をしたんですよ。 |
山下 |
野宿、山の中で、おひとりで? |
西村 |
はい、夏の夜、暗やみの中、
シュラフに入ってこう、寝はじめたんですよ。
そしたら、どうも足元に何か気配を感じる。
起きあがってライトで照らしてみたんですが
何もいない。
で、また寝ようと思って
うっつらうっつらしていると、
また気配を感じる。
今度はそっとライトをつけてみたら‥‥。 |
山下 |
いましたか。 |
西村 |
シュラフの上にちいさな動物がちょこんと。
こっち向いてジーッとしてるんです。
その目が、特徴的だったんですよ。 |
山下 |
この目ですね。 |
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西村 |
そう、黒くてつぶらで、やさしい目で‥‥。 |
山下 |
その時まだヤマネのことはご存知でなかった。 |
西村 |
ええ、知りませんでした。
わ、これはネズミの顔じゃない!
なんだろうなんだろう、みたことない!
図鑑でもみた記憶はない。
いったいなんなんだろう‥‥と、
思わずふっと起きあがったら、
暗やみにササッと消えていったんです。 |
山下 |
‥‥そうですかあ。 |
西村 |
あの目が忘れられなかったんですねえ。
帰ってからいろいろ調べて、
ヤマネという動物だとわかりました。
それからはもう、明けても暮れても
やまねー、やまねーの毎日で。 |
山下 |
ずいぶん探されたんですか。 |
西村 |
まずは知ってる山小屋に、
「こういう動物がいたら教えてください」
と手紙を出したり電話をしたりしました。 |
山下 |
みつかりましたか。 |
西村 |
いやあ、山小屋の人たちは
「知らん、そんなもん」
「30年住んでるけどみたことない」
ですとか、そんなかんじで‥‥。 |
山下 |
そうでしたか‥‥。 |
西村 |
3年近くたって、やっと一軒の山小屋から
電話が来たんですよ。 |
山下 |
そこまでで、3年‥‥。 |
西村 |
で、行ってみましたら、
いるんですよ本物が。カンヅメの缶の中に。
山小屋に入ってきたのを捕まえたそうで。
あれは感動しましたねえ‥‥。
当然すぐ山へ放しましたが。 |
山下 |
え? 写真は撮らなかったんですか? |
西村 |
撮りたいのは森でくらす動物なので。 |
山下 |
‥‥ああ、そういえば、西村さんの写真集は
すべて森のなかのヤマネを写してましたね。 |
西村 |
ええ、自然のなかで、もう一度出会いたくて。
それでまた山小屋をたずねていくうちに、
「昔うちのじいちゃんが見た」
とかそういう話を聞くようになって、
私もいろんな山に入ってみたんです。 |
山下 |
空振りの日もありますよね。 |
西村 |
もちろんです。
というかほとんどが空振りですよ(笑)。 |
山下 |
でも、とうとう出会えたと。 |
西村 |
はい、いろんな情報を集めて、
私なりに経験を積んで、ここならいるかも
という場所で何日も見はっていたら、
やっとチラッとみえるようになりました。 |
山下 |
こんなふうに。 |
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西村 |
ああ(笑)、はい、そうですね。 |
山下 |
うれしかったでしょうねえ。 |
西村 |
ますますのめり込んでしまいました(笑)。 |
山下 |
とはいえ、やはりその後もそう簡単には
見つからないわけですよね。 |
西村 |
とにかくちいさいので‥‥。
この写真、ご覧になってください。 |
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山下 |
あ、このなかにヤマネがいるわけですね‥‥。 |
西村 |
写真集にはそういう見つけにくい写真を
何点か入れるようにしてるんです。
自然のなかではこんなふうですよってことも
伝えたいので。 |
山下 |
(探しつつ)ちいさいんですよね‥‥。 |
西村 |
カブトムシくらいです。 |
山下 |
(探す)ええと、うーんと‥‥。 |
福田 |
ここにいました(指さす)。 |
山下 |
あ! ほんとだ! いたいた(笑)。
‥‥福田さん、めざといですね。 |
福田 |
す、すいません! お話のじゃまをして。
あ、あの‥‥そうだ、僕はちょっと
そとで写真を撮ってますので‥‥。 |
福田さんは、玄関のそとへ。
気を遣ってくださったのだと思います。
「西村さんと僕をふたりきりにしなければ」
ずっとその機会をうかがっていたのでしょう。
取材は続きます。 |
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山下 |
やはりこの、ちいさいということが、
人々に知られずにいた理由なのでしょうか。 |
西村 |
それもあるかもしれません。
よく山小屋とか住宅にも入ってくるんですが、
ネズミだと思われちゃうんですよ。 |
山下 |
たしかに、家の中をチョロチョロしてたら
子どものネズミに見えます。 |
西村 |
‥‥そうするとね、駆除されてしまうんです。 |
山下 |
ああ‥‥。 |
西村 |
しかも、弱い動物なのに好奇心が強い。
ネズミは人を見るとすぐ逃げますが、
ヤマネはじっとこっちをみてますからね。 |
山下 |
そうなんですか‥‥。 |
西村 |
その上、ネズミと同じげっ歯目なのに、
多産種ではないんです。 |
山下 |
ネズミ算式に増えない。 |
西村 |
年に一度か二度、3〜5匹産むだけです。 |
山下 |
そうですか‥‥。
こちらにたいそう愛らしい
赤ちゃんの写真もありますね。 |
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西村 |
生後15日くらい、目がひらいたころです。
うまれてすぐは体重2グラムなんですよ。 |
山下 |
に、2グラム!
1円玉、2枚ぶんですか?! |
西村 |
これも生後15日くらい、
よちよち巣穴から出てきたところです。 |
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山下 |
ふわああ‥‥。 |
西村 |
20日くらいたつと
ずいぶん活発に遊びはじめますよ。
ほら、兄弟でレスリング。 |
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山下 |
ははははは、レスリング。 |
西村 |
遊びを通じて学び、
もちろん母親からも学ぶわけです。 |
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山下 |
家族で散歩してます(笑)。 |
西村 |
これはお母さんがつかまえたトンボを
子どもたちが食べているところです。 |
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山下 |
ひゃあ‥‥。しかしトンボと比べると、
いかにちいさいかがよくわかりますね。 |
西村 |
こうして母親から様々な知恵を教わると
やがて子別れの時期になるわけです。 |
山下 |
‥‥なるほど。
そうして季節も変わって、
どんどん冬に近づいていくと。 |
西村 |
はい、冬に冬眠するためには
体重を増やしておかないとだめなんです。
1.5倍くらいに。こんなかんじですね。 |
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山下 |
ほんとだ、まるまると‥‥。 |
西村 |
それで気温が10度以下になると、
動きがにぶくなり、冬眠をはじめます。 |
山下 |
これなんか、ぐっすり眠ってますねえ‥‥。 |
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西村 |
こうして数匹集まって冬眠することもあれば
一匹で冬眠するヤマネもいるんです。 |
山下 |
そうですか‥‥。ですが西村さん、
こういう枯れ葉を集めた巣ですとか、
木のうろのなかですとか、
温かそうな場所で冬眠するのはわかるのです。
でも、雪の中で寝ている写真がありますよね。 |
西村 |
ええ、こういうものですね。 |
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山下 |
はい‥‥う、うわあ、かわいい‥‥。 |
西村 |
これは写真展にいらした宮崎駿さんが
気に入ってくださった一枚なんです。 |
山下 |
そうですか、あの宮崎監督が‥‥。 |
西村 |
「雪の綿帽子をかぶったお地蔵様」
という表現で写真集の帯もくださいました。 |
山下 |
ああ、お地蔵様‥‥。ほんとですねえ。
ですがその、なぜこの雪の綿帽子を
かぶってしまうのかがわからなくて‥‥。
どうしてわざわざ雪の中で冬眠するのですか? |
西村 |
それは‥‥この写真をみてください。 |
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山下 |
はい、寝ていますね、雪のなかで。 |
西村 |
上に木のうろがありますでしょ?
ヤマネさんたちは最初ここで寝てたんです。 |
山下 |
ん?それがなぜ?落っこちたんですか? |
西村 |
いや、自分でそとに出たんです。
冷たい風が吹き込んで、
うろのなかが0度以下になったんでしょう。
そうするとヤマネは目を覚まして
別な場所をさがすんです。 |
山下 |
いくらなんでも寒すぎると起きるんですね。
‥‥でもなぜ、一度起きて雪のなかに? |
西村 |
雪山で遭難した人間と同じですよ。
雪洞を掘るんです。
雪のなかは0度以下にならないから。 |
山下 |
‥‥そうか!かまくらのなかは温かいと!! |
西村 |
そういうことです。 |
山下 |
へええええ‥‥。
いやはやどうも、驚きました‥‥。 |
西村 |
こんなお話でよろしかったでしょうか。 |
山下 |
ありがとうございます、もちろんです。
カワイイとひとことで言ってしまったのが
なんだか申し訳ないくらいです。 |
こうして取材はぶじ完了。
僕は西村さんと一緒に、そとに出ました。
ところが、福田さんが見当たりません。
そとで写真を撮っているはずなのですが。
周辺をすこしさがして、
駐車場に向かってみましたら、車のなかで‥‥。
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山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥福田さん。 |
西村 |
‥‥お疲れだったのでしょうか。 |
山下 |
じつは福田さん、徹夜明けでして、
それなのにずっと運転してくださって‥‥。 |
西村 |
‥‥そうですか。 |
山下 |
‥‥‥‥冬眠鼠のように眠っています。 |
西村 |
‥‥‥‥はい。 |
山下 |
‥‥‥‥ことし38歳です。 |
西村 |
‥‥‥‥‥‥そうですか。
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