山下 |
はあああ‥‥この子がコムギちゃんですか。 |
武藤 |
ええ、コムギちゃんです。 |
山下 |
シマリスのコムギちゃん。 |
武藤 |
はい、シマリスの、女の子です。 |
山下 |
‥‥た、たまんないです。 |
武藤仁さん(既婚)は、
某ゲームソフト会社に勤める35歳。
祝日のこの日、武藤さんはラフなジーンズ姿で
僕を出迎えてくださいました。
武藤さんと僕が出会うまでには
ちょっとしたいきさつがあったのですが、
そのお話は、すこしあとまわし。
まずは、コムギちゃんと暮らすことになった
きっかけなどからうかがってまいりましょう。 |
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武藤 |
きっかけはですね、5年ほど前に
女房が知人からもらってきたんですよ。
リスを飼っている知人の家で
子リスが生まれたというので。 |
山下 |
なるほど、奥様が。 |
武藤 |
でも最初女房はのり気じゃなかったんですよ、
小動物に興味がなかったみたいで。
ノリノリになったのは僕なんです。 |
山下 |
お好きなんですね、小さい生き物が。 |
武藤 |
ええ、昔は鳥とかよく飼ってました。
でもリスっていうのははじめてで‥‥。 |
山下 |
どうですか飼ってみて、かわいいですか。 |
武藤 |
かわいいですねえ(笑)、
女房もすぐ夢中になりました。 |
山下 |
どういうところが、いちばんかわいいですか? |
武藤 |
そうですねえ、うーん、なんでしょう‥‥
なつかないところ? |
山下 |
‥‥ああ~、はいはい、わかります。
もどかしい。 |
武藤 |
そうそう、もどかしい! |
山下 |
僕はうさぎを飼っているのですが、
もどかしいのは、たまらないですよね。
呼んでも犬のように来ないし。 |
武藤 |
ええ、呼んでも来ない。
でも、たまに偶然来たりすると‥‥ |
山下 |
それがうれしい! わかりますわかります! |
武藤 |
あとはこの、手ですねえ。 |
山下 |
手。 |
武藤 |
ちっちゃい手でエサを持って食べる仕草が。
いまはその手で、顏を洗ってますけど。 |
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山下 |
(笑)すっごいていねいに洗ってますね。 |
武藤 |
ご飯を食べたあとなので。 |
山下 |
ははは、まだ洗ってる。 |
 |
武藤 |
この、仕草がねえ‥‥。 |
山下 |
‥‥ん? おお、
急に元気に走り出しました。 |
武藤 |
何か食べてるときだけなんですよ、
一カ所にいるのは。 |
山下 |
こ、これは(カメラで追う)‥‥
素早くて写真がうまく‥‥ああ、だめだ‥‥。 |
武藤 |
クルミをあげてみましょう。
まだ食べるかもしれないので‥‥。
(クルミをケージに差し入れ)コムギちゃん、
ほら、クルミ、クルミだよ。 |
コムギ |
とととと(クルミに近づき)、
サッ(クルミを奪い)、
とととと(ケージ中央に戻る)。 |
山下 |
あ! クルミを、ほお袋にしまってます! |
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武藤 |
もうお腹いっぱいなんですね。
‥‥じゃあ、ちょっと出してみましょう。
(ケージの扉を開ける) |
山下 |
ケージのそとにも出すんですか。 |
武藤 |
はい、いちにちに1時間くらいは。 |
コムギ |
ひょい(ケージから出る)、ととととと、
ととと、とととととととと‥‥。 |
山下 |
‥‥どこに行くんでしょう? |
武藤 |
あそこですよ、あそこの飾り棚。 |
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コムギ |
ととととととと、ひょい(飾り棚の中へ)。 |
山下 |
中へ入っちゃいましたが‥‥。 |
武藤 |
あの棚の奥にですね、ティッシュやら
ビニールやらを運んでつくった、
もうひとつの巣があるんですよ。
食べきれないエサを、そこに貯めるんですね。 |
山下 |
はあ~、クルミをしまいにいったんだ‥‥。 |
コムギ |
ひょい(棚から出てくる)、ととととと‥‥。 |
山下 |
ん? ‥‥どっかにいっちゃいましたね。 |
武藤 |
ちっちゃくてすばしっこいですから、
すぐ見失うんですよ。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥。 |
武藤 |
‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥出てきませんね。 |
武藤 |
まあ、そのうち出てくるでしょう。 |
山下 |
‥‥‥‥あ! 武藤さん、うしろ! |
 |
コムギ |
ととととととと‥‥(ソファの陰へ)。 |
山下 |
またいなくなりました。
もうちょっと写真を撮りたいのですが‥‥。 |
武藤 |
うーん、みかんで誘えば出てくるかも‥‥。
(みかんをむいて手につまみ、しゃがむ)
おーい、コムギちゃん、
ほら、みかんだよー、みかーん。 |
コムギ |
ひょい(家具の裏から顔を出す)。 |
山下 |
あ、いた。 |
コムギ |
とととととととと(みかんに向かって走る)。 |
武藤 |
よーしよし、こっちだ。 |
コムギ |
とととととととと(みかんに向かって走る)。 |
山下 |
撮ります、食べてるところを! |
コムギ |
ととととととと‥‥‥‥。 |
 |
武藤 |
あ‥‥。 |
コムギ |
ととと‥‥‥(家具の裏へ消える)。 |
山下 |
‥‥‥スルーしました。
やっぱりお腹いっぱいなんですね。 |
武藤 |
じゃあ、こうしましょう(冷蔵庫を開ける)。
コムギはこのヨーグルトが大好物なので、
これをこうやって(スプーンですくう)、
床に置いて待ちましょう(置く)。 |
 |
山下 |
なるほど、定点観測ですね。 |
武藤 |
ええ、追いかけても撮れないので、
ここで待つのがいいと思います。 |
山下 |
わかりました(カメラを構えて待つ)。 |
武藤 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
武藤 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
武藤 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥来ませんね。 |
武藤 |
‥‥いつもと違う気配を
感じているのかもしれません。 |
山下 |
‥‥なにかこう、
さりげなくお話でもしてましょうか。 |
武藤 |
そうですね、さりげなく。 |
山下 |
‥‥なにを話しましょう。 |
武藤 |
なにがいいですかね‥‥。 |
山下 |
‥‥シマリスといえば、しま模様ですよね。 |
武藤 |
はい、しま模様。 |
山下 |
動物のしま模様についてですね、
前から思っていたことがあるんですよ。
ああいうしま模様って、ほら、
子鹿とかイノシシの子どもにもあるでしょ?
あのしま模様は、かわいいと思わせるための
信号ではないかと、僕は思うんです。
母性本能を刺激するサインというか。
その、しま模様が、シマリスには
大人になってもずっと残っている。
これはある意味、自分を防衛するための
進化の結果なのではないかと思ったんです。
つまり、天敵の肉食動物に、
「こんだけかわいらしいのに食べるの!?」
「ムリでしょ? そんなことできないでしょ?」
っていうメッセージを投げかけて‥‥。 |
武藤 |
(小声で)山下さん山下さん‥‥。 |
山下 |
はい? ‥‥‥‥あ。 |
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武藤 |
(小声で)撮れましたか? |
山下 |
(小声で)は、はい、撮りました。 |
武藤 |
(小声で)ヒマワリのタネも、
食べるかもしれません(ぱらぱら足元にまく)。 |
コムギ |
ととととと‥‥‥ぽりぽりぽり。 |
山下 |
わ‥‥。
ぜひ、しま模様を‥‥(そっと背後にまわる)。 |
 |
武藤 |
(小声で)食べてるときは、ちょっとだけ
触らせてくれるんですよ、ほら。 |
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山下 |
(小声で)ほんとおだあ。
‥‥近くでもう1枚。 |
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武藤 |
(小声で)どうです? |
山下 |
(小声で)素晴らしいのが撮れました。 |
コムギ |
とととととと(急に山下に接近)。 |
山下 |
あれ? む、武藤さん、コムギちゃんが、
僕の足にくっつきます! |
 |
武藤 |
それはたいへん珍しいことです。
なついているのです。 |
山下 |
え、ほんとですか? |
武藤 |
ええ、警戒していたら
ぜったいそんなことはしませんから。 |
山下 |
そうですか、じゃあ、僕もすこしだけ
触らせてもらえるかも‥‥(手をのばす)。 |
コムギ |
(逃げる)とととととととととと、
ととと‥‥ひょい(ケージに入る)。 |
山下 |
‥‥ああ、もどかしいなあ(笑)。 |
こうしてコムギちゃんの撮影はとりあえず終了。
ソファでコーヒーをいただいていると、
武藤さんが数枚のポストカードを
持ってきてくださいました。 |
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武藤 |
これ、ですよね? |
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山下 |
ああ! はい、まさしく!
この写真の、このぬいぐるみです!! |
武藤 |
実物もお持ちしました(手渡す)。 |
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山下 |
‥‥‥‥す、素晴らしい‥‥。 |
2年ほど前のある日、僕は原宿の個展で
このリスのぬいぐるみに出会っておりました。
「なんというかわいらしさか!」
心をわしづかみにされた山下は後日、
作者の福士悦子さんという方に連絡をします。
メールでやり取りを続けるうちに、福士さんが、
本物のリスを飼っていることを知りました。
しかも、福士さんのご主人は、
リスをたいへんかわいがっているとか‥‥。
そのご主人が、武藤仁さんなのです。
(福士さんは旧姓です)
偶然のぬいぐるみとの出会いから、
武藤さんというおじさんにつながり、
コムギちゃんをご紹介できることになった次第。
さとしも歩けばカワイイものに当たる。
お話は続きます。 |
|
山下 |
奥様のこのぬいぐるみには、
ほんとうに一発でやられてしまいました。 |
武藤 |
シマリスのぬいぐるみを探しても
ぜんぜん見つからなくて、
なら自分でつくろうと思い立ったそうです。 |
山下 |
やはりこの、手がいいですよねえ。
良い意味で無造作な感じが‥‥。 |
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武藤 |
手づくりのぬいぐるみなんて
買う人いるのかなあと横で見てたんですが、
これがなかなか評判のようで。 |
山下 |
そうでしょうとも。 |
武藤 |
でも最初につくったこの子だけは
手放さないようですよ。
旅先にも僕ら、連れていってますから。
ほら(ポストカードを差し出す)。 |
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山下 |
わあ(笑)、いいですねえ。 |
武藤 |
こんなのも。 |
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山下 |
ははは、もう、まいっちゃいますね‥‥。
しかし、武藤さんの奥様は、
つくづく素晴らしいものをつくられました。
このさい武藤さんも、コムギちゃんをモデルに
何かつくられてはいかがですか? |
武藤 |
‥‥‥‥いや、実は僕も。 |
山下 |
え? な、なにかあるんですか。 |
武藤 |
ちょっと、お待ちください‥‥(隣室へ)。
‥‥(戻ってくる)‥‥こ、これです。 |
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山下 |
‥‥す、すごい。‥‥本格的ですね。 |
武蔵 |
美大で油絵などをやっていたので‥‥。
コムギの寝姿を描きました。 |
山下 |
はい、よく眠っています。
‥‥ん? 武藤さん、本物のコムギちゃんも、
たくさん食べて運動して、
ちょっと眠たそうじゃないですか? ほら。
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「また、もどかしがらせてやろうかしら」 |