カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

2006年、1月初旬の木曜日。
雲ひとつない日本晴れの午前10時。
久江収さん(60)がお住まいの一軒家は、
三鷹市の閑静な住宅街にありました。

笑顔で出迎えてくださった久江さんは
2階のリビングに僕を案内すると、
窓辺に設置された止まり木に息づく
体長約35センチの生命体を指さすのでした。

第51回
鷹は
カワイイ。

山下 すごい‥‥。
鷹ですね。
久江 そうですね、鷹です。
山下 なんという種類なのでしょう。
久江 チョウゲンボウという小型の鷹です。
山下 チョウゲンボウ‥‥どんな字を?
久江 チョウは「長い」のチョウ、
ゲンは「元(もと)」っていう字で、
ボウは坊主の「坊」になります。
山下 長・元・坊。
久江 はい、長元坊。
「三鷹で鷹を飼っているおじさんがいる」
という情報を得たのは去年の秋のことでした。
しかもその鷹は、
「そんなに怖くない」のだとか。
怖くないどころか、
「たいそうかわいらしい」のだとか。
‥‥ならば、会いにゆかねばなりますまい。
ただ、せっかくの一富士二鷹、
やはり新年に会いにゆきたいと山下は、
取材をずっと温存しておりました次第。

そして、やってきました2006年。
鷹の飼い主・久江さん(おひとり暮らし)は、
あの水森亜土さんの劇団「未来劇場」
制作や事務のお仕事をなさっている方でした。
亜土ちゃんの絵がたくさん飾られた
リビングのなかに、すっくとたたずむ長元坊。
その雄姿をながめながら、
お話、うかがってまいりましょう。

山下 ええと、まず名前は‥‥。
久江 いちおう、サクラと呼んでおります。
山下 サクラちゃん、
ということは女の子。
久江 いや、男の子なんです。
とりあえずなんかこう、
サクラっていう名前がいいなあと
そんなふうに思いまして‥‥。
山下 はい、男の子でも良い名前だと思います。
久江 ありがとうございます。
山下 サクラちゃん、ちいさいですよね。
久江 ええ、ちいさいんです。
山下 鷹とうかがっていたので、もっとこう、
グワッと大きな姿を想像していました。
久江 ふつうはそういうイメージですよね。
山下 ところがこちら、サクラちゃんの大きさは、
ええと‥‥‥‥ハトくらい?
久江 ‥‥まあ、そうですねハトくらいですね。
山下 顔もこんなにおだやかだし‥‥。
久江 猛禽類の鋭さがあまりないんです。
山下 なんだか表情までハトっぽいですね。
久江 ‥‥そうですか。
山下 でも、この立派な足をみますと、
やっぱり鷹なんだなあと思います。
サクラ キキキッ! キーキーキー!!
山下 ど、どうしたんでしょう?
久江 僕が近づくとエサをもらえると思って
こうして鳴くんですよ。
山下 威嚇ではないのですね。
久江 ええ、ほらこの羽根をみてください。
山下 ふわふわです。
久江 羽根をふくらましているときは、
リラックスしているんだそうです。
山下 そうなんですか。
‥‥ん? となりにケージがありますが、
こちらにも、なにか?
久江 そっちはモモンガです。
山下 モモンガ?
久江 夜行性なんで今は巣箱で寝てますけど。
山下 ‥‥サクラちゃんは、
モモンガに興味をしめしませんか?
久江 ああ、夜になって巣箱から出てくると
ずっと見てはいますねえ。
山下 飛びかかったりはしない。
久江 ええ、じーっと見てます、見てるだけ。
山下 じーっと。
久江 はい、じーっと。
ほら、今もベランダのスズメを。
サクラ (スズメを見ている)
山下 ほんとだ、すっごい見てます‥‥。
久江 あ、山下さん、モモンガ顔出してますよ。
山下 え? ‥‥うわあ、これはまた。
久江 ほら、(サクラを指さす)。
サクラ (モモンガを見ている)
山下 ああ、見てるなあ‥‥。
久江 モモンガ引っ込みました。
山下 ‥‥サクラちゃん、おとなしいですねえ。
獲物をつかまえたりはしないんですか?
久江 え? いやあ、それはないですよお。
ま、本格的に鷹を飼っているかたは
訓練して鷹狩りをやられていますが、
サクラにはとくにやらせてないので。
山下 鷹狩り。
久江 鷹で猟をするんですね、
うさぎなどをつかまえます。
山下 うさぎ‥‥。
久江 僕の場合は、鷹と仲良く暮らせればいいなと
そう思ってるだけですから。
山下 そうですか(うさぎ‥‥)。
それから僕と久江さんは、
サクラちゃんを連れて散歩に出かけることに。
鷹と散歩に出ることを
「連れ回し」というのだそうです。
久江さんはほとんど毎朝、
この「連れ回し」を行っているのだとか。
グローブをつけた左手にサクラちゃんを
こんな具合にとまらせて。

路地ですれちがう人々は、
鷹を連れたおじさんを見たというのに
これといって驚いたりしませんでした。
きっといつもの光景なのでしょう。
それとも「ハトだ」と思ったのでしょうか。
ともかく僕らは、ちいさな公園に到着。

山下 いつもこの公園に?
久江 はい、いつもはもっと早い時間ですが。
このベンチで休憩するんです。
よいしょ(サクラをベンチにとまらせる)。
山下 ははは、ちょこんととまって‥‥。
いやあ、それにしても久江さん、
きょうはいい天気でよかったです。
久江 日本晴れですね、雲ひとつない。
山下 雲ひとつない、気持ちいいです。
‥‥あれ? これは?
久江 羽根をすこし広げてますでしょ。
山下 ええ、ちょっと広げてじっとしてますね。
久江 日なたぼっこしてるんです。
山下 鷹はほんとにこういうポーズをとるんですね、
まさにイーグルのかたちです。
久江 (スッと左手をあげ、首からさげた笛を吹く)
ピー、ピー、ピー。
山下 お、それはもしや‥‥。
久江 ピー(笛)。
山下 おおー。
山下 すごーい、かっこいいです。
久江 まあ、本格的ではないので
できるのはこれくらいなのですが。
山下 いえいえ、すばらしいです。
久江 あの‥‥じつはですね、
以前、公園で飛ばしているときにですね。
山下 はい、なにかありましたか。
久江 ネコに襲われました。
山下 え? ええ? サクラちゃんが?
久江 はい、地面にまいおりた瞬間に
とつぜんネコがあらわれて
ガーっとサクラをくわえたんですよ。
山下 ‥‥鷹なのに?
久江 僕も不注意もいいとこだったんですけど、
ネコはあんなにもすごいのかと思いました。
山下 だ、大丈夫だったんですか?
久江 追い払ったらネコは逃げたんですが、
サクラはですね、なんともなかったんです、
ケガひとつなかった。
やっぱりね、羽根の力が強いんでしょうね、
がっちりくわえられたのに、じたばたせずに
鳴きもせず、グッとこらえていました。
山下 はあ〜、それにしても鷹が襲われるとは‥‥。
ネコの目にはハトに見えたのでしょうか。
久江 ‥‥そうかもしれませんね。
山下 (サクラに近づき)そうかあ、
ネコに襲われたのかあ、怖かったなあ‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥あの、久江さん。
久江 なんでしょう。
山下 僕も、手にとまらせることって‥‥。
久江 あ、できますよ、ぜんぜんできます。
さ、これ(グローブ)どうぞ。
山下 ありがとうございます。
(グローブをはめる)‥‥さあ、おいで。
久江 ピー(笛)。
山下 ‥‥‥‥‥‥きませんね。
久江 ピー、ピー(笛)。
山下 ‥‥‥‥‥‥そっぽ向いてます。
やはり久江さんでないとだめなんでしょうか。
久江 じゃあですね、近くにいって
サクラの胸のところに手を出してください。
山下 わかりました(近くへいく)。
ええと、こんなかんじで?(腕を出す)
久江 もっとこう、近くへ。
山下 こ、こうでしょうか‥‥。
‥‥あ、あ、あ。
山下 のったのったのりました!
‥‥え? これ、軽い。
久江 170グラムほどですから。
山下 これはきっとハトより軽いですよ‥‥。
ではこの、抜けるような空を背景に‥‥。
山下 ああ、絵になりますねえ‥‥。
山下 うつくしい‥‥。
そしてほんとにめでたい気持ちになります。
久江 そうですか(笑)。
こうして僕らは公園をあとにいたしました。
その帰り道、
ちいさな橋の上からこんな生物を発見。

山下 ‥‥ぜんぜんちがいますね。
久江 そうですか。
山下 何度もハト呼ばわりしてすみませんでした。
久江 いえいえ。
山下 ‥‥サクラちゃん、見てますねえ。

「ネコには気をつけろよ‥‥」



勇ましくもめでたいかわいさでありました。

(ちなみにサクラちゃんは、エジプト生まれ。
 環境省からの輸入許可証を得て
 飼育されている「輸入鳥」です。)

さてみなさま、遅ればせながら
明けましておめでとうございました。
2006年もぼちぼちと
愛らしきものをご紹介してゆく所存。
よろしくお願いいたします。

 

2006-01-18-WED

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