山下 |
すごい‥‥。
鷹ですね。 |
久江 |
そうですね、鷹です。 |
山下 |
なんという種類なのでしょう。 |
久江 |
チョウゲンボウという小型の鷹です。 |
山下 |
チョウゲンボウ‥‥どんな字を? |
久江 |
チョウは「長い」のチョウ、
ゲンは「元(もと)」っていう字で、
ボウは坊主の「坊」になります。 |
山下 |
長・元・坊。 |
久江 |
はい、長元坊。 |
「三鷹で鷹を飼っているおじさんがいる」
という情報を得たのは去年の秋のことでした。
しかもその鷹は、
「そんなに怖くない」のだとか。
怖くないどころか、
「たいそうかわいらしい」のだとか。
‥‥ならば、会いにゆかねばなりますまい。
ただ、せっかくの一富士二鷹、
やはり新年に会いにゆきたいと山下は、
取材をずっと温存しておりました次第。
そして、やってきました2006年。
鷹の飼い主・久江さん(おひとり暮らし)は、
あの水森亜土さんの劇団「未来劇場」で
制作や事務のお仕事をなさっている方でした。
亜土ちゃんの絵がたくさん飾られた
リビングのなかに、すっくとたたずむ長元坊。
その雄姿をながめながら、
お話、うかがってまいりましょう。 |
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山下 |
ええと、まず名前は‥‥。 |
久江 |
いちおう、サクラと呼んでおります。 |
山下 |
サクラちゃん、
ということは女の子。 |
久江 |
いや、男の子なんです。
とりあえずなんかこう、
サクラっていう名前がいいなあと
そんなふうに思いまして‥‥。 |
山下 |
はい、男の子でも良い名前だと思います。 |
久江 |
ありがとうございます。 |
山下 |
サクラちゃん、ちいさいですよね。 |
久江 |
ええ、ちいさいんです。 |
山下 |
鷹とうかがっていたので、もっとこう、
グワッと大きな姿を想像していました。 |
久江 |
ふつうはそういうイメージですよね。 |
山下 |
ところがこちら、サクラちゃんの大きさは、
ええと‥‥‥‥ハトくらい? |
久江 |
‥‥まあ、そうですねハトくらいですね。 |
山下 |
顔もこんなにおだやかだし‥‥。 |
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久江 |
猛禽類の鋭さがあまりないんです。 |
山下 |
なんだか表情までハトっぽいですね。 |
久江 |
‥‥そうですか。 |
山下 |
でも、この立派な足をみますと、
やっぱり鷹なんだなあと思います。 |
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サクラ |
キキキッ! キーキーキー!! |
山下 |
ど、どうしたんでしょう? |
久江 |
僕が近づくとエサをもらえると思って
こうして鳴くんですよ。 |
山下 |
威嚇ではないのですね。 |
久江 |
ええ、ほらこの羽根をみてください。 |
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山下 |
ふわふわです。 |
久江 |
羽根をふくらましているときは、
リラックスしているんだそうです。 |
山下 |
そうなんですか。
‥‥ん? となりにケージがありますが、
こちらにも、なにか? |
久江 |
そっちはモモンガです。 |
山下 |
モモンガ? |
久江 |
夜行性なんで今は巣箱で寝てますけど。 |
山下 |
‥‥サクラちゃんは、
モモンガに興味をしめしませんか? |
久江 |
ああ、夜になって巣箱から出てくると
ずっと見てはいますねえ。 |
山下 |
飛びかかったりはしない。 |
久江 |
ええ、じーっと見てます、見てるだけ。 |
山下 |
じーっと。 |
久江 |
はい、じーっと。
ほら、今もベランダのスズメを。 |
サクラ |
(スズメを見ている) |
山下 |
ほんとだ、すっごい見てます‥‥。 |
久江 |
あ、山下さん、モモンガ顔出してますよ。 |
山下 |
え? ‥‥うわあ、これはまた。 |
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久江 |
ほら、(サクラを指さす)。 |
サクラ |
(モモンガを見ている) |
山下 |
ああ、見てるなあ‥‥。 |
久江 |
モモンガ引っ込みました。 |
山下 |
‥‥サクラちゃん、おとなしいですねえ。
獲物をつかまえたりはしないんですか? |
久江 |
え? いやあ、それはないですよお。
ま、本格的に鷹を飼っているかたは
訓練して鷹狩りをやられていますが、
サクラにはとくにやらせてないので。 |
山下 |
鷹狩り。 |
久江 |
鷹で猟をするんですね、
うさぎなどをつかまえます。 |
山下 |
うさぎ‥‥。 |
久江 |
僕の場合は、鷹と仲良く暮らせればいいなと
そう思ってるだけですから。 |
山下 |
そうですか(うさぎ‥‥)。 |
それから僕と久江さんは、
サクラちゃんを連れて散歩に出かけることに。
鷹と散歩に出ることを
「連れ回し」というのだそうです。
久江さんはほとんど毎朝、
この「連れ回し」を行っているのだとか。
グローブをつけた左手にサクラちゃんを
こんな具合にとまらせて。
路地ですれちがう人々は、
鷹を連れたおじさんを見たというのに
これといって驚いたりしませんでした。
きっといつもの光景なのでしょう。
それとも「ハトだ」と思ったのでしょうか。
ともかく僕らは、ちいさな公園に到着。 |
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山下 |
いつもこの公園に? |
久江 |
はい、いつもはもっと早い時間ですが。
このベンチで休憩するんです。
よいしょ(サクラをベンチにとまらせる)。 |
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山下 |
ははは、ちょこんととまって‥‥。
いやあ、それにしても久江さん、
きょうはいい天気でよかったです。 |
久江 |
日本晴れですね、雲ひとつない。 |
山下 |
雲ひとつない、気持ちいいです。
‥‥あれ? これは? |
|
久江 |
羽根をすこし広げてますでしょ。 |
山下 |
ええ、ちょっと広げてじっとしてますね。 |
久江 |
日なたぼっこしてるんです。 |
山下 |
鷹はほんとにこういうポーズをとるんですね、
まさにイーグルのかたちです。 |
久江 |
(スッと左手をあげ、首からさげた笛を吹く)
ピー、ピー、ピー。 |
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山下 |
お、それはもしや‥‥。 |
久江 |
ピー(笛)。 |
|
山下 |
おおー。 |
|
山下 |
すごーい、かっこいいです。 |
久江 |
まあ、本格的ではないので
できるのはこれくらいなのですが。 |
山下 |
いえいえ、すばらしいです。 |
久江 |
あの‥‥じつはですね、
以前、公園で飛ばしているときにですね。 |
山下 |
はい、なにかありましたか。 |
久江 |
ネコに襲われました。 |
山下 |
え? ええ? サクラちゃんが? |
久江 |
はい、地面にまいおりた瞬間に
とつぜんネコがあらわれて
ガーっとサクラをくわえたんですよ。 |
山下 |
‥‥鷹なのに? |
久江 |
僕も不注意もいいとこだったんですけど、
ネコはあんなにもすごいのかと思いました。 |
山下 |
だ、大丈夫だったんですか? |
久江 |
追い払ったらネコは逃げたんですが、
サクラはですね、なんともなかったんです、
ケガひとつなかった。
やっぱりね、羽根の力が強いんでしょうね、
がっちりくわえられたのに、じたばたせずに
鳴きもせず、グッとこらえていました。 |
山下 |
はあ〜、それにしても鷹が襲われるとは‥‥。
ネコの目にはハトに見えたのでしょうか。 |
久江 |
‥‥そうかもしれませんね。 |
山下 |
(サクラに近づき)そうかあ、
ネコに襲われたのかあ、怖かったなあ‥‥。 |
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山下 |
‥‥‥‥‥‥あの、久江さん。 |
久江 |
なんでしょう。 |
山下 |
僕も、手にとまらせることって‥‥。 |
久江 |
あ、できますよ、ぜんぜんできます。
さ、これ(グローブ)どうぞ。 |
山下 |
ありがとうございます。
(グローブをはめる)‥‥さあ、おいで。 |
久江 |
ピー(笛)。 |
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山下 |
‥‥‥‥‥‥きませんね。 |
久江 |
ピー、ピー(笛)。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥そっぽ向いてます。
やはり久江さんでないとだめなんでしょうか。 |
久江 |
じゃあですね、近くにいって
サクラの胸のところに手を出してください。 |
山下 |
わかりました(近くへいく)。
ええと、こんなかんじで?(腕を出す) |
久江 |
もっとこう、近くへ。 |
山下 |
こ、こうでしょうか‥‥。
‥‥あ、あ、あ。 |
|
山下 |
のったのったのりました!
‥‥え? これ、軽い。 |
久江 |
170グラムほどですから。 |
山下 |
これはきっとハトより軽いですよ‥‥。
ではこの、抜けるような空を背景に‥‥。 |
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山下 |
ああ、絵になりますねえ‥‥。 |
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山下 |
うつくしい‥‥。
そしてほんとにめでたい気持ちになります。 |
久江 |
そうですか(笑)。 |
こうして僕らは公園をあとにいたしました。
その帰り道、
ちいさな橋の上からこんな生物を発見。 |
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山下 |
‥‥ぜんぜんちがいますね。 |
久江 |
そうですか。 |
山下 |
何度もハト呼ばわりしてすみませんでした。 |
久江 |
いえいえ。 |
山下 |
‥‥サクラちゃん、見てますねえ。 |
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