カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

3月初旬のとある火曜日、午前10時過ぎ。
静岡県伊東市の「伊豆シャボテン公園」。
春というにはまだ肌寒い曇り空。

寺林伸明さん(37)に向かい、
やや興奮ぎみの山下が語りかけます。
「あの画像をみて、ここまできました」
「そうですか、あの画像を」と寺林さん。
「はい、あの画像を」と山下哲。

あの画像とは……こちらでございます。

第52回
カピバラは
カワイイ。

山下 カピバラという世界最大のねずみが、
岩風呂につかるあの画像‥‥おどろきました。
寺林 そうでしたか。
山下 なんともいえない表情で‥‥
まるで人間みたいに気持ちよさそうに‥‥。
ある日のことです。
カワイイものをあれこれ探して
インターネットをパトロールしていた僕は、
ふと立ち寄った「伊豆シャボテン公園」HPで
たいへんな画像集を発見いたしました。
岩風呂につかる、巨大なねずみ。
カピバラという動物は知っておりましたが、
よもやお風呂でうっとりするとは‥‥。
(上の画像がその1枚です)
たまらず電話で問い合わせてみますれば、
飼育係のかたが、37才の男性と判明!
僕はただちに伊豆へと飛びました。

こうしてお会いした寺林伸明さん(独身)は、
もう7年、カピバラを担当されているのだとか。
石の柵で囲まれた飼育スペースの前で、
お話、うかがってまいりましょう。

山下 ええと‥‥湯ぶねは、そちらで?
寺林 ええ、そうですね。
そこの池に、お湯をはります。
山下 かんじんのカピバラがいませんが‥‥。
寺島 ほら、向こうの奥に。
山下 え? ‥‥ああ、いましたいました(笑)。
寺島 いまはあそこが温かいので
ああして寄り添ってますが、
これからお湯を出しますとですね、
こっちにきますよ。
山下 きますか。
寺島 はい、こういう肌寒い日はいっせいに。
(腕時計をみる)そろそろ時間ですね‥‥
お湯、出しましょう。
山下 毎朝10時半に出すんですね。
寺島 ええ、寒いあいだは毎朝。
‥‥では。
寺島さんは石の柵にサッと飛び乗ると、
カピバラスペースにひらりと舞い降り
池の中にある蛇口を開きました。
「ジャーッ」
吹き出るお湯の音が園内に響きます。

寺島 よいしょ(戻ってくる)。
山下 ‥‥‥‥あ、あ、あ。
寺島 ね。
山下 ほおんとだ(笑)、きましたきました、
すたこらきました!
寺島 お湯の温度は40度です。
山下 人間にもちょうどいいお湯加減ですね。
やっぱり温泉なんですか?
寺島 いえ、残念ながらボイラーで沸かしたお湯で。
山下 あ、そうでしたか。でも、カピバラたちに
残念な感じはまったくないですね。
無表情ながら、たいへんうれしそうです。
寺島 ほら、お湯のいれはじめはですね、
あんなふうにして遊んだりするんですよ。
山下 ちっこいのがジェット水流で(笑)。
あれは遊んでいるのですか。
寺島 なのだとおもうんですけどねえ(笑)。
山下 無表情だけど、内面では
ものすごく盛り上がってるんですね(笑)。
‥‥ところでこの4匹、名前は?
寺島 ええ、つけてます。
山下 ぜひ教えてください。
寺島 ええと、あの、いちばん大きいのが
ほかの3匹のお母さんでして、名前が‥‥。
山下 なんでしょう。
寺島 ハハ。
山下 え?
寺島 あの、ですから「母」という名前です。
山下 ああ! 母ですか、失礼しました(笑)。
寺島 で、2番目に大きいのが、センといいます。
山下 セン。‥‥カタカナですか?
寺島 いえ、漢字で、いずみと書きます。
山下 なるほど、泉。温泉の泉ですね。
寺島 はい。それで、3番目に大きな子、
あれがゲンといいます。
山下 ゲン‥‥‥‥それはもしかして、
「みなもと」という字ですか。
寺島 はい。
山下 やっぱり(笑)。ふたりあわせて源泉ですね。
‥‥となると、あのいちばんちっこい子は?
寺島 あれは、ノボセといいます。
山下 はははははは、ノボセ!
ノボセ、まだジェット水流で遊んでます。
寺林 ほんとに好きなんでしょうねえ、
1時間から1時間半は出ませんから。
山下 そんなに長風呂なんですか‥‥。
おや? ノボセが、池のなかの
ちいさな岩のところにいきましたね。
寺林 ああ、ノボセはですね、
まだちいさいので、お湯がいっぱいになると
からだがぜんぶ沈んでしまうんですよ。
なので岩に手をのせて水から顔を出すんです。
山下 その準備をしてるんですか‥‥かわいいなあ。
やがて、お湯はいっぱいに。
寺島さんは石の柵にサッと飛び乗ると、
カピバラスペースにひらりと舞い降り
蛇口をキュッと締めました。

山下 はあ〜、ごくらくですね、これは。
寺林 ほら、ノボセをみてください。
山下 え? ああ、ははははははは。
手をのせて顔出してる!
山下 こおれは、たあまらんですねえ。
‥‥あ、ノボセ、じっとしていたと思ったら
潜って遊びだしました。
寺林 まだやんちゃですから。
‥‥こっちにきましたね。
山下 そしてまた、岩風呂のふちに手をのせる、
沈まぬように(笑)。
山下 ‥‥‥‥あの、寺林さんにとって、
この動物のいちばんの魅力はどこでしょうか。
寺林 魅力ですか?
山下 ええ。
寺林 ‥‥なにを考えてるかわからないような、
ほわあっとした雰囲気ですね、やはり。
山下 ああ、ほんとにわからないですよねえ。
寺林 とくに入浴中の、この、
うっとりと幸せそうな顔がねえ。
‥‥12月の冬至には、ゆず湯にするのですが、
そのときの表情がまた‥‥。
山下 あ、そのゆず湯の画像、拝見しました。
こちらが、ゆず湯のカピバラになります。

それから、僕らはしばらく
入浴するカピバラをながめ続けました。
平日の午前中、あいにくの曇り空とあって、
いつもは賑やかな園内も、人影はまばら。
ときおり、寺林さんがぽつりぽつりと
この動物の生態などを話してくださいます。
30分ほどの時間が経過したでしょうか‥‥。

寺林 ‥‥お、珍しいですね。
山下 なんでしょう。
寺林 あのかっこうをするのは珍しいんです。
ほら、おしりをついて足をのばしてますよね。
山下 ほんとだ、ゆったりしてます。
寺林 かなりリラックスしているようです。
山下 ‥‥‥‥あの、寺林さん。
寺林 なんでしょう。
山下 たいへんあつかましいお願いなのですが、
僕のこの、片手、片手でかまわないので、
カピバラと一緒に入浴するということは‥‥。
寺林 ‥‥可能ですよ。
山下 可能ですか。
寺林 大丈夫です、ゆっくり入っていただければ。
というよりもですね‥‥。
山下 なんでしょう。
寺林 これはあの、ご希望されるかどうか
ちょっとわかりませんけれども、
その‥‥‥足湯でもかまいません。
山下 あ、足湯!?
寺林 いやあの、動物が入っているお湯ですので、
汚くていやということもあるでしょうから、
かえってご迷惑かもしれないので‥‥。
山下 とんでもないです。
‥‥希望します! 望むところです!!
寺林 そうですか!
かくして僕は寺林さんのやさしいおはからいで、
カピバラとの混浴を体験することに。

山下は石の柵にもたもたよじ登ると、
カピバラスペースにずるりと降り立ち
ジーパンのすそをたくしあげました。
柵のそとから、
寺林さんがアドバイスをくださいます。

寺林 まだ警戒してますので、
ゆっくり、すこしずつ近づいてください。
山下 は、はい(ゆっくり進む)。
寺林 そう、ゆっくり、ゆっくり‥‥。
いいですね、大丈夫です。
‥‥では、ゆっくり、そこに座りましょうか。
山下 そこに、ですね。
寺林 はい、そこに。
山下 (ゆっくり進み、ゆっくり座って、
 ゆっくりお湯に足をいれる)
‥‥て、寺林さん、やりました。
寺林 はい、大丈夫ですよお。
山下 ああ‥‥あったかい‥‥。
あったかいのですが寺林さん、
みんな向こうに行っちゃいました。
寺林 どうしても警戒はしますからねえ。
山下 もうすこし、こう、近くで一緒に
お風呂に入れるといいのですけれど‥‥。
寺林 ‥‥その、横に葉っぱがありますでしょ。
山下 え? ああ、はい(葉っぱを拾う)。
寺林 それで呼んでみてください。
エサがあればくるはずです。
山下 わかりました。
お、おーい(やさしい声で)。
寺林 ‥‥みてますよ。視界に入ってます。
山下 ノボセー、ゲンー、センー、ハハー。
おいしいのがあるよー。
寺林 ‥‥‥‥あ、きましたね。
山下 わわわわ、きたきた。
‥‥さ、さあ、おたべ。
山下 やった、たべた。
その時でした、
複数名の「おおー」という声が。
目をあげてみれば‥‥。

山下 こ、これは寺林さん、
なんだか僕は、
ご迷惑をかけているのではないでしょうか、
あがります、すぐあがりますので。
寺林 大丈夫ですよ、ゆっくりつかってください。
せっかく警戒がとけたのですから。
ね、ほら。
山下 ああ、こんなに近くで‥‥。
寺林さん、貴重な体験をさせていただいて、
ほんとうにありがとうございました。


ほっかほかに、かわいかった。

「伊豆シャボテン公園」のHPはこちら↓


取材のきっかけになった
入浴中の画像集はこちら↓から直接どうぞ。


カピバラたちは3月26日まで
毎日朝10時30分ころから入浴しています。
急いで!

 

2006-03-15-WED

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