山下 |
このかたが良寛(りょうかん)さんですか。 |
鎗野目 |
そう、良寛さんです。 |
山下 |
毛糸の頭巾をかぶっていますが‥‥。 |
鎗野目 |
誰かがかぶせてさしあげたんでしょうね‥‥。
山下さん、良寛さんはお好きですか? |
山下 |
いや、それが恥ずかしながら‥‥
好きと言えるほど、
良寛さんのことを知らないのです。 |
鎗野目 |
そうですか。 |
山下 |
たしか江戸時代のお坊さんで‥‥
手まりをつくのが好きで‥‥
ええと、それで‥‥すみません、
それくらいしか知りません。 |
鎗野目さんは、
東京渋谷にある「こどもの城」で
劇場運営部長のお仕事に就いているかたです。
この日、僕はあるお仕事で
鎗野目さんと新潟までご一緒しました。
行きの新幹線で、鎗野目さんは言ったのです。
「新潟といえば、良寛さん。
良寛さん、かわいいんですよねえ‥‥」
妻子ある50才の部長さんが
「かわいい」とおっしゃるからには、
僕にはそれを確認する義務があるでしょう。
午前中に仕事を終えると、僕らはタクシーで
この地へ赴いたのでありました。
緑深い山々と広大な田地に囲まれた
自然公園の真ん中で、
ふたりの会話はゆっくりとすすみます。 |
|
山下 |
この、手に持っているのは? |
 |
鎗野目 |
お鉢、ですね。 |
山下 |
おはち?
‥‥あ、托鉢(たくはつ)ですか。 |
鎗野目 |
良寛さんは、ほんとに無欲で、
托鉢だけで生活を送っていたそうです。 |
山下 |
なるほど、質素なかただったのですね。
銅像に「良寛さん」と刻まれてますが‥‥。 |
 |
鎗野目 |
ええ、良寛さん。 |
山下 |
「良寛様」でも「良寛」でもなく、
「良寛さん」なのですね。 |
鎗野目 |
昔も今も親しまれていますからね。
とにかく子どもとよく遊んだそうで‥‥。 |
山下 |
はい「子どもとよく遊んだひと」
というのは何となく知ってるのですが‥‥。
このあたりで遊んでいたのでしょうか。 |
鎗野目 |
そこに山がありますよね。 |
山下 |
え? ああ、はい、ありますね。 |
鎗野目 |
国上山(くがみやま)というのですが、
この山の上のほうに、良寛さんが
20年暮らしていた家があるそうです。 |
山下 |
ここから歩いていけるんですか? |
鎗野目 |
ええ、案内板に書いてありました。
そっちに遊歩道があるみたいです。 |
山下 |
‥‥もちろん、行きますよね。 |
鎗野目 |
‥‥お付き合い、いただけますか。 |
山下 |
いやいやこちらこそ、
お付き合いよろしくお願いします。 |
こうして僕らは、きわめて軽い気持ちで
遊歩道へと入っていきました。
ところが、遊歩道といってもそこは山道。
しかも雪解け水でそうとうぬかるんでいます。
良寛さんのお話をうかがいながら、
あれはどのくらい登り続けたでしょう。
40分? いや、1時間はかかったと思います。
スニーカーはぐちゃぐちゃ、足腰はがくがく。
ようやく僕らは、開けた場所に出ました。
展望台です。 |
|
山下 |
や、鎗野目さん、
ちょ、ちょっと、休みましょう。 |
鎗野目 |
そうですね、休みましょう。 |
山下 |
‥‥途中で僕は思いましたよ。
これは、軽い登山だと。 |
鎗野目 |
いやはや、こたえました(笑)。
私なんか、なにしろこの格好ですので。 |
山下 |
‥‥ええ、ほんとうに、
たいっへんなことだと思います。
スーツですから! |
 |
鎗野目 |
もう、革靴がすべってすべって(笑)。 |
山下 |
素敵です、スーツで山登り! |
 |
鎗野目 |
午前中に仕事がありましたのでねえ。 |
山下 |
良寛さんというテーマからはズレるのですが、
あまりにも素敵なので鎗野目さん、
僕はこの写真を3回繰り返すと思います。 |
鎗野目 |
そうですか(笑)。 |
山下 |
スーツで登山! |
 |
鎗野目 |
さ、そろそろ行きましょう。
そこのつり橋を渡ったところに
良寛さんの家があるそうですよ。 |
山下 |
スーツでつり橋! |
 |
鎗野目 |
ははは、行きますよー。 |
運動不足の僕の足は
まだまだ疲労が残っていましたが、
目的の場所はもうすぐ目の前。
がんばって大きなつり橋を渡りました。
良寛さんが20年住んだというその家は、
山間にひっそりと建っておりました。 |
|
 |
鎗野目 |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥‥ここが。 |
鎗野目 |
「五合庵」と呼ばれているそうです。
じつに、質素ですよね。 |
山下 |
‥‥‥‥良寛さんは、まさしくここで
子どもたちと遊んでいたわけですか‥‥。 |
鎗野目 |
なにごとにも執着しないで、
季節を肌で感じながら、
ただただ子どもたちとの遊びに興じる‥‥。
うらやましくもあります‥‥。 |
山下 |
‥‥あの、鎗野目さん。 |
鎗野目 |
なんでしょう。 |
山下 |
失礼ですが、お子さんは? |
鎗野目 |
ああ、おりますよ、もう大きいのが。
大学が決まりましてね。 |
山下 |
そうですか、それはおめでとうございます。 |
鎗野目 |
ありがとうございます。
‥‥ちいさいころはねえ、
よく一緒に遊んだんですが‥‥。 |
山下 |
‥‥最近は? |
鎗野目 |
いやあもう、さっぱりですよ(笑)。
私なんか眼中にないかんじで‥‥。 |
山下 |
そうですか‥‥。 |
「五合庵」の縁側に腰かける、男ふたり。
鳥のさえずり。清らかな木漏れ日。
春の風が、
鎗野目さんのスーツのすそをひるがえします。
しばらくして僕らは、
近くのお土産物屋さんをのぞいてみました。
お店の壁には、子どもたちと楽しげに遊ぶ
良寛さんのこんな絵が。

お店のおばさんに安全な帰り道を教わると、
僕らはその道をのんびりとくだり
スタート地点の公園へと
もどってきたのでありました。
陽はだいぶ傾いております。 |
|
鎗野目 |
いいの買いましたね(笑)。 |
山下 |
ええ、やはりここは良寛さんにちなんで
これかなあ、と。 |
 |
山下 |
この手まりをですね鎗野目さん、
ぜひ良寛さんと一緒に撮りたいのですが‥‥。
最後に、お付き合いいただけますか? |
鎗野目 |
もちろんですよ。 |
山下 |
恐縮です。
では、まいりましょう(タタタ)。 |
鎗野目 |
いきましょう(スーツでタタタ)。 |
山下 |
(到着)‥‥ええと、
こんな感じでしょうか‥‥。 |
 |
鎗野目 |
あ、いいじゃないですか。 |
山下 |
‥‥はい。ですが、せっかくですので、
この頭巾をとって撮りたいですよね。
お顔をよく拝見したいですし。 |
鎗野目 |
なるほど。 |
山下 |
‥‥かまいませんよね? |
鎗野目 |
‥‥悪いことではないと思います。 |
山下 |
では、ちょっと失礼して‥‥(頭巾をはずす)。
‥‥‥‥ああ。 |
 |
鎗野目 |
‥‥‥‥‥‥‥。 |
山下 |
‥‥‥‥‥まなざしが、あたたかいです。 |
鎗野目 |
‥‥‥‥‥はい。 |
山下 |
‥‥子どもをみつめるまなざしですよね。 |
 |
鎗野目 |
‥‥ええ。 |
山下 |
でも、おとなの視線ではなくて、
どこかこう、あどけないというか‥‥。
無邪気にさえみえてきました。
いっしょに遊びたそうな‥‥。 |
 |
鎗野目 |
‥‥あのですね山下さん。 |
山下 |
はい。 |
鎗野目 |
良寛さんの有名な話があるのですが‥‥。 |
山下 |
どんなお話でしょう? |
鎗野目 |
夕方にですね、良寛さんが子どもたちと
田んぼでかくれんぼをしていたんだそうです。 |
山下 |
かくれんぼ(笑)。 |
鎗野目 |
良寛さんがかくれてるうちに日が暮れて、
子どもたちは良寛さんを見つけられずに
そのまま帰ってしまうんですね。 |
山下 |
ああ(笑)。
良寛さんはかくれ続けるんですか。 |
鎗野目 |
そう(笑)。
それで、次の日の朝早く、
農家のひとが良寛さんを見つけて言うんです。
「良寛さん、どうしたんです!?」
そしたら良寛さん‥‥。 |
山下 |
なんて答えるんでしょう? |
鎗野目 |
「静かにしなさい! 大声を出したら、
子どもたちに見つかってしまうだろ」と。 |
山下 |
無邪気ですねー(笑)。 |
鎗野目 |
ねえ(笑)。 |
山下 |
ははは‥‥。ああ、いけないいけない、
はやく写真を撮って頭巾を元に戻さないと。 |
鎗野目 |
まだ冷え込みますからね。 |
山下 |
それでは、撮りまーす。 |

「お、手まり? 遊ぼう遊ぼう」 |