カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

春まだ浅い、とある日曜日のことでした。
新潟県分水町、
道の駅「国上(くがみ)」に隣接する
「国上健康の森公園」。

鎗野目(やりのめ)信雄さん(50)は、
公園内にたたずむ銅像の前に立ち止まると、
おだやかな声で、つぶやきました。
「ああ、いいお顔です‥‥」


第53回
良寛さんはカワイイ


山下 このかたが良寛(りょうかん)さんですか。
鎗野目 そう、良寛さんです。
山下 毛糸の頭巾をかぶっていますが‥‥。
鎗野目 誰かがかぶせてさしあげたんでしょうね‥‥。
山下さん、良寛さんはお好きですか?
山下 いや、それが恥ずかしながら‥‥
好きと言えるほど、
良寛さんのことを知らないのです。
鎗野目 そうですか。
山下 たしか江戸時代のお坊さんで‥‥
手まりをつくのが好きで‥‥
ええと、それで‥‥すみません、
それくらいしか知りません。

鎗野目さんは、
東京渋谷にある「こどもの城」で
劇場運営部長のお仕事に就いているかたです。

この日、僕はあるお仕事で
鎗野目さんと新潟までご一緒しました。
行きの新幹線で、鎗野目さんは言ったのです。
「新潟といえば、良寛さん。
 良寛さん、かわいいんですよねえ‥‥」
妻子ある50才の部長さんが
「かわいい」とおっしゃるからには、
僕にはそれを確認する義務があるでしょう。
午前中に仕事を終えると、僕らはタクシーで
この地へ赴いたのでありました。

緑深い山々と広大な田地に囲まれた
自然公園の真ん中で、
ふたりの会話はゆっくりとすすみます。


山下 この、手に持っているのは?
鎗野目 お鉢、ですね。
山下 おはち?
‥‥あ、托鉢(たくはつ)ですか。
鎗野目 良寛さんは、ほんとに無欲で、
托鉢だけで生活を送っていたそうです。
山下 なるほど、質素なかただったのですね。
銅像に「良寛さん」と刻まれてますが‥‥。
鎗野目 ええ、良寛さん。
山下 「良寛様」でも「良寛」でもなく、
「良寛さん」なのですね。
鎗野目 昔も今も親しまれていますからね。
とにかく子どもとよく遊んだそうで‥‥。
山下 はい「子どもとよく遊んだひと」
というのは何となく知ってるのですが‥‥。
このあたりで遊んでいたのでしょうか。
鎗野目 そこに山がありますよね。
山下 え? ああ、はい、ありますね。
鎗野目 国上山(くがみやま)というのですが、
この山の上のほうに、良寛さんが
20年暮らしていた家があるそうです。
山下 ここから歩いていけるんですか?
鎗野目 ええ、案内板に書いてありました。
そっちに遊歩道があるみたいです。
山下 ‥‥もちろん、行きますよね。
鎗野目 ‥‥お付き合い、いただけますか。
山下 いやいやこちらこそ、
お付き合いよろしくお願いします。

こうして僕らは、きわめて軽い気持ちで
遊歩道へと入っていきました。
ところが、遊歩道といってもそこは山道。
しかも雪解け水でそうとうぬかるんでいます。

良寛さんのお話をうかがいながら、
あれはどのくらい登り続けたでしょう。
40分? いや、1時間はかかったと思います。
スニーカーはぐちゃぐちゃ、足腰はがくがく。
ようやく僕らは、開けた場所に出ました。
展望台です。


山下 や、鎗野目さん、
ちょ、ちょっと、休みましょう。
鎗野目 そうですね、休みましょう。
山下 ‥‥途中で僕は思いましたよ。
これは、軽い登山だと。
鎗野目 いやはや、こたえました(笑)。
私なんか、なにしろこの格好ですので。
山下 ‥‥ええ、ほんとうに、
たいっへんなことだと思います。
スーツですから!
鎗野目 もう、革靴がすべってすべって(笑)。
山下 素敵です、スーツで山登り!
鎗野目 午前中に仕事がありましたのでねえ。
山下 良寛さんというテーマからはズレるのですが、
あまりにも素敵なので鎗野目さん、
僕はこの写真を3回繰り返すと思います。
鎗野目 そうですか(笑)。
山下 スーツで登山!
鎗野目 さ、そろそろ行きましょう。
そこのつり橋を渡ったところに
良寛さんの家があるそうですよ。
山下 スーツでつり橋!
鎗野目 ははは、行きますよー。

運動不足の僕の足は
まだまだ疲労が残っていましたが、
目的の場所はもうすぐ目の前。
がんばって大きなつり橋を渡りました。

良寛さんが20年住んだというその家は、
山間にひっそりと建っておりました。


鎗野目 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥ここが。
鎗野目 「五合庵」と呼ばれているそうです。
じつに、質素ですよね。
山下 ‥‥‥‥良寛さんは、まさしくここで
子どもたちと遊んでいたわけですか‥‥。
鎗野目 なにごとにも執着しないで、
季節を肌で感じながら、
ただただ子どもたちとの遊びに興じる‥‥。
うらやましくもあります‥‥。
山下 ‥‥あの、鎗野目さん。
鎗野目 なんでしょう。
山下 失礼ですが、お子さんは?
鎗野目 ああ、おりますよ、もう大きいのが。
大学が決まりましてね。
山下 そうですか、それはおめでとうございます。
鎗野目 ありがとうございます。
‥‥ちいさいころはねえ、
よく一緒に遊んだんですが‥‥。
山下 ‥‥最近は?
鎗野目 いやあもう、さっぱりですよ(笑)。
私なんか眼中にないかんじで‥‥。
山下 そうですか‥‥。

「五合庵」の縁側に腰かける、男ふたり。
鳥のさえずり。清らかな木漏れ日。
春の風が、
鎗野目さんのスーツのすそをひるがえします。

しばらくして僕らは、
近くのお土産物屋さんをのぞいてみました。
お店の壁には、子どもたちと楽しげに遊ぶ
良寛さんのこんな絵が。

お店のおばさんに安全な帰り道を教わると、
僕らはその道をのんびりとくだり
スタート地点の公園へと
もどってきたのでありました。
陽はだいぶ傾いております。


鎗野目 いいの買いましたね(笑)。
山下 ええ、やはりここは良寛さんにちなんで
これかなあ、と。
山下 この手まりをですね鎗野目さん、
ぜひ良寛さんと一緒に撮りたいのですが‥‥。
最後に、お付き合いいただけますか?
鎗野目 もちろんですよ。
山下 恐縮です。
では、まいりましょう(タタタ)。
鎗野目 いきましょう(スーツでタタタ)。
山下 (到着)‥‥ええと、
こんな感じでしょうか‥‥。
鎗野目 あ、いいじゃないですか。
山下 ‥‥はい。ですが、せっかくですので、
この頭巾をとって撮りたいですよね。
お顔をよく拝見したいですし。
鎗野目 なるほど。
山下 ‥‥かまいませんよね?
鎗野目 ‥‥悪いことではないと思います。
山下 では、ちょっと失礼して‥‥(頭巾をはずす)。
‥‥‥‥ああ。
鎗野目 ‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥まなざしが、あたたかいです。
鎗野目 ‥‥‥‥‥はい。
山下 ‥‥子どもをみつめるまなざしですよね。
鎗野目 ‥‥ええ。
山下 でも、おとなの視線ではなくて、
どこかこう、あどけないというか‥‥。
無邪気にさえみえてきました。
いっしょに遊びたそうな‥‥。
鎗野目 ‥‥あのですね山下さん。
山下 はい。
鎗野目 良寛さんの有名な話があるのですが‥‥。
山下 どんなお話でしょう?
鎗野目 夕方にですね、良寛さんが子どもたちと
田んぼでかくれんぼをしていたんだそうです。
山下 かくれんぼ(笑)。
鎗野目 良寛さんがかくれてるうちに日が暮れて、
子どもたちは良寛さんを見つけられずに
そのまま帰ってしまうんですね。
山下 ああ(笑)。
良寛さんはかくれ続けるんですか。
鎗野目 そう(笑)。
それで、次の日の朝早く、
農家のひとが良寛さんを見つけて言うんです。
「良寛さん、どうしたんです!?」
そしたら良寛さん‥‥。
山下 なんて答えるんでしょう?
鎗野目 「静かにしなさい! 大声を出したら、
 子どもたちに見つかってしまうだろ」と。
山下 無邪気ですねー(笑)。
鎗野目 ねえ(笑)。
山下 ははは‥‥。ああ、いけないいけない、
はやく写真を撮って頭巾を元に戻さないと。
鎗野目 まだ冷え込みますからね。
山下 それでは、撮りまーす。

「お、手まり? 遊ぼう遊ぼう」


「良寛さんはカワイイ」と、
僕はしみじみ確かに認識いたしました。

ちなみに僕らが訪れた後、3/20から
分水町は、近隣市町と合併が行われ
「燕市」の「分水地区」となりました。
そのため、ご案内に適切なHPを
みつけることができませんでした。
アクセスなどはコチラからどうぞ。
同じ敷地にある温泉施設のHPです。
もちろん僕らも、山登りの疲れを癒しました。

2006-04-12-WED

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