山下 |
わあ‥‥。
ポーチ、ですか。 |
白石 |
はい、ポーチです。 |
山下 |
ひよこマークのポーチ。 |
白石 |
そうですね、ひよこのポーチ。 |
山下 |
白石さんは、毎日その
ひよこポーチを持って
お仕事にいかれているのですね。 |
白石 |
はい、
毎日これを持って研究室に。 |
山下 |
そうですか、研究室に。 |
白石タケオさん(仮名)は、
某有名私立大学で助教授の
お仕事をなさっている物静かな43歳です。
ご専門は国際社会学。
大学助教授とひよこのポーチ。
なんてすばらしい取り合わせ‥‥。
お話、うかがってまいりましょう。 |
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山下 |
ひよこのポーチ、
持たせていただいて構いませんか? |
白石 |
ええ、どうぞどうぞ(渡す)。 |
山下 |
は~、裏地もこんな‥‥。 |
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白石 |
そのポーチが
いちばん気に入っているので
持って歩く頻度も高いんですよ。 |
山下 |
いちばん‥‥ということは、
ほかにもポーチが? |
白石 |
ありますよ。
これとか、こういうのですとか、
あとはこれと、それからこれも‥‥
(どんどんテーブルに並べる)。 |
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山下 |
‥‥並びましたねえ。
あの、これらはみな
手づくりのようですが‥‥。 |
白石 |
ええ、そうです。 |
山下 |
白石さんが縫われた。 |
白石 |
いやいや、つくるのは妻です。
僕は、ひよこの下絵を描くだけで。 |
山下 |
あ、つまりは、
白石さんが描いた下絵を
奥様がポーチに刺繍していると。 |
白石 |
はい。 |
山下 |
すばらしい‥‥。
じゃあ白石さんは、
絵がお得意なのですね。 |
白石 |
や、得意とか、
ぜんぜんそんなことはなくて
ほんとにヘタなんですよ。
妻がちょっと描いてみてというので
なんとなく描いてみたら
ヘタが幸いしたのか
いい感じでポーチにおさまったので
それを繰り返してるだけなんです。
‥‥あの、下絵、ご覧になります? |
山下 |
え? あ、はい、もちろんです、
拝見させてください。 |
白石 |
ええと(数枚の紙を出す)、
こんなものなのですが‥‥。 |
 |
山下 |
‥‥これはすごい。 |
白石 |
おとなが描こうと思っても
描ける絵ではないと、
それがうらやましいと、
妻は言います。 |
山下 |
‥‥奥様がおっしゃることは
まさしくその通りだと思います。
なかなかこういう感じには‥‥。 |
白石 |
最初におみせしたポーチの下絵が、
これですね。 |
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山下 |
ほんとだあ(笑)。 |
白石 |
あと、そっちの場合は‥‥。 |
山下 |
はい、こちらの場合。 |
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白石 |
このあたりが下絵になります。 |
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山下 |
いましたいました(笑)。 |
白石 |
で、そっちの‥‥。 |
山下 |
はい、これ。 |
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白石 |
下絵は、それです。 |
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山下 |
ああ、また微妙なひよこが(笑)。 |
白石 |
それと、その横にあるのは
ひよこではなくて
おとなのトリなのですが‥‥。 |
山下 |
これですね。 |
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白石 |
下絵はこれになります。 |
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山下 |
なるほどー。 |
白石 |
あとは、人間の男の子。 |
山下 |
はい、この子。 |
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白石 |
たまにはトリ以外もと思いまして。
下絵はこれです。 |
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山下 |
なんとも、
味わい深いといいますか‥‥。
この微妙なタッチを
忠実に刺繍で再現なさっている
奥様もすごいと思います。 |
白石 |
ありがとうございます。 |
山下 |
ところで、この下絵にはいっている
マルとかバツは? |
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白石 |
それは‥‥
なにしろ試行錯誤の連続でして、
同じ図案をいくつも描いて
その中から選ぶので
そんなしるしがついてるわけです。 |
山下 |
あー、そういえば同じ図案で
何度か描き直してるのがあります。
これは、バツなのですね? |
 |
白石 |
ですねえ、バツですねえ。 |
山下 |
これも? |
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白石 |
ええ、なにかがちがいます。 |
山下 |
‥‥そうですか、
でもこれはマルでもいいのでは? |
 |
白石 |
いやあ、もうひとつですね。 |
山下 |
‥‥そうですか。
ん? これは?
これ、いいじゃないですか、
ちょんぼりしてます。 |
 |
白石 |
‥‥いいかもしれませんが、
図案がちがいますよね。 |
山下 |
あ、そうか、
そもそも図案が異なりました。
‥‥で結局、この図案では、
最終的にこれにマルがついたと。 |
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白石 |
はい、この中ではこれです。 |
山下 |
なるほど。
‥‥それでですね白石さん、
具体的にですね、
白石さんは大学でこうした
ひよこポーチをどのように
つかってらっしゃるのでしょう。 |
白石 |
え? それはもう、
普通にこうやってバッグに入れて。 |
 |
山下 |
なるほど、
黒いバッグにかわいいポーチを
ひそませているわけですね(笑)。 |
白石 |
そうですね(笑)。 |
山下 |
バッグの中ということは、
生徒さんの目にはいることは
あまりないのでしょうか。 |
白石 |
ええ、堂々と表には出さないので。
でもときどき
生徒さんに見つけられて
「カワイイですね」などと
言われることはありますよ。 |
山下 |
そんな生徒さんに向かって
「僕が描いたひよこだよ」
と答えるようなことは‥‥。 |
白石 |
いや、今のところそこまでは‥‥。 |
山下 |
そうですか‥‥。
反応するのは
やはり女子の生徒さんですか。 |
白石 |
そうでもないですよ、
これをじっと見つめる男子もいれば
関心を示さない女子も多いです。
‥‥そもそも、かわいいものに
興味を持つひとの割合って
男女差がないように思いません? |
山下 |
ああ、そうかもしれません。
‥‥そのポーチの中には
どんな物が入っているのですか? |
白石 |
こまごまとした物です。
ティッシュだとか、薬だとか、
リップクリームに、お菓子も‥‥。 |
山下 |
このポーチを持って
トイレにいくようなことは? |
白石 |
ないですないです(笑)。 |
山下 |
失礼しました(笑)。
でも、これからもポーチは
つかい続けるのですよね。 |
白石 |
はい。
なにしろ妻が刺繍したものが
どんどんできてきてますので。
こんな具合で(テーブルに置く)。 |
 |
山下 |
すごーい。
やっぱりトリなんですね。
昔からお好きだったのでしょうか。 |
白石 |
あ、それがですね。 |
山下 |
はい。 |
白石 |
どうやら
子どもの頃から好きだったらしい
ということが最近判明したんです。 |
山下 |
と、言いますと? |
白石 |
ついこの前実家に帰ったときに‥‥
ちょっと待ってくださいね
(スタスタスタと奥の部屋へ)。 |
山下 |
実家? ご実家でなにか
みつけられたのでしょうか‥‥。 |
白石 |
(スタスタスタと戻ってくる)
これこれ、これなんですよ。 |
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山下 |
これは‥‥。 |
白石 |
僕が1年生のときに描いた絵を
親がスクラップしていたんです。
その中に‥‥。 |
山下 |
はい。 |
白石 |
こんな絵があったんです。 |
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山下 |
こ、これは‥‥。 |
白石 |
ほかにもこうしたトリの絵が
多数みつかりました。 |
山下 |
‥‥白石さん、
たいへん失礼なのですが‥‥。 |
白石 |
‥‥おっしゃりたいことは、
わかります。 |
山下 |
そ、そうですか。 |
白石 |
僕の絵の技術は
「この時点で完全に止まっている」
ということですよね。 |
山下 |
‥‥‥‥はい。
ですが白石さん、それって
すばらしいことだと思います。
本日はどうも、
ありがとうございました! |