カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

夏を目前にした平日の昼下がり。
東京都内のとあるマンションの、
リビングルームに僕はお邪魔しています。

白石タケオさん(43)は、
布製で手づくりの物体を
両手のひらで静かに包むと、
すこしはにかみながら
僕にみせてくれるのでありました。


第56回
ひよこポーチはカワイイ


山下 わあ‥‥。
ポーチ、ですか。
白石 はい、ポーチです。
山下 ひよこマークのポーチ。
白石 そうですね、ひよこのポーチ。
山下 白石さんは、毎日その
ひよこポーチを持って
お仕事にいかれているのですね。
白石 はい、
毎日これを持って研究室に。
山下 そうですか、研究室に。

白石タケオさん(仮名)は、
某有名私立大学で助教授の
お仕事をなさっている物静かな43歳です。
ご専門は国際社会学。

大学助教授とひよこのポーチ。
なんてすばらしい取り合わせ‥‥。
お話、うかがってまいりましょう。


山下 ひよこのポーチ、
持たせていただいて構いませんか?
白石 ええ、どうぞどうぞ(渡す)。
山下 は〜、裏地もこんな‥‥。
白石 そのポーチが
いちばん気に入っているので
持って歩く頻度も高いんですよ。
山下 いちばん‥‥ということは、
ほかにもポーチが?
白石 ありますよ。
これとか、こういうのですとか、
あとはこれと、それからこれも‥‥
(どんどんテーブルに並べる)。
山下 ‥‥並びましたねえ。
あの、これらはみな
手づくりのようですが‥‥。
白石 ええ、そうです。
山下 白石さんが縫われた。
白石 いやいや、つくるのは妻です。
僕は、ひよこの下絵を描くだけで。
山下 あ、つまりは、
白石さんが描いた下絵を
奥様がポーチに刺繍していると。
白石 はい。
山下 すばらしい‥‥。
じゃあ白石さんは、
絵がお得意なのですね。
白石 や、得意とか、
ぜんぜんそんなことはなくて
ほんとにヘタなんですよ。
妻がちょっと描いてみてというので
なんとなく描いてみたら
ヘタが幸いしたのか
いい感じでポーチにおさまったので
それを繰り返してるだけなんです。
‥‥あの、下絵、ご覧になります?
山下 え? あ、はい、もちろんです、
拝見させてください。
白石 ええと(数枚の紙を出す)、
こんなものなのですが‥‥。
山下 ‥‥これはすごい。
白石 おとなが描こうと思っても
描ける絵ではないと、
それがうらやましいと、
妻は言います。
山下 ‥‥奥様がおっしゃることは
まさしくその通りだと思います。
なかなかこういう感じには‥‥。
白石 最初におみせしたポーチの下絵が、
これですね。
山下 ほんとだあ(笑)。
白石 あと、そっちの場合は‥‥。
山下 はい、こちらの場合。
白石 このあたりが下絵になります。
山下 いましたいました(笑)。
白石 で、そっちの‥‥。
山下 はい、これ。
白石 下絵は、それです。
山下 ああ、また微妙なひよこが(笑)。
白石 それと、その横にあるのは
ひよこではなくて
おとなのトリなのですが‥‥。
山下 これですね。
白石 下絵はこれになります。
山下 なるほどー。
白石 あとは、人間の男の子。
山下 はい、この子。
白石 たまにはトリ以外もと思いまして。
下絵はこれです。
山下 なんとも、
味わい深いといいますか‥‥。
この微妙なタッチを
忠実に刺繍で再現なさっている
奥様もすごいと思います。
白石 ありがとうございます。
山下 ところで、この下絵にはいっている
マルとかバツは?
白石 それは‥‥
なにしろ試行錯誤の連続でして、
同じ図案をいくつも描いて
その中から選ぶので
そんなしるしがついてるわけです。
山下 あー、そういえば同じ図案で
何度か描き直してるのがあります。
これは、バツなのですね?
白石 ですねえ、バツですねえ。
山下 これも?
白石 ええ、なにかがちがいます。
山下 ‥‥そうですか、
でもこれはマルでもいいのでは?
白石 いやあ、もうひとつですね。
山下 ‥‥そうですか。
ん? これは?
これ、いいじゃないですか、
ちょんぼりしてます。
白石 ‥‥いいかもしれませんが、
図案がちがいますよね。
山下 あ、そうか、
そもそも図案が異なりました。
‥‥で結局、この図案では、
最終的にこれにマルがついたと。
白石 はい、この中ではこれです。
山下 なるほど。
‥‥それでですね白石さん、
具体的にですね、
白石さんは大学でこうした
ひよこポーチをどのように
つかってらっしゃるのでしょう。
白石 え? それはもう、
普通にこうやってバッグに入れて。
山下 なるほど、
黒いバッグにかわいいポーチを
ひそませているわけですね(笑)。
白石 そうですね(笑)。
山下 バッグの中ということは、
生徒さんの目にはいることは
あまりないのでしょうか。
白石 ええ、堂々と表には出さないので。
でもときどき
生徒さんに見つけられて
「カワイイですね」などと
言われることはありますよ。
山下 そんな生徒さんに向かって
「僕が描いたひよこだよ」
と答えるようなことは‥‥。
白石 いや、今のところそこまでは‥‥。
山下 そうですか‥‥。
反応するのは
やはり女子の生徒さんですか。
白石 そうでもないですよ、
これをじっと見つめる男子もいれば
関心を示さない女子も多いです。
‥‥そもそも、かわいいものに
興味を持つひとの割合って
男女差がないように思いません?
山下 ああ、そうかもしれません。
‥‥そのポーチの中には
どんな物が入っているのですか?
白石 こまごまとした物です。
ティッシュだとか、薬だとか、
リップクリームに、お菓子も‥‥。
山下 このポーチを持って
トイレにいくようなことは?
白石 ないですないです(笑)。
山下 失礼しました(笑)。
でも、これからもポーチは
つかい続けるのですよね。
白石 はい。
なにしろ妻が刺繍したものが
どんどんできてきてますので。
こんな具合で(テーブルに置く)。
山下 すごーい。
やっぱりトリなんですね。
昔からお好きだったのでしょうか。
白石 あ、それがですね。
山下 はい。
白石 どうやら
子どもの頃から好きだったらしい
ということが最近判明したんです。
山下 と、言いますと?
白石 ついこの前実家に帰ったときに‥‥
ちょっと待ってくださいね
(スタスタスタと奥の部屋へ)。
山下 実家? ご実家でなにか
みつけられたのでしょうか‥‥。
白石 (スタスタスタと戻ってくる)
これこれ、これなんですよ。
山下 これは‥‥。
白石 僕が1年生のときに描いた絵を
親がスクラップしていたんです。
その中に‥‥。
山下 はい。
白石 こんな絵があったんです。
山下 こ、これは‥‥。
白石 ほかにもこうしたトリの絵が
多数みつかりました。
山下 ‥‥白石さん、
たいへん失礼なのですが‥‥。
白石 ‥‥おっしゃりたいことは、
わかります。
山下 そ、そうですか。
白石 僕の絵の技術は
「この時点で完全に止まっている」
ということですよね。
山下 ‥‥‥‥はい。
ですが白石さん、それって
すばらしいことだと思います。
本日はどうも、
ありがとうございました!


カワイイものを、
すこし秘密にしているところが
なんだかとても、
かわいかったのでありました。

さて、
久々の更新となりました。
これからも、
カワイイものをみつけたならマイペースで
みなさまにお伝えしていこうと思います。
ゆったりと、おつきあいください。

2006-08-02-WED

HOME
戻る