山下 |
ほんものの、オオムラサキ‥‥。 |
清井 |
きれいでしょ? |
山下 |
はい、それはもう‥‥。
国蝶、日本を代表する蝶‥‥。
図鑑でしか会えないものと思ってました。 |
清井 |
そうですか。
たくさんいますから、さあ行きましょう。 |
山下 |
はい! |
この日僕は、私用で山梨県を訪れていました。
車を運転していて、ふと見つけた看板。
「北杜市オオムラサキセンター」。
オオムラサキといえば、子ども時代の憧れ。
昭和32年、日本の国蝶に指定された昆虫。
図鑑や切手に印刷されたその美しい姿を僕は
飽きることなく眺めていたものです。
迷わずセンターに立ち寄ってみると、
案内図に「生態観察施設」という文字が。
「ほんものに会えるかも‥‥」
この時点で僕は取材を決意していました。
国蝶を愛でる中高年男性が、
必ずやいらっしゃるに違いありませんから。
果たして、受け付け付近を見渡せば
すばらしい笑顔でたたずむおじさまが1名。
それが、清井(せいい)義雄さんなのでした。
快く取材を受けてくださった清井さんは、
「生態観察施設」へと案内してくださいました。
それはこのような入り口です。
温室のような雰囲気の中を
ゆっくり歩きながら、
お話をうかがってまいりましょう。 |
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清井 |
ここでは生きているオオムラサキを
一年を通して観察できるんです。 |
山下 |
は~、広いですねえ。
雑木林のような‥‥。 |
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清井 |
エノキですね、
ムーちゃんはエノキの葉しか食べないので。 |
山下 |
え? ムーちゃん? |
清井 |
オオムラサキの幼虫のことを
職員はムーちゃんと呼んでいるのです。 |
山下 |
そうですか、いい呼び方ですね。 |
清井 |
はい、しかしあの‥‥。 |
山下 |
なんでしょう。 |
清井 |
ご案内するのは私でよかったのでしょうか、
もっと詳しい学芸員もおりますが‥‥。 |
山下 |
いえ、清井さんで。
もう、直感でそう思いましたので(笑)。 |
清井 |
なにしろ私は臨時職員ですから‥‥。 |
山下 |
ということは、ほかにご本業が? |
清井 |
ええ、養鶏業をやっております。 |
山下 |
そうですか養鶏を。
‥‥ん?
ああ、そこに集まってますねえ。 |
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清井 |
みていただきやすいように、
エサ台を設置しているんです。 |
山下 |
さりげなく、カブトもいますよ。 |
清井 |
はい、自然界ではオオムラサキも
カブトムシと同じように
樹液を吸ってますので。 |
山下 |
‥‥集まってきた。
あっちにも、ここにも‥‥。
すごい数です。 |
清井 |
7月10日ころのピークには、
いちにちに100近く羽化するんですよ。 |
山下 |
そんなに。 |
清井 |
いまはもうだいぶ減って、
オスも少ないんですけどね。 |
山下 |
なるほど、羽が紫色じゃないのが多いです。
これはメスなんですか。
とはいえ立派です、おおきいし。 |
清井 |
堂々としたものですよ。 |
山下 |
ああ、オオムラサキがこんなに‥‥。
何度もいいますが、図鑑でしか知らなくて
子どものころあこがれていた国蝶に、
この年齢になって会えるなんて‥‥。
たいへん感動しています。 |
清井 |
そうですか、そう言っていただけると。 |
山下 |
‥‥ん? あれ? 清井さん、
そちらのお客さんの帽子に。 |
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清井 |
わりと人間をこわがらないんです。 |
山下 |
へえ~。 |
清井 |
このエサ台のそばにいると、
とくに寄ってきますよ。
‥‥ほら、足もと。 |
山下 |
え? わあああ。 |
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清井 |
じっとしててみてください。
もっと寄ってきますから。 |
山下 |
はい(じっとする)。 |
清井 |
そっと手をだして‥‥。 |
山下 |
はい(手を出す)。
‥‥‥‥‥‥あ、あ、あ。
とことこ歩いてのぼってきました。 |
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清井 |
ね。 |
山下 |
すごいなあ‥‥。
さすが国蝶、まったく物おじしないですね。 |
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山下 |
‥‥感動です。 |
清井 |
私の手にも、ほら。 |
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山下 |
ほんとだ‥‥。
清井さん、よおくみますと
ひょうきんな顔をしてますよね。 |
清井 |
そうですか? |
山下 |
あ、いや、清井さんがではなく、
オオムラサキがですよ。 |
清井 |
ええ、ええ(笑)。 |
山下 |
ほら、拡大した写真をみてくださいよ。 |
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清井 |
ほほう。 |
山下 |
ひょうきんです、
ひょうきんでかわいいですよね? |
清井 |
‥‥じつはですね。 |
山下 |
はい。 |
清井 |
私はここに勤めて2年になるんですが、
その前まではですね、
何が嫌いかって、蛾が大嫌いだったんです。 |
山下 |
そうですか‥‥チョウチョもですか? |
清井 |
すこし(笑)。
ところが、ここに来て標本の整理などを
しながらいろいろ調べているうちにですね、
ほお、蛾もおもしろいじゃないか、と(笑)。
なんでも知りゃあ好きになるよと、
そう思うようになりました。 |
山下 |
今ではオオムラサキもかわいい、と。 |
清井 |
かわいい、ですか‥‥。
かわいいってことでいうと、幼虫ですね。 |
山下 |
あ、幼虫、ムーちゃんですね。 |
清井 |
はい、顔がかわいいんですよ。 |
山下 |
成虫はどうでしょう。 |
清井 |
成虫はダイナミックだと思います。 |
山下 |
なるほど(笑)。 |
清井 |
幼虫、おみせできるといいのですが‥‥。 |
山下 |
いますでしょうか。 |
清井 |
どうでしょう、だいぶ羽化しちゃったので。
でもたしかあっちのエノキに‥‥。
行ってみましょう。 |
山下 |
はい。 |
 |
施設の奥へと、僕をいざなう清井さん。
清井さんはどうやら、
どのエノキにどれくらい幼虫がいるのかを
おおむね把握しておられるようです。
しかし相手は生き物、移動もします。
かわいい顔とおっしゃるムーちゃんは、
なかなかみつかりません。 |
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清井 |
あ。 |
山下 |
ムーちゃんですか! |
清井 |
いや、ほら、サナギがありました。 |
山下 |
え? どこに? |
清井 |
ここですここ。 |
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山下 |
ああ、これは気づきませんねえ、
みごとな擬態です。 |
清井 |
で、ムーちゃんですよねえ(探す)、
いなくなっちゃったかなあ‥‥。 |
山下 |
成虫になっちゃったとか? |
清井 |
いや、あの子はまだだと思うんですよ。
‥‥あ、いました、いましたよ。 |
山下 |
あ、ああ! いたいたいた!
これがムーちゃんですか。 |
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清井 |
顔がもうちょっとみえるといいんですが。 |
山下 |
ツノが2本ありますね。
これは触覚ですか? |
清井 |
え? このツノですか、
ええと、触覚ですかねえ、武器? |
山下 |
武器。 |
清井 |
いや、すみませんわかりません。
しろうとなもので申し訳ないです。 |
山下 |
いえいえいえ。
ちょっとうしろ姿も撮りますね。 |
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清井 |
幼虫は、エノキの葉が落ちると
下に降りて落ち葉の中で越冬するんです。
そして、春になるとまたのぼってくる。
そういうのがですね、うれしいです。
かわいくも思います。 |
山下 |
そうですか。 |
清井 |
でも、顔がいちばんかわいいんですけど
これ隠れちゃってて‥‥
みせてくれないかなあ。 |
山下 |
‥‥‥‥‥‥(何かをみつける)。
あの、清井さん。 |
清井 |
なんでしょう。 |
山下 |
そこの枝で‥‥。 |
清井 |
枝? ‥‥‥‥ああ。 |
山下 |
すばらしいですね‥‥。 |
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山下 |
産卵を見られるなんて‥‥。 |
清井 |
ラッキーでした。 |
山下 |
おかあさん、羽がぼろぼろです。 |
清井 |
ええ。
でも、あの卵からまた
ムーちゃんたちが産まれます。
来年の夏には元気にここを
飛び回っているはずです。
よろしければまたいらしてください。 |
山下 |
‥‥はい。
きょうは貴重なものをたくさん、
ほんとうにありがとうございました。
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