川上 |
糸井さんは、たくさんの方と
対談をなさっていますが、
そのかたの本を読んで「会ってみたい」と
お思いになることが多いのですか?
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糸井 |
本で人を知ることは、多いです。
でも、それについて、少し
思っていることがあります。
取材や対談をするときには、
相手のことをよく知らないと
会う資格がないというふうに
言われることがあるでしょう。
でも、その人のことをぜんぶ
本で知ろうとするのは、無理なことです。
それに、本に書いて発表したことを
相手が全部知っているということが
出会いの偶然性を邪魔するような気がするんです。
「僕はここまで知っている、
知らないことを教えてください」
というふうになっちゃうと、
だれもが知りたいところへは
たどり着かないと思うんです。
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川上 |
吉本隆明さんと糸井さんの『悪人正機』は、
そういう意味で、すごくおもしろかった本です。
たしかに、糸井さんが吉本隆明さんの
全部を知ってからお話をうかがうとしたら、
ああいう質問はできないような気がします。
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糸井 |
できないです。
とてもじゃないですけど、
吉本隆明さんが書いたものを
僕がわかって
おつき合いしているとは思えないので。
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川上 |
そんなこともないと思いますけれども。
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糸井 |
いやいや、だって、
吉本さんの文章って、
ほんとにわからないように書いてあるんです。
どうして文章を書く人って、
あんなにわからないように書くんだろう(笑)。
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川上 |
私も若いころ、吉本隆明さんの本を読んで、
さっぱりわからなかったんです。
なのに、この『悪人正機』は、
理解ができたんですよ。
「吉本さんって、
こんなことを喋る人だったんだ!」
と思いました。
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糸井 |
わからないように書く理由が
きっとあるんだと思うんですけどね。
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川上 |
私は、なるべくわかるように
書くタチなんですが、
そうすると、小説が「わかりすぎる」と
叱られちゃったりするんです(笑)。
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糸井 |
川上さんの作品は、
わかるように書いてあるんだけど、
わかったかどうかかが
じわじわと不安になってくる性質があります。
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川上 |
自分でも、呆然としながら、
「何を書いているんだろう?」と思って
書いているから。
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糸井 |
最初に、川上さんが読んでくださった
ほんの数分の文章でも、
わかったつもりになっていますが、
実はわからないんです。
数式を説明しているわけじゃないから
それは全く構わないと思うんですが、
川上さんは、
わかるようなことを書いているふりをして、
読んでいるほうも気持ちよく
わかったような気になっている。
なのに、どんどん読者を路地の奥に
連れていってしまう人なんです。
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川上 |
小説には、そういう一面がありますね。
今回、私がおすすめ本として挙げたものは、
そういう意味で、みんな
わからない小説ばかりかもしれない。
一方で、糸井さんの挙げてくださった本には、
わかるものがたくさんある。
私は、糸井さんのおすすめ本の中から
『安心社会から信頼社会へ』を
まず最初に読みはじめました。
この本は、不明なところがなくて
何て気持ちがいいんだろう、と思いました。
数式を読むような気持ちのよさがあります。
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糸井 |
川上さんは、作家になる前、
学校の先生でいらっしゃったんですよね?
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川上 |
理科の教師をやっていました。
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糸井 |
理科だから、きっと、
「わかる」ことについてのお話を
生徒に向かってしていた、
ということですね?
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川上 |
そうです、ものすごく
「わかる」話でした。
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糸井 |
それが、いまでは、
わかるように書いてあるのに
ほんとうにわかったかが不安になる、
人を路地奥へと誘う、
そんな文章を書かれることがある。
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川上 |
そういうことなんですねえ。ふしぎ。
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