川上弘美(かわかみ ひろみ)
作家。東京生まれ。中・高校の教師を経て、
1994年「神様」で作家デビュー。
1996年「蛇を踏む」で芥川賞、
2001年「センセイの鞄」で谷崎潤一郎賞など、
多くの文学賞を受賞している。
 


川上 はじめに、本を読むことについて
私が書いてきたものを
読ませていただきたいと思います。

なぜ私は本を読むのか。
このごろよくそのことを考えます。
たまたま好きだからです。
そう言ってしまうのも簡単なのですが、
それだけでもないような気がします。

例えば音楽を聴くと、体が気持ちいいのです。
それから、テレビや映画を見たりすると、
気持ちが気持ちいいのです。
気持ちいいだけではなく、気持ち悪いこともあって、
それはそれでおもしろいのです。
食べ物を食べるとやっぱり体が気持ちよくて、
眠ると体がなくなるかんじなのがおもしろくて、
だれかを好きになると
自分がなくなるかんじなのがおもしろい。
いろいろ世の中にはおもしろい、
気持ちいいことがあふれています。

それでは、本を読むときには
どんなふうになるのかなと考えます。
本を読むときには、あんまり体は気持ちよくない。
気持ちも気持ちよくならないかもしれない。
むしろ気持ちが妙になったり、体も寒くなったり、
その辺のものが
ゆがんで見えたりしてしまうことがある。
ジェットコースターに乗ったときや、
ものすごく悲しい失恋をしたときや、
嫌な人に会ってしまったときの気持ちを
再現してしまうような内容のものも多いです。
昨今の世界情勢に怒りを持ったり、
昔、嫌な友達に意地悪をされたり、
自分で失敗をしてものすごく恥ずかしかったり、
そんなときのことを
思い出させるような本も多いのです。

けれど、本はおもしろい。なぜかおもしろい。
どうしてかなと考えます。
まじっているからかなとちょっと思います。
嫌なこと、きれいなこと、
うれしいこと、悲しいこと、
笑えること、痛ましいこと、役に立つこと、
考えるヒントになるようなこと、
いろいろなことが本の中には書かれています。
映画だって、お芝居だって、ゲームだって、
そういうものはもちろん
いろいろに含まれていますけれど、
単位当たりにそういったさまざまな感じを含む、
に関しては、多分、本がいちばん密度が濃いのです。
お得と言ってもいいかもしれない。

何回も繰り返して読むことができる
というのもいいのです。
電車の中でも、こたつの中でも、お手洗いでも、
待ち合わせの相手が来ないちょっとした時間にも。
途中でやめることも簡単だし、
また読み始めることも簡単。
どんなふうに読むのも自由自在。
だれも文句を言わない。
ほんとうはどんな分野の
本じゃないことだって、
自由でだれも文句を言わなくて、
広々したもののはずです。
でも、本は、
ひっそりとひとりだけで読めるものだから、
読むのに道具の要らないものだから、
どんな場所でも読むことのできるものだから、
殊に自由な感じがします。
マイペースな人に向くものと
言ってもいいかもしれない。

いろいろな本があります。
いろいろな読み方があります。
これから糸井重里さんをお迎えして、
糸井さんと私がいろんな本を、いろんな本の言葉を、
どんな心で読んできたのか、
これからどんな心で読んでゆきたいのか、
話してみたいと思います。

川上さんと糸井、
ふたりのナビゲーションによる
本の世界の入口となる対談は、
月曜日からスタートします。

(月曜日につづきます)

2006-01-13-FRI
2006-01-16 第1回 その文のことを、 どのくらいわかる?
2006-01-17 第2回 言葉の並びだけで 伝えようとすること。
2006-01-18 第3回 手をつなぎ、暗闇を、
読む人といっしょに行く。
2006-01-19 第4回 話の筋よりも、
どう触れられるかが気になる。
2006-01-20 第5回 恋とお金、手に負えないふたつのもの。
2006-01-23 第6回 筒井康隆という、不思議な存在。
2006-01-24 第7回 女という嵐を知っておくべきなんだ。
2006-01-25 第8回 アーヴィングが見せる
アメリカという国のこと。
2006-01-26 第9回 足さばきがみごとな役者、
スティーヴン・キング。
2006-01-27 第10回 超ひも理論というヤツがいたら、
触ってみてもいい、踊ってもいい。
『敵』
筒井康隆
『ガープの世界』(
ジョン・アーヴィング
『三文役者 あなあきい伝』
(PART 12
殿山泰司
『ツバメ号と
アマゾン号』
アーサー・
ランサム
『楡家の人びと』(
北杜夫
『日本ノ
霊異ナ話』
伊藤比呂美隆
『私的生活』
田辺聖子
『安心社会から
信頼社会へ』
山岸俊男
『木のいのち
木のこころ』
西岡常一、
小川三夫、塩野米松
『経営者の条件』
ピーター・
ドラッカー
『香水─ある
人殺しの物語』
パトリック・
ジュースキント
『情報の文明学』
梅棹忠夫
『対称性人類学』
中沢新一
『タリスマン』(
スティーヴン・キング、
ピーター・ストラウプ
『白痴』(
ドストエフスキー
写真提供:活字文化推進会議
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