糸井 |
川上さんをはじめ、
書くことを職業にしている方は、
真っ白な紙を前に、
どうやって文を書きはじめるのですか?
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川上 |
手がかりがないと、小説って、書けないです。
少なくとも私は書けないです。
「このテーマでこういうすごい小説を書こう」
ということがほとんどなくて、
私はただただ文章を書きたいんです。
内容は実は何でもいいんです。
ですから、よくキーワードで書きます。
昔、糸井さんは、村上春樹さんとおふたりで、
同じ題でそれぞれが
ショートストーリーを書く、ということを
やっていらっしゃいましたね。それが、
『夢で会いましょう』という本になっていて、
すごくおもしろいんです。
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糸井 |
あれは、ショートストーリーの毎回のテーマを、
片仮名言葉でやりましょうということに
決めていたんです。
アイスクリームだとか、ナイターだとか。
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川上 |
テーマをきっかけにすると、
書きやすいですか?
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糸井 |
書きやすいです。
でも、僕は今でも
自分が書き手だという認識が
あんまりないんです。
僕は、しゃべっているつもりなんですよ。
題を与えられたら、
その話をしようと思っているだけで、
それを手がかりにしています。
あの本は、1週間でできたんですよ。
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川上 |
えっ? 1冊まるごとですか。
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糸井 |
僕は2日か3日ホテルに入って、
村上春樹さんは
ちゃんと自分の家やお店で書きました。
村上さんは、書くのが早いんですよ。
「村上さんがいくつできましたよ」と
編集者が言うと、
あわててそれに追いつくように書いて。
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川上 |
驚異的ですね。私、反省しました。
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糸井 |
川上さん、筆が早そうに思えるけど。
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川上 |
早くないです。
書きはじめれば早いですけど。
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糸井 |
集中しない時間をまぜないと
書けないから遅いだけで、
書いているのエッセンスだけを見れば、
短いんじゃないのかな。
川上さんは、手書きですか、
それともワープロで書いていらっしゃるんですか。
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川上 |
ワープロです。
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糸井 |
ワープロですか。
ワープロで原稿を打っていて、
その文章の目の前に
先が見えてくると思うんですけれども、
その「植物の成長点」みたいなものって
何でしょう?
最後の文字でしょうか。
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川上 |
そうです。そこはそうなんです。
最後に打った文字から次が出てくるんです。
ぞうきん絞るようにしてしか
出てこないんですけれども、
でも、最後の文字を
まずは書かないと次の最初が出てきませんね。
よく、誰に向けて書きますかという質問を
受けることがあるんですけど、
誰にも向けてないです。
自分にも向けてないような気がします。
結果的に、運がよければ読んでいただける、
そういう感じかな。
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糸井 |
構想があって書くタイプの人は
きっとまた違うんでしょうけど。
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川上 |
ええ、違うと思います。
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糸井 |
川上さんの文章を読んでいると、
その戸惑いやら、
疾走感やら、
「えっ? 自分にうそついてないか?」とか、
「うわっ、言えてる」とか、ビシビシ感じて、
どうしようもなく、
連れていかれてしまうんですよ。
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川上 |
要するにいいかげんに、
出まかせのようにして書いているということですね。
でも、それができたときのほうがいいんです。
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糸井 |
はい、わかります。
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川上 |
「こういうふうにしよう」と決めて書いちゃうと、
それこそ不自由なものになる。
書くほうも、暗闇の中で書いているんですよ。
バーのカウンターにさわって、
バーのカウンターのことを書いてみよう。
ちょっと歩いたら、わらにさわって、
「あっ、わらだ」と思って、
それを縫うようにして書いていくんです。
最初からそこに光があって、
あそこにバーのカウンターがあって、
はい、次はわらで、はい、次は何でというと、
つまらないです。
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糸井 |
つまらないですし、書き手もつまらないですね。
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川上 |
自分がまずつまらないし、
書いたものもつまらないし、
何か不思議だなと思います。
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糸井 |
川上さんが構想的になることは
きっとあるんだと思いますけれども、
それにしても、そのすばらしい
「進み方の確信を持ってなさ」といいますか。
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川上 |
「確信を持ってなさ」って、いいですね。
ほんとに持ってないから。
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糸井 |
それは、一緒に歩いているんです。
読む人の速度と書いている人の速度が
一緒に二人三脚している感じというのが
たまらないんですね。
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川上 |
それはありますよね、多分。
だからここに、
私のおすすめとして挙げた本は
少なくともどれも、
歩いている感じがありますね。
「こういうことをどうしても
みんなに流布したいから書こう」
というスタイルではなく。
(つづきます)
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