糸井 |
先日、戦争のドキュメンタリーを見ていて、
「ああ」と思ったことが、ありました。
それは、空爆をした人たちのお話で。
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川上 |
したほうの?
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糸井 |
はい、したほうの。
飛行機で上空を飛んでいて、
しかも、計器をたよりに
雲の上なんかを飛んでいて、
「どこどこに爆弾を落とす」という
指定がある。そういうときには、
彼らは爆弾を、計画どおりに落とせるんです。
そういうことをやっていた
爆撃機のパイロットがひとり、
墜落して、パラシュートで落ちて、助かった。
日本のおばさんたちに助けられたらしいんですよ。
いままで爆弾を落としていた地面で
歩いている人たちをはじめて見たわけです。
そのパイロットは、
「俺がいままでしていたことって、なんだ?
この人たちに爆弾を落としていたのか」
と思ったらしいんです。
とてもあたりまえのようなことに思えますが、
一緒に歩いていくということの感覚って、
その「地面」の話なんだと思います。
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川上 |
ほんとにそうだと思います。
手ざわりのあるものというのか、
実際にそこにあるものをどう感じるか、なんです。
そこに書かれているものが、
物語の筋としてではなくて、
どう手で触れられるか、ということが
私にとってはすごく大事なものです。
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糸井 |
極端に言うと、
川上さんが何をテーマにしようが、
何を題材にしようが、
きっとある意味では同じなんですよね。
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川上 |
そうだと思います。
すごくいいかげんに
聞こえると思うんですけど。
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糸井 |
いいかげんに聞こえたら、
俺の言い方が悪いです。
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川上 |
私は、小説で何を書きたいか、ということは、
ほとんどないんです。
すごく簡単に言うと、
「生きていることはおもしろい」
ということに尽きるので、
それ以外のことは、
たまたま書いちゃったことかなという気がする。
でも、その
「生きていることはおもしろい」というのが、
本というもののおもしろさに
つながっているような気がするんです。
今日、ここに来るまでにも、
よく考えたんですけど、
まだはっきりした言葉ではうまく言えないんです。
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糸井 |
本を読むときには、
こういうことを人が先に探してくれたんだ、とか、
先に言葉にしてくれたんだ、ということに対して
「ありがとう」という気持ちが、まずあります。
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川上 |
ありますね。さきほど言った、
『安心社会から信頼社会へ』は、
すごくこだわってるみたいですけど(笑)、
ほんとうに、感動したんです。
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糸井 |
あの本は、正直者はバカを見ない、ということを
実験で発見した人が書いた
ある種の論文です。
昔のように
安心していられる社会ではないのは確かだけど、
信用している人同士がつき合うという形で
社会をつくっていくのが
これからの経済なんじゃないかという、
科学のような内容です。
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川上 |
そのことを人情論で言ったのではなくて、
実験で示したというところがおもしろかった。
それを役立てようとか、
みんなに広めようとかでもなく、
ぽつぽつと「そうなんだよね」と
言っている感じがあって、
それがおもしろいんです。
私はこの本を読んでから
まだ2週間ぐらいしか経っていないんですけど、
5人ぐらいの人に、思わず
「こういう本があって」と、言っちゃいました。
自分ではうまく伝えられなかったことだけど、
それだよ、それだよ、という、
かゆいところに手が届いたうれしさが
あの本にはあります。
私は、それを田辺聖子さんにも感じるんです。
田辺さんはいろいろなものを
書いていらっしゃる方なので、
おもろいおばちゃんというイメージで
受け取っている方も多いと思います。
おもろいおばちゃんとして書いている文章も
多いんですが、
恋愛小説が、シビアで、怖くてね。
読み終わるとゾッとして、
「絶対に恋愛なんかしたくない!」
と思うんですけど、すごくいいんですよ。
いままでの自分の恋愛で、
嫌だったことや理不尽だったことに
全部説明を与えてもらえて、
そうか、それでうまくいかなかったんだ、
というのがしみじみとわかる。
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糸井 |
田辺さんはほんとうにそのことを
長いこと考えているんだな、
ということへの感動があります。
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川上 |
私は、いちど田辺先生に
「どれほどさまざまな
恋愛を体験してらしたんですか」と、
ぶしつけなんですけど訊いたことがあるんです。
そうしたら
「そんなにたくさん経験しなくても、
ひとつ深い恋愛をすれば何でもわかるのよ」
とおっしゃっていて、
かっこいいと思いました。
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糸井 |
田辺さんの本を読んでみると
ぶすは4時間ぐらいずっと見ていると、
その魅力がわかってくる、などと書いてある。
驚きましたよ。
美人はすぐにわかっちゃう。
そんなものに魅力はない。
4時間ぐらいいろんなふうに見て、
そこで見えてくるものこそがすごいんだ、
みたいなことが書いてあって、
これはおもしろいなと思いました。
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