第4回 話の筋よりも、 どう触れられるかが気になる。

糸井 先日、戦争のドキュメンタリーを見ていて、
「ああ」と思ったことが、ありました。
それは、空爆をした人たちのお話で。
川上 したほうの?
糸井 はい、したほうの。
飛行機で上空を飛んでいて、
しかも、計器をたよりに
雲の上なんかを飛んでいて、
「どこどこに爆弾を落とす」という
指定がある。そういうときには、
彼らは爆弾を、計画どおりに落とせるんです。
そういうことをやっていた
爆撃機のパイロットがひとり、
墜落して、パラシュートで落ちて、助かった。
日本のおばさんたちに助けられたらしいんですよ。
いままで爆弾を落としていた地面で
歩いている人たちをはじめて見たわけです。

そのパイロットは、
「俺がいままでしていたことって、なんだ?
 この人たちに爆弾を落としていたのか」
と思ったらしいんです。
とてもあたりまえのようなことに思えますが、
一緒に歩いていくということの感覚って、
その「地面」の話なんだと思います。
川上 ほんとにそうだと思います。
手ざわりのあるものというのか、
実際にそこにあるものをどう感じるか、なんです。
そこに書かれているものが、
物語の筋としてではなくて、
どう手で触れられるか、ということが
私にとってはすごく大事なものです。
糸井 極端に言うと、
川上さんが何をテーマにしようが、
何を題材にしようが、
きっとある意味では同じなんですよね。
川上 そうだと思います。
すごくいいかげんに
聞こえると思うんですけど。
糸井 いいかげんに聞こえたら、
俺の言い方が悪いです。
川上 私は、小説で何を書きたいか、ということは、
ほとんどないんです。
すごく簡単に言うと、
「生きていることはおもしろい」
ということに尽きるので、
それ以外のことは、
たまたま書いちゃったことかなという気がする。
でも、その
「生きていることはおもしろい」というのが、
本というもののおもしろさに
つながっているような気がするんです。
今日、ここに来るまでにも、
よく考えたんですけど、
まだはっきりした言葉ではうまく言えないんです。
糸井 本を読むときには、
こういうことを人が先に探してくれたんだ、とか、
先に言葉にしてくれたんだ、ということに対して
「ありがとう」という気持ちが、まずあります。
川上 ありますね。さきほど言った、
『安心社会から信頼社会へ』は、
すごくこだわってるみたいですけど(笑)、
ほんとうに、感動したんです。
糸井 あの本は、正直者はバカを見ない、ということを
実験で発見した人が書いた
ある種の論文です。
昔のように
安心していられる社会ではないのは確かだけど、
信用している人同士がつき合うという形で
社会をつくっていくのが
これからの経済なんじゃないかという、
科学のような内容です。
川上 そのことを人情論で言ったのではなくて、
実験で示したというところがおもしろかった。
それを役立てようとか、
みんなに広めようとかでもなく、
ぽつぽつと「そうなんだよね」と
言っている感じがあって、
それがおもしろいんです。
私はこの本を読んでから
まだ2週間ぐらいしか経っていないんですけど、
5人ぐらいの人に、思わず
「こういう本があって」と、言っちゃいました。

自分ではうまく伝えられなかったことだけど、
それだよ、それだよ、という、
かゆいところに手が届いたうれしさが
あの本にはあります。
私は、それを田辺聖子さんにも感じるんです。
田辺さんはいろいろなものを
書いていらっしゃる方なので、
おもろいおばちゃんというイメージで
受け取っている方も多いと思います。
おもろいおばちゃんとして書いている文章も
多いんですが、
恋愛小説が、シビアで、怖くてね。
読み終わるとゾッとして、
「絶対に恋愛なんかしたくない!」
と思うんですけど、すごくいいんですよ。
いままでの自分の恋愛で、
嫌だったことや理不尽だったことに
全部説明を与えてもらえて、
そうか、それでうまくいかなかったんだ、
というのがしみじみとわかる。
糸井 田辺さんはほんとうにそのことを
長いこと考えているんだな、
ということへの感動があります。
川上 私は、いちど田辺先生に
「どれほどさまざまな
 恋愛を体験してらしたんですか」と、
ぶしつけなんですけど訊いたことがあるんです。
そうしたら
「そんなにたくさん経験しなくても、
 ひとつ深い恋愛をすれば何でもわかるのよ」
とおっしゃっていて、
かっこいいと思いました。
糸井 田辺さんの本を読んでみると
ぶすは4時間ぐらいずっと見ていると、
その魅力がわかってくる、などと書いてある。
驚きましたよ。

美人はすぐにわかっちゃう。
そんなものに魅力はない。
4時間ぐらいいろんなふうに見て、
そこで見えてくるものこそがすごいんだ、
みたいなことが書いてあって、
これはおもしろいなと思いました。

(つづきます)

2006-01-19-THU
写真提供:活字文化推進会議
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