川上 |
男女に限らず、
「理不尽なものがあって、でも、逃げない」
ということが大切だと思います。
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糸井 |
でも、実は‥‥逃げたいですよ。
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川上 |
逃げたいですね。
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糸井 |
どこかで「まあ、いいか」の部分がないと
生きていけないです。でも、
ほんとうは違うんだよな、と思っていたい。
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川上 |
逃げると悔しいということも、
思っていたいです。
結局最後は、意地になっちゃうんですけどね。
殿山泰司さんの『三文役者あなあきい伝』は、
逃げつづけているように書いているけど、
ぜんぜん逃げていません。
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糸井 |
すべて逃げているということになっていますが、
そうじゃないね。
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川上 |
「俺は逃げて、あっちの女からこっちの女へ」と
いうように書いてあるけど、逃げていないのが
行間からだんだんわかってくる。
女の人と、
地面を一緒に歩いている感じがあるんです。
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糸井 |
マニュアルのない世界と、時代に身を置いて、
自分で発見するということのすごさが
あそこには、あります。
暗闇をいっしょに発見しながら歩くということの
はじっこのほうに、たとえば
クマちゃん(篠原勝之さん)とかが、いるんです。
クマちゃんには、ひとつ、
おもしろいエピソードがあるんです。
ある寒い夜、クマちゃんたちが、
仲間で酒を酌み交わし、
おもしろい話をしていた。
そこに、黙って飲んでいる酔っ払いが、
ひとりいたらしいんです。
「黙っていたら、タダ飲みだ、
そんなやつは不届きだから」
という理屈で、クマちゃんたちは、
そいつを雪の中に放り出した。
だけど、あんまりかわいそうだから、
上から自転車をかけてやった、
と言うんです。
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川上 |
(笑)。
そういえば、
小さいころ読んだキュリー夫人の伝記に、
とても好きな部分があったのを思い出しました。
キュリー夫人が
ソルボンヌ大学で勉強しているときに、
暖房もなくてすごく寒かったんです。
服をありったけ
ベッドのふとんの上にのせたけど、
まだ寒くて、
しょうがないから、
最後にいすをのせた、という話がありました。
同じ発想ですね、キュリー夫人と(笑)。
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糸井 |
何もわからなくなったときにやることというのが、
「その人」ですからね。
殿山泰司のぶらぶらしている歩き方の中には、
その発見があります。
こんな本をみんなが読むようになってほしいな。
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川上 |
これが絶版はでなく、ちゃんとあるのがうれしい。
いまは筑摩文庫で出ています。
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糸井 |
筑摩、意外と拾うんですよね。えらいんです。
川上さんは、このほかにジョン・アーヴィングの
『ガープの世界』を挙げていますね。
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川上 |
最初に『ガープの世界』を読んだときには、
びっくりしました。
ガルシア・マルケスなどを読んだときの
驚きと一緒かな。
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糸井 |
アメリカという国について、
僕たちはニュースで伝わってくる姿ばかりを
見てしまいます。
「商売になれば何でもいいのかな、
でも、うまいな、その商売が」
などという印象のアメリカばかりを
追っている頭で、
こんな小説を読んじゃうと、
かなりショックですよ。
アメリカに人間が暮らしていて、
しかもそこには
真剣に何かをじっと見ている人がいる。
そういうことを、
ジョン・アーヴィングは教えてくれました。
あの国の、底力を感じます。
アーヴィングの本への引き込まれ方は
ミステリーを読んでいるときと
全く同じだし、
こんなことを書く日本人はいただろうかと思うと、
いないような気もするし。
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川上 |
これを読むとまねしたくなるんです。
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糸井 |
危険ですね。
まねしたくなるというのは、
アーヴィングの小説の、ある意味、欠点です。
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川上 |
学生時代に読んで、
こういう、ひとりの人の一代記を書こうと思って、
2枚ぐらいで挫折したことがあります。
『楡家の人びと』も、
同じようなところがあって。
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糸井 |
あれは、三代記ですよね?
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川上 |
斎藤茂吉と義理のお父さん、その子ども。
4代ぐらいは出てくるのかな。
これは、歌人としての茂吉じゃなくて、
お医者さんとしての茂吉の面を
とにかく愉快に描いています。
ものすごく愉快で、おまけにこれ、
北杜夫さんが40代のときに書いていらっしゃる。
今の私より若いんだ、作者は、と思って、
嫌になっちゃいました。
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糸井 |
こういう作品を書く人は、
こらえ性があるんですよ。
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川上 |
すごい集中力と、
「書かねば」という気持ちがあったんだろうなあ。
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糸井 |
しかし、我々が選んだ本には、
笑わせる部分があるものが多いですね。
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川上 |
笑いは、余裕ですよね。
引きの余裕、というか。
私は、書くときには、笑いの部分が
いちばん難しいと思っています。
くすっと笑わせるためじゃなく、
くすっと笑うような瞬間の、
その場面の周りを書きたいと思うんです。
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糸井 |
作家って因果な商売ですね。
自分の中の天然性というのは
絶対にあるわけです。
ところが、私の天然はおもしろかったと
思わない限りは書くことはできない。
これは嫌な仕事です。
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