第5回 恋とお金、手に負えないふたつのもの。

川上 田辺聖子さんの本を、
恋愛小説と思って読んでいると、
「あっ、油断した」いう瞬間があるんです。
『私的生活』という話の、最後のほうで
恋人と別れるにはどうしたらいいかを
主人公の女の人が知り合いの男の人に
訊くんです。
そうすると、その男の人が
お金をもらって別れるんですね、
払って別れてもらう場合もあります、
と言うんです。
糸井 違う枠組みを入れない限り、
終わりということはあり得ないもんね。
恋愛って、やぎさん郵便でしょう。
川上 え、何ですか、それは。
糸井 白やぎさんからお手紙ついて、
黒やぎさんが読まずに食べて、
黒やぎさんがさっきの手紙のご用は何?
というのが恋愛だとするならば。
川上 それはまた、含みの多い(笑)。
糸井 嵐が来て、真ん中に川ができてしまって、
手紙を出せなくなることで、
それは終わりにできます。
お金の仕組みじゃないと思い込んで
恋愛をしているときに、
お金を持ち出されるのは、
暴風雨が来たようなものです。
そういうことを言える大人のことを
若いときには「何だ!」って言っていたけど、
それは、とてもかっこいいですよ。
美川憲一さんの歌で、
別れる前にお金をちょうだいって
いうのもあったなあ。
川上 ありましたね。すごいです。
このごろになって
そういうものを読んだり聴いたりすると、
ダイレクトに泣く話とは違う「泣き」が来ます。
しばらくぼーっとしたあと、
洗いものか何か、ぜんぜん違うことをしている、
その最中に「ウッ」というふうに来る。
糸井 僕はわりと恋愛小説が嫌いなんです。
川上さんと話しているといつも
「川上さんって恋愛小説が好きなんだな」
と思うんだけど、
僕はつい、恋愛小説に対して
「勝手にしやがれ」という気持ちになるんです。
それを読んでくれる人がいるということ自体が、
おまえを支えているんだぞみたいな、
生意気な気持ちになるんです。
川上 それはもしかして、いままで、恋愛が
すごくうまくいってきちゃったんじゃないですか。
糸井 違います。
川上 違いますか(笑)。
糸井 恋愛小説でそれを言っていいんだったら
俺だって言うよ、という気分になる。
でも、ひとたび恋愛小説を
読んだり見たりしはじめちゃうと、
入り込んじゃうんですよ。
「冬ソナ」でも、入っちゃいました。
川上 それはそうです。当然です。
糸井 『北の国から』というシリーズの
テレビドラマがあって、
そこにはたくさん恋愛が出てくるんですけど、
あれは、まあ言えば、
恋愛さえなければこの村は平和だったのに、
という話なんですよ。
川上 そうだったんですか(笑)。
糸井 『ロミオとジュリエット』であろうが、
田辺聖子さんであろうが、
恋愛さえなければ平和なんですよ。
川上 糸井さんが
恋愛小説をあまり読まないというのと一緒で、
『安心社会から信頼社会へ』
私は普段はまず読みませんね。
でも、読んでみると「あーっ!」て入っちゃう。
そのあいだに感情がどう動いているかというと、
恋愛小説を読んでいるような気持ちで
読んでいるんです。
何ヶ所か泣きましたよ。
糸井 わかります。
川上 結局、一緒なんです。
恋愛さえなければ、というのと同じように、
お金さえなければ、平和なのに!
糸井 ほんとうです。
川上 両方とも大きく、どうしようもない問題なんです。
糸井 まるで人間が人間をつくったかのように
生きているこの社会ですが、
実は人間というのは、
アメーバからのなれの果てであり、
いままでの生物進化の歴史の
どうしようもないものを全部背負って
我々は、ここに至っているんです。
川上 恋愛活動も経済活動もみんな手に負えません。
そういう「手に負えないもの」のことを
書いてある本は、おもしろいのです。
糸井 ほんとうに、そうですね。

(つづきます)


おたよりを、紹介します。

=
非常にタイムリーだったので
ちょっと興奮気味に思わずメールしてしまいます。

実は先日、川上弘美さんの
『龍宮』を読んだばかりなんです。
それだけといえば、それだけなのですが。

アタシの読書タイムは通勤時間です。
ラッシュで現実逃避したいからか、
なんとなくいちばん集中して読めるんですよね。
しかし、昨年の2月に配属が変わり、
ノートPCなど出勤時の荷物が増え、
カバンが劇的に重くなってからというもの、
しばらく本を読むことから遠ざかっていました。

そして、師走も押し迫ったある日、
突然ものすごい読書欲にかられて
本屋に駆け込んだのです。

駆け込んだはいいものの、
どんな本が読みたいのか
自分でも全く見当つかなかったため、
以前に『センセイの鞄』を読んで
好きだった川上弘美さんの棚を探し、
リハビリも兼ねて短編集である『龍宮』を選びました。
(いきなり長編読むと挫折しそうな気がしませんか?)

『龍宮』は昨年に読み終わってしまったのですが、
アタシの読書熱はまだまだ続いています。
きっとキッカケの一冊が良かったからかも‥‥
(なんて持ち上げてみたり)

対談、楽しみに読ませていただきますね。
(もぞ)


=
川上弘美さんが好きです。
トロントに住んでいるので、たくさんはないですけれど、
大学の図書館に置いてあるのとか
公共の図書館も全部チェックして
読めるだけ読みました!

本てほんとうに自由で
短編小説を毎晩1話ずつ大事に読んだり
テスト期間中に
どうしても読みたくなって、一気読みしたり。

本の本当の楽しさは、
カスタムメイドな解釈ができるところにあると思います。
(Bt)

2006-01-20-FRI
写真提供:活字文化推進会議
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