川上 |
田辺聖子さんの本を、
恋愛小説と思って読んでいると、
「あっ、油断した」いう瞬間があるんです。
『私的生活』という話の、最後のほうで
恋人と別れるにはどうしたらいいかを
主人公の女の人が知り合いの男の人に
訊くんです。
そうすると、その男の人が
お金をもらって別れるんですね、
払って別れてもらう場合もあります、
と言うんです。
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糸井 |
違う枠組みを入れない限り、
終わりということはあり得ないもんね。
恋愛って、やぎさん郵便でしょう。
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川上 |
え、何ですか、それは。
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糸井 |
白やぎさんからお手紙ついて、
黒やぎさんが読まずに食べて、
黒やぎさんがさっきの手紙のご用は何?
というのが恋愛だとするならば。
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川上 |
それはまた、含みの多い(笑)。
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糸井 |
嵐が来て、真ん中に川ができてしまって、
手紙を出せなくなることで、
それは終わりにできます。
お金の仕組みじゃないと思い込んで
恋愛をしているときに、
お金を持ち出されるのは、
暴風雨が来たようなものです。
そういうことを言える大人のことを
若いときには「何だ!」って言っていたけど、
それは、とてもかっこいいですよ。
美川憲一さんの歌で、
別れる前にお金をちょうだいって
いうのもあったなあ。
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川上 |
ありましたね。すごいです。
このごろになって
そういうものを読んだり聴いたりすると、
ダイレクトに泣く話とは違う「泣き」が来ます。
しばらくぼーっとしたあと、
洗いものか何か、ぜんぜん違うことをしている、
その最中に「ウッ」というふうに来る。
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糸井 |
僕はわりと恋愛小説が嫌いなんです。
川上さんと話しているといつも
「川上さんって恋愛小説が好きなんだな」
と思うんだけど、
僕はつい、恋愛小説に対して
「勝手にしやがれ」という気持ちになるんです。
それを読んでくれる人がいるということ自体が、
おまえを支えているんだぞみたいな、
生意気な気持ちになるんです。
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川上 |
それはもしかして、いままで、恋愛が
すごくうまくいってきちゃったんじゃないですか。
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糸井 |
違います。
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川上 |
違いますか(笑)。
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糸井 |
恋愛小説でそれを言っていいんだったら
俺だって言うよ、という気分になる。
でも、ひとたび恋愛小説を
読んだり見たりしはじめちゃうと、
入り込んじゃうんですよ。
「冬ソナ」でも、入っちゃいました。
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川上 |
それはそうです。当然です。
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糸井 |
『北の国から』というシリーズの
テレビドラマがあって、
そこにはたくさん恋愛が出てくるんですけど、
あれは、まあ言えば、
恋愛さえなければこの村は平和だったのに、
という話なんですよ。
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川上 |
そうだったんですか(笑)。
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糸井 |
『ロミオとジュリエット』であろうが、
田辺聖子さんであろうが、
恋愛さえなければ平和なんですよ。
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川上 |
糸井さんが
恋愛小説をあまり読まないというのと一緒で、
『安心社会から信頼社会へ』は
私は普段はまず読みませんね。
でも、読んでみると「あーっ!」て入っちゃう。
そのあいだに感情がどう動いているかというと、
恋愛小説を読んでいるような気持ちで
読んでいるんです。
何ヶ所か泣きましたよ。
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糸井 |
わかります。
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川上 |
結局、一緒なんです。
恋愛さえなければ、というのと同じように、
お金さえなければ、平和なのに!
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糸井 |
ほんとうです。
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川上 |
両方とも大きく、どうしようもない問題なんです。
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糸井 |
まるで人間が人間をつくったかのように
生きているこの社会ですが、
実は人間というのは、
アメーバからのなれの果てであり、
いままでの生物進化の歴史の
どうしようもないものを全部背負って
我々は、ここに至っているんです。
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川上 |
恋愛活動も経済活動もみんな手に負えません。
そういう「手に負えないもの」のことを
書いてある本は、おもしろいのです。
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糸井 |
ほんとうに、そうですね。
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