小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の七拾・・・・屁

北小岩 「先生、ちょっと気になることがあるのですが」
小林 「何や」
北小岩 「わたくしが学生の頃には、
 臭い屁との衝撃の出会いがありました。
 例えばデパートでエレベーターに乗る。
 急いで降りてくるおじさんがいる。
 ドアが閉まった瞬間、しまった!」
小林 「はは〜ん。
 えらく臭い屁を
 置き土産にされたというこっちゃな」
北小岩 「そうなんです。
 その臭さといったら半端ではありませんでした。
 『今、世界が終わった』。
 そんな絶望感にさいなまれました」
小林 「俺も満員電車で
 よくごっついやつをかまされたもんや。
 人にぶつからないように必死で立っていると、
 どこからともなくプ〜ン。
 一瞬みんながあれ?という表情を浮かべる。
 だがどう考えてもそれは屁や。
 それも何を食ったら
 これだけめちゃめちゃなもんが出るんか!
 と叫びたくなるほどの超ド級や」
北小岩 「先生も経験がおありなのですね。
 わたくし、エスカレーターでも
 腐った屁が流れてきて、
 それを胸の奥まで吸い込んで
 肺をやられそうになったことがありました。
 でも、近頃そこまで強烈な屁をかいだ
 記憶がないのです。
 もしかしたら、日本の屁が
 弱くなっているのではないでしょうか」
小林 「う〜む。鋭い見解やな。
 確かに日本の屁は、
 今重大な局面を迎えているのかもしれん。
 ここは一つ専門家の分析にゆだねねばならんで」
小林先生と弟子の北小岩くんは、
屁を専門に研究している下半身経済学者の
屁草嗅男(へくさかぎお)先生のもとを訪れた。
呼び鈴を押すとプ〜!という大きな音がして、
屁草氏が現れた。
『屁の用心』と書かれたうちわで
おしりを扇いでいる。
北小岩 「お忙しいところ大変申し訳ありません。
 このところ人生に失望するほどの
 臭い屁を嗅いだ記憶がございませんが、
 もしかしたら屁に
 一大事が起きているのかと思いまして・・・」
屁草 「へへへ。よく気がつきましたね。
 確かに日本の屁は弱っています。
 絶頂期はバブルの頃でしたね。
 あの頃の屁は24時間異臭を放っていました。
 しかし、バブルが崩壊すると
 同時に屁も崩壊してしまったのです」
小林 「やっぱりそうでしたか。
 屁力は経済と連動しているのですか」
屁草 「好況時ほど、臭い成分が増えます。
 日本政府も弱体化に懸念を持ち、
 『屁の公定歩合』の引き下げを行ないましたが、
 政策が後手後手に回ってしまったため
 未だに回復に至りません」
北小岩 「臭い素をたくさんの屁に入れ込むためには、
 より一層の引き下げが必要なのですね」
屁草 「そうです。
 今が一番屁にとってつらい時期なんです。
 行きつくところまで行ってしまったために、
 『屁のリストラ』も断行されています。
 リストラされた屁は
 最前線で人を臭がらせるチャンスを
 失ってしまいます。
 臭いを抜かれ、
 ゲップに混ざって放出されてしまうのです」
小林 「屁は人を臭がらせてなんぼや。
 それができないとなると、
 ガスではなくてカスやな」
屁草 「海外でも日本の屁は頭痛の種です。
 先日行なわれた先進国おなら会議でも、
 各国首脳から槍玉にあげられていました。
 格付け会社によれば、
 日本の屁は現在先進国中最下位だそうです」
小林 「それはあかんな。
 外国に行った時、
 飛行機で何度か外人の屁をかいだことがあるが、
 彼らの屁はみょ〜な香水のように
 まぬけな臭いやった。
 日本人の屁の方が密度が濃く、
 より多くのダメージを相手にあたえられると
 優越感を覚えたもんや。
 にぎりっ屁で真剣勝負したら
 負けるわけがないと思ったが、
 それもいまでは過去の話なんやな」
北小岩 「これからはもう、
 政府にたよっていてはいけませんね。
 国民一人一人が自覚を持って、
 自分の力で臭くしていかなければ。
 ベンチャーな屁が
 これからますます重要になっていきますね」
小林 「そうやな。
 屁草さん、貴重なお話を
 どうもありがとうございました。
 今日から私たちも、
 屁の改革に乗り出してみます」
日本の改革者になるべく、
勇んで家路についた先生と弟子であった。
先ず先生は、実態を調査することが大切だと考えた。
男の屁は弱っているが、女の屁はどうなのか。
それを調べよう思い、前を歩いている女に思わず
「屁をかがせてください」
と言ってしまった。
女は逆上し、先生の鼻に怒りの鉄拳を浴びせた。
先生はその場に倒れ、ショックで屁をもらしてしまった。

「ぷにゅ〜」。

マヌケな音が鳴り響いた。
「なさけない屁ね!
 それでも男か、このふにゃちん野郎!!」。
女は捨て台詞を残し、足早に去っていった。
確かになさけない屁ではあったが、
ふにゃちんかどうかはまた別の問題だ。
薄れゆく意識の中で、小林先生はそうつぶやきました。

2002-05-19-SUN

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